アルフライラ


Side黒



「本当にいいのか?」
「嗚呼。構わない。」

パチパチパチという音と共に、赤い炎がゆらゆらと揺れる。
その炎の中にそっとルミエールを寝かせると、彼女の身体は炎の中へと包まれていった。
自分の死後、戦利品として他の誰かに奪われるなんて耐えられない。いくらただの人形とはいえ、愛した女の亡骸だ。
誰の手にも届かぬところへ、葬ってやりたい。
さあ、処刑の舞台へ足を向けよう。そう思った時、ノワールはぴたりとその場で足を止めた。

「そうだ。」

ノワールは呟く。まるで忘れ物をした学生のように。

「……アラジン。シャマイムは、お前の友人か?」

そう問いかけると、アラジンは、怪訝な顔をしながらも、頷いた。
裏切られたというのに、彼はまだ、シャマイムを友だと思ってくれているのか。そう思うと、ひどく、安心した。

「アイツの部下は、私とは関係ない。故に、殺してくれるな。……シャマイムたちは、お前の希望を叶える力にぐらい、なってくれるだろう。」

シャマイムのことは、無事、逃がせた。
けれど、彼の八人の部下たちは、別室に捕えられている。彼らは関係ない。自分の手伝いをしてはくれたけれども、ノワール直属の部下ではないのだ。
死ぬのは、テフィラとルミエールと、自分だけで、十分だ。

「だから、決して、殺してくれるな。」

これ以上、誰かが血を流して死ぬところなんて、見たくはないし、国民たちにも、見せたくなんて、ないのだから。


Part28 独裁者の最期:その当日


その日、空は数十年ぶりの青空に包まれていた。
白い雲は、空の上で綿菓子のように漂っていて、澄み渡るような青い空の中心に現れた太陽は、力強く、この国全体を照らしていた。
眩しさで思わず、顔をしかめる。
宮殿前の広場には多くの国民が、ノワールの処刑を目撃しに、詰めかけていた。それでも、国民全員という訳ではない。
顔見知りだが、そういえば見かけないな、という国民も、ちらほらいた。
ただ単純に興味がないのか。それとも自分の死というものを、あまり良しと思っていないのか。前者なら正直泣きたいし、後者であるならば、そう思ってくれる人間が、一人でもいたということを、幸福に思いたい。
広場に用意された処刑台。古い文献を漁って、作ったのだろう。この国に処刑道具は不要だったから、本来、用意されてはいないはずのものだ。

「ギロチン、か。……私に相応しいな。」

自嘲的な笑みを浮かべながら、ノワールはその処刑台を眺めている。
首が一瞬で切れるギロチン。これならば、痛みを感じる暇もなく、死に絶えるだろう。人々にとっては恐怖を与えるための選択だったのかもしれないが、自分にとっては、非常にありがたいものであった。
じっと、処刑台を眺めていると、国民がその手に握っていた、石やら食器やらが、ノワールに向けて飛んでくる。

「人でなし!」
「この国を支配していた独裁者め!」
「未来は俺たちのものだ!」
「今まで苦しめやがって!死んで詫びろ!」

それらと共に聞こえるのは、暴言。罵声。怒号。
国民の怒りは言葉だけでなく、投げられた物にすら、込められているようであった。
その時。

「あ……!」

アリスが小さく、悲鳴をあげる。
国民が投げた石の一つが、丁度、ノワールのこめかみを直撃した。ガンと鈍い音が響いたと思うと、ジンジンと頭が痛み、頬に赤い液体が流れていく。
嗚呼、血か、と、地面を濡らす赤い雫を眺めながら、呆然と思う。
だからといって、この程度の痛みで怯む程、落ちぶれた覚えはない。ノワールはすぐさま顔をあげ、顔色を変えぬまま、真っ直ぐ、国民のことを見据えた。
びくりと、彼らを身を震わせて、先程までの怒声を鎮めていく。いつの間にか、石を投げる者たちの手も止まっていた。
彼らに対する怒りはない。
もしあるとするならば、国民の怒りに気付かなかった、自分自身への怒りしか、ない。
間違っていたとは、何があっても思わないけれど。

