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見守る立場からもう一歩

 ホーリーロード決勝戦で雷門中が勝利し、全国優勝が決まったことで、自由なサッカーが管理サッカーを打ち破り、諸悪の根源たるフィフスセクターは晴れて解散となった。その日は、死力を尽くした雷門中のメンバーにとってはもちろんのこと、自由なサッカーを愛する全ての者たちにとってもまた、忘れられない一日となったのである。

 その翌日、私は一人で、神サマの病室を訪ねた。試合の前の晩にサッカー部のみんなでお見舞いに来たときよりも、神サマの顔色はずいぶん良くなっていて、快方に向かっているのだとすぐに分かった。心なしか、病室を満たす空気の匂いさえも変わったように感じる。

「山菜、昨日の今日で疲れているだろうに、わざわざ来てくれてありがとう」
「ううん、私は平気。……本当はサッカー部全員で来たかったんだけれど、みんな今日はさすがに家でゆっくりしてほしいなって思って」
「そうだな。長い戦いがようやく終わったからな」

 そう言いながら、窓の外を見る神サマの横顔は凛々しくて、それでいてチームメイトを労わる優しさも備えていて――思わず反射的にカメラを構えてしまった。すると、静かな病室に響いた小さなシャッター音に気づき、神サマが笑う。

「山菜は本当に写真を撮ることが好きなんだな」
「はっ……! つい、クセで。ごめんなさい」
「気にしなくていい。……あぁ、そうだ。昨日の朝、試合前に霧野から渡してもらった写真、全部見せてもらったよ。どれも本当に良い写真ばかりだった。皆生き生きしていて、実際に自分が練習場にいるような気持ちになれた」
「とっても、とっても、嬉しいお言葉。あのとき私が神サマにできることはそれしかないって思ったから……。気に入ってもらえて、よかった」
「ああ。甲乙つけがたいぐらい、全て気に入った。ちょうどよかった、返すよ。山菜にとっても、大事な自信作だろう?」

 そういって神サマは枕元の引き出しから、私が霧野くん経由で渡した、見覚えのある柄のアルバムを取り出した。

「本当に元気をもらえた。ありがとう」

 柔らかな髪をふわりと揺らして微笑み、そのアルバムを私に向けて差し出す。ところが私は、それを受け取らずに胸の前で両手の人差し指を交差し、×のマークを作った。不思議そうにしている神サマに、伝える。

「返さないでいい。全部、他にも現像してあるから、それは神サマへのプレゼント」
「、そうなのか? ……こんなにたくさん、オレがもらっていいんだろうか」
「いいの。だって、それは神サマへの私の感謝の気持ちなんです」
「感謝?」
「そう、感謝。……あっ、そうだ、今日はそれを言いに来たんだった」

 ぽん、と顎の下で両の手を叩いて、私は独り言のように心の声をそのまま口に出した。一番の目的を忘れるなんて、うっかりにも程がある。危ない、危ない。

 こほん、と一つ咳ばらいをして、神サマに向き直る。何が何だかわからない、という表情で目を丸くしている神サマ。なかなかレアなお顔だから、一枚……と思ったけれど、また脱線してもいけないので、ぐっと堪える。

「神サマ。順番を間違えてしまったけれど、私は今日、神サマにお礼を言いに来ました」
「……お礼?」

 小首を傾げて反芻する神サマに、ゆっくりと頷いてみせる。そして、私はカバンから新たに2つのアルバムを取り出し、まず1つ目を神サマに見えるように開いた。何枚かめくっていく。

「山菜。これは?」
「私がサッカー部に入ったばかりの頃に撮った写真。ご覧のとおり、神サマ一色」
「た、確かに……。こんなところまで、撮られていたのか」

 神サマは若干ひきつった笑みを浮かべた。大丈夫、この反応は最初から想定済み。
 息を深く吐いて、アルバムを閉じた。今度は、2つ目のものを神サマの前に差し出す。雷門のユニフォームを彷彿とさせる黄色の表紙だ。

「こっちは、ここ最近撮ったものをまとめたアルバム。被写体は、雷門オールスターズ」
「オールスターズ?」
「そう。選手の皆はもちろん、葵ちゃんと水鳥ちゃん、円堂監督、鬼道監督、音無先生。吹雪さん、染岡さん、監督の奥さん、秋さん、サスケちゃん……今の雷門サッカー部に関わってくれた一人一人が登場するようになったの。全員を、心から撮りたいと思うようになった」

