分水嶺4






 












「君は、そんな風に泣くんだな…」
 足掻き尽くした身体を目の前にして、どうしてやるのが良いのか、迷いつつ、口から付いて出た言葉が何処か平凡で、内心自嘲していた。膝に落ちる水滴の暖かさ、肩を掴まれる痛みと押し付けられるロザリオ、どれも自分以上にガロット本人の方が余程痛みを被っている筈で。きっと、ずっと、あの家に拾われた時から、こうやって苦しんできたのだろう。苦しくても、痛くても、誰の力も借りず、自分の傍でただ尽くしてくれた。そう思うと健気で愛しい。ベルホルトは泣きじゃくる男の肩を抱いてやった。腕を回して引き寄せ、胸元に埋ますガロットの白髪に口づけを落とすように、後生大事にその身体を抱える。その温もりが伝わったのか、すすり泣く声が止んだ。
「十分だよガロット、……君が、私と同じ気持ちで居てくれるなら、私はそれで充分だから。」
「……―――――っ!」
 優しさが裏目にでたのか、ガロットは苦悶に歪む顔を持ち上げ、ベルホルトの肩を揺さ振った。
「何が、十分だと言えるのですか……?!こんな、自分の身体すら、操れないでいる私を…」
「ガロット、」
 その目を見ていれば、彼が苦しいのはよく解る。それを憐れんで慈悲を与えたい訳じゃなかった。ただ、ガロットが悲しいことは自分も悲しいと思った。そう思えるのは、矢張り気持ちが通じているからだろうか。ただ、自分自身を赦して、そっと認めることが出来れば、彼も楽になれるのではないかと思う。何より、今、目の前にいるのは、「人」であるガロットに他ならない。理性を繋ぎ留めながら、人として自分に対峙している。嘘がないその言葉に安心するし、嬉しかった。だから心の底から、安堵してふわりと笑えた。
「2人で居る為のことなのだから、どちらか1人が荷を背負うことはないんだ。君にできないことは私が、私が出来ないことは君が、これからも支えてくれればいい。」
「しかし、私は今、……貴方を、」
「君に…私以外に思い人がいるものだと思っていたから辛かった……。けれど、愛し合っているという前提があるなら、私は大丈夫だよ。君が獣の様にしか私を抱けないというのなら、君の名前も、『好き』という言葉も、君の分まで私が言うよ。」
 ガロットの瞼が滲む。手繰り寄せるように肩を掴んだ手のひらが背に回り、背後でロザリオが落ちる音がした。抱き返され、距離が近くなる。背を伸ばして近づく泣き顔が愛しくて、親指でそっと涙を拭ってやった。
「……けれど、私が伝えた分だけ、紡いだ分だけ、同じ言葉を返してくれ。すぐにではなくて、良いから。」
そうしたら、大丈夫。不安な夜は、無くなるだろう。同じ時を重ねれば、言葉などがなくても信じられる時がくる。そう信じて、近づいてくるガロットの唇を許した。
理性が途切れる臨界点で、「愛しています」と囁かれた言葉を確かに聞いた。再び祭壇に押し付けられたベルホルトの身体に、悪魔の羽根が影を落とす。巻き付いた尾先ごと足を抱えられて、まるで磔にされた様に身体を開きながら、「私も」と何度も啼いた。





もうすぐ夜が明ける。
薄暗く変わる空と共に、鳥目もそろそろ解消される。いつの間にか蝋燭台に引っかけていたランプの明かりを借りずとも、視力が働くようになっていた。目を細めれば、ぼんやりしたピントも合わさる。ベルホルトは右手で瞼を擦った。泣き腫らした瞼が痛いし、目の周辺が渇いている。汗が渇いた肌も似たようなもので、朝方の冷え込みの所為もあり寒くて身を丸めた。祭壇に凭れ掛かるように腰を下ろしているガロットの足の間に収まり、肩に掛けられた騎士礼服と折り畳まれていた悪魔の羽根で外気を凌いでいた。傍に感じる体温の暖かさに寄り添い、鼻先を首筋に擦り付けて甘える。腰に腕を回して抱き付くと、同じように強い抱擁が返ってきた。
「お目覚めですか……?」
「……いや」
 甘い声色が降ってくる。少し瞠目したような間を挟んだ後、髪を撫でられた。
「今、返事をされましたよね?」
「うん」
 また、少し間を挟む。寝ぼけている訳ではないと気づかれ、ガロットの指先が唇を撫でた。意味もなくその指を唇ではむりと挟む。鳥がやりがちな意味もない甘えた抗議だった。眠たげな顔でそんなことをやらかすと、くすくすと笑い声がする。
「……そろそろ、帰りましょう。風邪を引いてしまいます。」
「………もう少し、君とこのままがいい」

 今にも立ち上がりそうな雰囲気すらあったガロットの身体が動きを止めた。きょとりと瞬きベルホルトを見下ろすと、眠たげな瞼が持ち上がり、金色の双眸と視線が絡む。
 ガロットが悪魔でいる時間はあと少しといったところだろう。月が追い出されて太陽が起きるまでのあと数刻は、互いが求めた時間を過ごせたらいい。


朝日が訪れるまでの蜜月は、あと少しきり。
ベルホルトは恋人の腕の中で幸福そうに微笑んでいた。






Fin,

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いりこ様宅【superbloodmoon】







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