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1.ようこそ、頼れる僕らのお姉さん

 新生少年ハリウッドの色んな思いを込めた二度目のクリスマスライブが終わって間もない年末のこと、大掃除にいそしんでいた僕たちはシャチョウに突然呼び出された。
 5人でぞろぞろと社長室に入ると、シャチョウと、テッシーと、……知らない、スーツ姿の女の人がいた。何だか楽しそうに3人で談笑しているようだ。

 誰だろう?と隣のマッキーにそっと目で問いかけると、マッキーは、

「綺麗な人だな〜。カケルもそう思わねぇ?」

なんて呑気に笑っている。

 彼女がこちらに気づいて会釈したので、僕たちも少しギクシャクしながら頭を下げる。大人の女性とまともに目を合わせてもなお堂々と振る舞えるのは、この中ではキラぐらいではないだろうか。

 シャチョウは、僕たち5人をいつものように机の前で横一列に並ばせた。もったいぶるかのように、机に両肘を立て、口元で手を合わせていた。その両隣に、件の女性とテッシーが一歩下がって控えている。何だか、アニメに出てくる悪役の幹部トリオのような構図で、ちょっと面白い。

「さて皆さん、とても嬉しいお知らせです。年明け……つまり来月から、週に2回程度、プロのヘアメイクアーティストの方を劇場にお招きすることになりました。最低限のヘアメイクは既に自分でできるようになっているとは思いますが、プロから教わることで、また一段と自分の魅力を伸ばしていけることでしょう。こちらが、飾利さんです」
「はじめまして、飾利紗夜といいます。プロといってもまだまだ修行中ですが、よろしくお願いします」

 シャチョウの言葉に続き、その女性……飾利さんは深々と頭を下げた。
 ヘアメイクといえば、去年僕たちの初ライブの前、キラがどうして自分たちでメイクをしないといけないのかと不満を言っていたっけ。確かに、アイドルが自分でメイクをするというイメージは、一般的にはあまりないだろう。すぐにピンとは来なかったが、これはシャチョウの言うとおり、僕たちにとって紛れもない朗報なのだろうと思った。

 テッシーは満面の表情で何度も頷きながら、主にマッキーに対して、元気の良い返事をするよう促す。

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」
「「「「お願いします」」」」

 マッキーに続き、僕たちも口々に返事をして頭を下げた。この劇場で、お客さん以外の女性と会うことがないからか、何だか妙に落ち着かない雰囲気が僕たちの間に流れる。それに気づいたのか、飾利さんは一歩僕たちに歩み寄り、微笑みながら言った。

「先日のクリスマスライブ、私もシャチョウにお招きいただいて、客席から見ていました。少年ハリウッドのライブを見たのは初めてで、とても楽しかったです」
「おおっ! ありがとうございました!」
「全員キラキラして、全力をかけたパフォーマンスが本当にかっこよくて、時間があっという間でした」
「わあぁっ、プロのヘアメイクさんにそんな風に言ってもらえるなんて! 嬉しいです」

 飾利さんが親しみやすく僕たちのライブのことを話してくれると、少年ハリウッドの二大コミュニケーション担当・マッキーとトミーが早速嬉しそうに会話を始める。何も始めから警戒していた訳ではないが、彼女の優しそうな様子を見ていると、僕も少し胸を撫で下ろすことができた。

「特にソロメドレーが印象的でした。5人の曲だと一体感があって、少年ハリウッドオーラ全開なのに、1人1人になったら、皆こんなに違う雰囲気になるんだなって。それぞれの魅力的な全く別の顔が見えた気がしました。私も、皆のそれぞれの良さをもっと引き出せるよう、お力添えできたらと思います」

 僕たち1人1人と目を合わせながら、丁寧に一言ずつ思いを伝えてくれる飾利さん。ライブ直後、感情のままに伝えてくれる速報の感想ももちろん凄く嬉しいけれど、ライブから少し日を置いた今、こうして落ち着いた様子で、しっかり言葉を選んだ上で伝えてもらう感想も、また違った良さがあると感じた。
 案の定、人の優しい言葉に絆されやすいマッキーやトミーだけでなく、いつもはクールなアーティスト気取りのシュンまでも、少し顔を赤くして嬉しそうだ。

「飾利さん、でしたよね。とても嬉しいお言葉、ありがとうございます」

 その、ほっこりした穏やかな雰囲気の中、空を切り裂くような、キラの凜とした声が響き渡る。

「正直に教えてください。誰のソロが一番良かったですか?」

 初対面の相手に、ストレートにそう聞けることが、キラの絶対的な強みであると改めて思う。引き結んだ口元には、確かな自信が感じられた。「おい、お前!」とキラをたしなめようとするマッキーと、あえて黙って様子を見守るシャチョウ。飾利さんは少し目を丸くして考えこむように息をついた後、ゆっくり答えた。