「国民の諸君。」

ノワールが一言、声をあげる。その声は決して大きなものではない。
けれど、国民たちにこの声が届いたのか、気付けば彼らの騒めきはぴたっとおさまっていた。
視線が注がれる。注目されている。
国民に注目されたのは、これで三度目だ。
一度目は、父シエルが亡くなり、二代目の統括者となった日。
二度目は、この国を理想郷にすると宣言した日。
そして三度目は、今日。自分が処刑される、この日。

「諸君の言う通り、私は大罪を犯したのだろう。この国は変わる時が来た。月が沈み、太陽が昇る。そして太陽が沈み、月が昇る。世界は再び、時を刻んだ。この私の死をもって、この国を囲う壁は崩れ、この国は、“本当の自由”を取り戻すことになる。」

不甲斐ない統括者であったと思う。こういった、強引な方法でしか国を守ることが出来なかった、愚かな男だ。
処刑されて当然だと言われたら、素直に、頷く。

「だがしかし!」

演説なんて綺麗なものではない。ただの主張だ。自己満足だ。
けれど、どうしても彼らに、最期に、伝えたいことがあった。この国を愛した者として、この国を支配し続けた者として。

「自由というものには、必ず責任がついて回る!未来を歩むということは、過去と向き合うことになる!希望を手にするということは、絶望に立ち向かうということになる!愚かな私の国民たちよ!否、国民だった者たちよ!自由をつかみ取り、未来を歩み、希望を求めるというのなら!その覚悟が真に必要となる時が来ると、心してかかるがよい!そして!この世界の残酷な歴史と向き合い!絶望し!最後の最後まで足掻くがよい!この私の屍をもって、各々が理想を掴むがよい!」

ノワールの言葉に、反発する者はいない。
最期に皆、この声だけは聞いてくれた。耳を傾けてくれた。この言葉をもって、自由を掴み取った喜びを噛みしめ、覚悟を改めてくれれば、それでいい。
愛した自分の国民たちは、どんな絶望にも、逆境にも打ち勝って、いつか、本当の理想郷を創ってくれると、信じたい。
信じるしか、ない。

「……始めてくれ。」

ノワールは、アラジンに告げる。
二本の柱が左右に立ち、その間には鋭利な刃が吊るされている。ノワールは断頭台に歩いていくと、自ら膝を折り、台の上に、頭を乗せた。
不思議と恐怖はない。
テフィラとルミエールは、先に逝った。自分も、彼らの後を追いかけるだけだ。もしかしたら自分だけ、地獄に堕ちて会うことは叶わないかもしれないけれど、それならそれで、構わない。
あの世なんて、信じてはいないが。

「これより!ノワール=カンフリエの処刑を行う!」

アラジンが高々と叫ぶと、今まで呆けていた国民たちは、再び感情を取り戻したかのように、わあ、と歓声を上げた。
嗚呼、これで終わる。ついに終わる。自分の人生も。自分が目指した理想も。何もかもが終わる。

「ノワール!」

その時。
ノワールの名を呼ぶ、懐かしい男の声がした。天に広がる空と同じ、美しい青空色の髪を揺らして、その瞳に、透き通った涙を浮かべて、白い手を差し出して。
届きそうで届かない。
その手を伸ばす男は紛れもなく、自分を友と呼んでくれた男、シャマイム=テヴァであった。
もう、会えないと思っていた。二度と会うことはないと、思っていた。
けれど、最期に、会えた。

「シャマイム。」

自然と、笑みが浮かぶ。表情が綻ぶ。嗚呼、どうしよう、泣きそうだ。最期は一人だと思っていた。だから。
一人ではないというのは、こんなにも、嬉しいことなのか。
そんなお前を残して、先に逝くのは申し訳ないけれど。けれど、彼ならきっと創れるから。どうか、どうか、あの真っ直ぐな心を持つ、革命者と共に。

「約束。頼んだぞ。」

理想としていた世界があった。
理想としている世界がある。
自分の理想を叶える為ならば。
この理想郷を守り続けるためならば。
どんなことをしても構わない。
その決意は、今でも変わることはない。
例え、この身が今から朽ち果てることになったとしても。
多くの国民たちに見守られながら、男は静かに、目を閉じた。



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