 バンドでもないのに"オールスターズ"は本当は違うのかもしれないけれど、私はこのネーミングをとても気に入っている。だって、一人一人が星のように輝いているから。

「そうだな……誰か一人でも欠けていたら、雷門の革命は成しえなかっただろう。これ、少し見せてもらってもいいか?」
「もちろん。どうぞ」

 黄色いアルバムを受け取ると、神サマは大事な本を読み返すような優しい表情と丁寧な手つきで、1枚1枚の写真をゆっくりと見てくれた。全て見るのに、結構な時間がかかったが、私は何も言わずに神サマのことをじっと見つめていた。

「撮った瞬間の雰囲気がよく解る、素晴らしい写真ばかりだよ」
「……そんな写真を撮るきっかけを私にくれたのは、神サマです」
「、オレが?」
「私、神サマに惹かれてサッカー部に入ったんです。こんなに短い間に、アルバムの容量が足りないぐらい盛りだくさんになったのも、皆で必死に頑張った日々をなんとかしてフィルムに収めたいと思ったのも……全ては、あの日あのとき、神サマに出会えたから。サッカー部に入って、かけがえのない大切な仲間たちに出会えて、今日という日を迎えられて、本当に良かったです。ありがとうございます、神童拓人さま」

 言葉の選び方が少し難しかったけれど、きっと思いは伝わったはず。最後に愛しい人のフルネームを呼んで、私はぺこりと頭を下げた。

 神サマが、ためらうように短く息を吐く音が聞こえた。そして、穏やかに私に呟いた。

「……顔を上げてくれ」

 言われるがまま、顔を上げる。少しだけ、潤んだように見える、神サマの瞳が私を見つめていた。

「オレからも言わせてほしい。本当にありがとう、山菜。雷門サッカー部に入ってくれて」
「……、え……!?」

 まさか、私のほうが神サマからお礼を言われるなんて思ってもいなかった。驚きのあまり腰を抜かしそうになるが、何とか踏ん張って堪える。私の反応がおかしかったのか、神サマはくすりと微笑んだ。

「山菜、驚きすぎ」
「だって……!」

 何の心の準備もなく憧れの人にそんなことを言われて、まともでいられるはずがない。いざというときに両側から支えてくれる水鳥ちゃんも葵ちゃんも、今ここには居ないのだ。

「オレは山菜が伝えてくれた感謝に、ありのまま答えただけだよ」
「し、刺激が強すぎます……」
「いや、前から思ってたが、オレはそんな風に言われるほど、大仰な人間じゃないんだけどな……」

 困ったように笑いながら、神サマは少し間を置いて、私の目を真っ直ぐに見た。

「でも、少しずつでいいから、これから慣れてもらえると嬉しい。……その、オレはもっと山菜のことが知りたいから。もっとこう、普通……? に、何気ないことでも、話し合ってみたいと思ってるんだ」
「! そ、そんな、そんなの無理っ! 緊張、しちゃう……」

 思わず両頬がかあっと熱くなり、手で押さえながら目をぎゅっとつぶる。ご褒美なんて言葉じゃ収まりきらないぐらいの神サマからの有難い申し出に、心の中では大喜びしたいはずなのに、体が言うことを聞かなかった。
も う!何なの、肝心なときに全然素直じゃない、私の体。ばか、ばか、ばか〜。

「そっちばっかりずるいぞ。オレだって、緊張してるのに」

 ふと、おそるおそる目を開いてみれば、苦笑するような神サマのお顔も、ほんのり赤く色づいていた。ずっとずっと、その凜々しいお姿を遠くから見てきた私には、その心の中が分かった気がした。神サマは今、一人の男の子としての勇気を、自分なりにと、振り絞ってくれたんだ。それなら私は、私なりに、精一杯、応えなければ。

「じゃあ……! 今日の記念に……私と一枚、撮っていただけますか?」
「……ああ、もちろん。喜んで」

読んでくださり、ありがとうございます♪
シャイン(ダーク)プレイ当時、意外と茜ちゃん脈ありじゃん!?とひしひし感じていたのが懐かしいです。

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