「うーん……順位は簡単につけられないかな。皆、個性いっぱいで素敵だったから」
「……そう、ですか」

 彼女の回答が、この場を丸く収めるための薄っぺらな嘘なんかじゃないことは、その話しぶりから明らかだった。彼女の本心からの答えを聞いたキラは、少しだけ俯いて相づちを打つ。更に困ったことを言い出しやしないかと、マッキーとトミーは気が気でないようだ。

「なら……次は、僕のパフォーマンスが一番良かったと言ってもらえるように、もっと頑張ります」

 だが、続くキラの言葉は2人の不安を容易く打ち消した。強気な言葉に、不適な笑みがよく似合う。飾利さんもほっとしたように優しく微笑んだ。

「そうだね。佐伯くんのスペックの高さは、舞山くんのお墨付きだもんね」
「っ、え、オレ? いや、その話は、あの……」

 突然話を振られたシュンが、驚きのあまり間抜けな声を出して、しどろもどろした。僕たちのライブを見ていたということは、途中のMCのシュンの知ったかぶり(?)の一部始終も見られているということだ。慌てふためくシュンに、僕たち4人も思わず笑いがこぼれる。結構ノリがいいんだな、飾利さん。

「でも、スペックでいったら他の皆も決して負けてないよ。例えば、舞山くんの声は、もちろん色んな歌を聴いて沢山練習しているのもあると思うけど、大人っぽい感じとか、そうかと思えば可愛い感じとか、曲によって全然違った雰囲気を出せるのが凄いよね。ほかの誰にも真似できない、舞山くんだけの強みだって、私は思うな」
「……、っあ、あ、ありがとうございますっ! ははっ……」

 これは……春風ボイス担当冥利に尽きるような、100点満点中1億点の褒め言葉だろう。ここまで本気で照れるシュンは、特にステージの外となると滅多に見られないと思う。言ってくれた相手が綺麗な年上の女性だという単純明快な理由も、少なからずありそうだけれど。

「あのなぁ、オレは今の飾利さんみたいな完璧な返しを、あのときのお前らに期待してたんだよ!」
「はぁぁ〜? そんなの分かる訳ねーだろ!」
「シュンのあのフリからじゃ、無理があるよー」

 すっかり気を良くしたシュンが、マッキーやトミーに絡み始めた。そこから始まるいつものやりとりを、シャチョウとテッシーに加えて飾利さんもくすくすと見守ってくれている。

 今日は顔合わせだけで、飾利さんはあまり長く劇場には居られないようだった。シャチョウやテッシーと違い、ノエルエージェンシーの専属社員ではないらしいので、色々な現場を掛け持ちしていて忙しいのかもしれない。

 その日、飾利さんが劇場を去ってからしばらくは、メンバーたちの間では彼女の話で持ちきりだった。

「飾利さん、すげーいい人でよかったな!」
「そうだね。話しやすそうな人で、オレも助かった」

 嬉しそうに言うマッキーの言葉に、僕も頷く。

「肝心の技術のほうはまだ分からないけどね。ま、話の通じる人だったし大丈夫だと思うけど」

 相変わらずキラは可愛げのない物言いをする。こんなときぐらい、楽しみだから早く来てほしい、と素直に言えばいいのに。

「年明けからだっけ、早く劇場に来てほしいね。プロの人に基礎からヘアセットやメイクを教えてもらえるの、楽しみだなぁ」
「なぁ、スーツ着てる女の人って、なんであんなにエロいんだろうな。永遠の謎だわ……」
「ちょっと、シュン! 仕事仲間をそういう目で見るのはダメだよ!」
「胸大きかったよなぁ」
「も、もう! やめてってば」
「ったくトミー、今は男だけだし、別にいいだろ。本人の前では黙ってるって」
「それは当たり前でしょ!!」

 トミーとシュンはこの5人の中で唯一の同い年コンビなのに、ある1つの事象を前に、全然違うことを言っているから面白い。やり取りを聞いているだけで吹き出しそうになるぐらいだ。なお、後にこの2人が彼女を巡る恋のライバルになるなんてことは、もちろんまだ誰も知る由もない。

 破天荒な僕たち5人に、頼れる優しいお姉さんができたように感じた。そんな記念すべき一日は、年末とは思えないほど温かくて、陽気な青空が事務所の窓から覗いていた。

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