流れ落ちる







「私は、……君が好きなんだ」



微かに聞こえたその言葉に、ガロットは目を見開いた。
今、何と言われたのか理解が出来なかった。


「家の掟に背き、同性に恋したこともなかったが、もう自覚してからは加速するように君のことばかり考えている……」

(何故)


「だから、……私が君に体を開くのは、そういう意味であると認知してくれ……。その上で少しだけ、気遣ってくれたら、嬉しい……。ただの掃溜めにされては、この先苦しくて長続きできる自信がないんだ……」

(何故こんな時に貴方は、そのような夢のように甘い言葉を)




「こんな主で、すまない…」




 強く握り締められていた手を解放されたが、ガロットは手を伸ばせずに呆然と見上げたままだった。そしてベルホルトが、身を守る最後の砦とも言えるであろうロザリオを己の手で外した。それは床に落ちて静かな教会の中で硬い音を響かせる、小さな声で「ごめんなさい」と聞こえた。
 誰に対しての謝罪なのか最早、今のガロットには分からなかった。神になのか、家になのか、親族か。分からない。酷く物悲しく感じた。
 ベルホルトからはもう、抵抗の意思を微塵も感じられなかった。ただただ、先程の言葉の意思を汲み取るならば、好きだから。その思いだけでガロットを受け入れようとしてくれている。しかし恐怖か、緊張か、身体が震えている。
 そんな身体を蹂躙し欲望を吐き出すなど容易い事だった。しかし、ガロットは出来ないでいる。


「………っ!!」


 熱を持つ息を押し込めるように唇を噛みしめながら、ガロットはベルホルトから素早く身体を離した。噛みしめたことで人間よりも微かに鋭い犬歯で唇が切れ、咥内にじわりと血が滲んだがそんなことはどうでもいい。
 近くにあった小さな銅像を掴み、そのまま床に叩きつけるようにして破壊する。その衝撃で辺りに積もっていた埃が舞い、教会の中で蔓延した。
 ガロットは物を破壊することで昂っている性的欲求を無理矢理、戦闘を求めるものに切り換えようとしていた。


「ガロット……、一体君は……何をしている……?」


 急な態度の切り換わりにベルホルトは肌蹴た衣服を握りしめながら、訳も分からず酷く不安そうな目でガロットを見ていた。視線を向けてはまた熱が戻ってしまいそうで、ガロットは背を向けたまま俯く。近くの古い椅子の背もたれを掴むと、その力にみしりと今にも壊れそうな軋む音がした。


「何故、貴方が謝るのですか。私は、貴方の優しさに付け込むようにしながら、主である貴方を欲望の捌け口にしようとまでしたのに」
「それは……君の、種族特有のものなんだろう……?責めることなど、出来ない。それに、先程も言ったように私は……」


 ベルホルトの口から言葉が続けられる前に、ガロットが掴んでいた背もたれが大きな音を立てて壊れそれを遮る。手元に残った木片はそのまま足下に落とし、代わりに別の物を拾い上げた。
 主にこのような事を言わせている己が腹立たしくて仕方がなかった。それだというのにガロットの身体は未だに戦闘欲求と性欲の狭間で揺れ動いている。


 叶わぬ恋だと思っていた。
 だから、小さな隙から魔の欲に溺れ、情けない事に主の優しさに甘えようとした。
 それで嫌われ捨てられても仕方がないし当然だと思った。

 なのにその優しさが、まさか、自分に思いを寄せていたからの事だったなんて。
 

 このような形で互いに思っていたなどと、知りたくなかった。



「私は、……私、は……」


 多大な罪悪感で胸が締め付けられるように痛み、熱い。力を発散する場を求め、手を強く握り締める。鋭い爪が掌に食い込み肉を切り血が流れた。しかし燻るものは腹の中に蹲ったままだ。
 ガロットは振り返ると再度ベルホルトの元へ向かいその肩を強く掴んだ。痛かったのかもしれない、見上げると優しい顔が痛みで歪んだ。けれど力を緩めることが出来なかった。白い騎士礼服に、先程の怪我した掌から血が赤く滲んでいく。
 目頭が、熱い。


「私は、どうしたら良いのですか……!私は、貴方を傷つけたくはないのに、悲しませるばかりで!心から笑顔でいて欲しいのに、貴方は私といると悲しそうに笑むばかりだ……ならばいっそ嫌って下さった方が諦めもついたのに、貴方は好きだと私に言う……!!」


 声を上げて、ガロットはベルホルトに問い掛けた。
 己が嫌で嫌で仕方がない、なのに想い人に愛されていると知り気持ちは昂る。身体も熱を持つ。憎らしい。悲しい。




「私は……貴方を、愛しているのです……こんな、このような、性欲の捌け口などとして、貴方を抱きたくはない……なのに私は、この身体は……」



 「いやだ」と言ったガロットの声はそのまま小さく、消えてしまうような、か細いものになっていく。俯くと同時にベルホルトの膝の上に目元で留まっていた涙がぽたりと零れ落ちた。情けないが止まらない。尾先はしかし欲に従い求めるようにベルホルトの足にくるりと巻き付く。

 肩を抱くガロットの手の中には、先程拾い上げたロザリオが指の隙間から僅かに覗き、月明かりを受け鈍く輝く。
 少しでも自制するためにと掴んだそれは、戒めなのか。己の血と混じり、掌を焼くような熱さを持っているように感じた。






 悪魔の泣き声が、教会に響く。








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(るる様宅に移動します)










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るるさん宅ベルホルトさん(@lelexmif)

お借りしました。





2015/09/27


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