目の前にいる者は




「んー?こんな所で見掛けるとはまた珍しいな」


 月明かりの下、一人分の足音と声が響く。
 ガロットとベルホルト。二人の気まずいような、しかし心地の良いようななんとも言えぬ奇妙な静寂を破ったのは若い男の声。反射的にその方に視線をやるとガロットはタイミングが悪い奴だと眉間に皺を寄せた。


「……セム」
「なんだ今日はその兄さんに遊んで貰ってるのか。やられたもんだなー、頬が赤いぞ?」


 何の事か、そもそも目の前の男が誰なのかも分からず不思議そうに眼を丸くしているベルホルトを余所に、セムはガロットが先程殴られ赤くなっている頬を指差しながら笑っていた。ガロットは答えず、むすっとした表情のまま落ちていた己の眼鏡と手袋の片方を拾い懐に仕舞っている。
 口を開かない従者に代わりベルホルトが一歩前に出た。


「あの、失礼ながら貴方は……?」
「ん?あぁ、俺のこと?俺は―――……」


 ベルホルトの物腰柔らかに問われ驚きながらもセムが答えようとすると、ガロットが二人を遮るように翼を広げながら割り込んだ。


「主様、此奴に構うことはありません。……セムも」


 余計な事を言うな、といわんばかりにガロットが視線を向けると、セムはやれやれと肩を上げわざとらしく溜息を吐いた。
 話を遮られたベルホルトは眉をひそめ文句を言いたげだったが、その表情は直ぐに別のものへと変わる。


「主様、失礼致します」
「……なっ!?」


 そう言うなりガロットはベルホルトの身体を強く抱き、その大きな翼を羽ばたかせ空へと飛んだ。あっと言う間に辺りの家よりも高くまで到達する。不意に抱き締められた事にか、はたまた身体が宙に浮いている体感したことのない感覚になのか、ベルホルトは硬直していた。そのままガロットは翼を休ませる事無くどこかへと向かっていく。


「……ふーん。あれがあいつの主様、なのかねぇ」


 一人残されたセムは二人が消えて行った空を眺めながらニヤニヤと笑っていたが、暫くするとまた普段の夜の散歩へと戻るのか足を進め始めた。




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「……ガロット、一体どうしたんだ。それに先程の、セムという方は……?」
「……もう暫く、お待ちください」


 暫くして落ち着きを取り戻したベルホルトは落ちないようにガロットの肩を掴みながらガロットを見上げる。しかしガロットはそう言ったきり口を閉ざしたままで沈黙が続いた。その従者の様子にベルホルトもそれ以上なにも言えず、時間が過ぎた。
 
 数分か、それとも数十分か。漸くガロットは翼を折り地に足を下ろし、ベルホルトの身体を解放する。ベルホルトは目の前に佇む建物を、腕輪の灯りで照らしながら見上げた。


「ここは……教会か?」


 小さな灯りと青い月明かりに浮かんでいたのは廃れ、最早誰もいないのであろう教会だった。窓はあちこち割れ、壁には長く蔦が伸びている。どうしてこんなところに、とベルホルトが視線をガロットへと向ける。


「ここは、私の……今は亡き母がいたと聞いている教会です。今は廃れ誰ひとり居りません」
「なっ……」
「母は私が産まれると同時に天に召されたと聞いております」


 そう言いながらガロットは教会の扉を開き中へと足を進めた。ベルホルトも驚きながらも後について行く。足下には割れた硝子や、浮浪者が侵入し荒らしたのか、割れた陶器等が散らばっていた。
 日焼けた身廊を進み、ガロットは目の前の祭壇の埃を軽く払う。辺りに塵が舞い、ステンドグラス越しに差し込む月明かりで反射して煌めく。


「幼い頃は曾祖母に育てられたので、話にしか聞いた事はなかったのですが……ここには、たまに足を運んでいるのです。最近は修道院にも、ですが……何故かそういった場所は気持ちがとても落ち着くのです、この悪魔である私が。可笑しな話でしょう?」


 くすくすと笑うガロットにベルホルトは身廊の途中で足を止め何も返さず俯いた。


「こういう時、私は人間なのだと思えるのです……ですが悪魔の血がある事には変わりません。先程の……セムという者がいたでしょう?以前交戦を致しました、私から仕掛けたのです」
「なっ……!?民間人に手を出したのか、ガロット!」


 顔を上げベルホルトが声を上げる。先程のセムといった男はしかも体力があるとは聞かないエルフに見えた。騎士として民を守るベルホルトとしてはそれは許すことは出来ない事だ、怒りを露わにしガロットの元に駆け寄る。


「……勿論罪とは分かっております。しかし、満月の晩になると私は自分自身では抑えられないのです。戦闘を求める衝動、性的欲求……悪魔の性に抗えないのです」
「戦闘欲求…?まさか犯罪に加担したりなどしていないだろうな」


 厳しい目つきで問うベルホルトにガロットは首を振り返答する。


「それは誓って、ありません。先程のセムも好戦的なところがあったので、最近はよく戦闘の相手をして頂いていたのですが……」
「如何な理由があったとしても、人を傷つけるのはもう止めてくれ。……そういう生理的なものがあるなら、……私が相手をするから」


 剣の腕には自信がある、何度か相手をしているセムという男も大きな怪我をしている様子もなかった。殺人衝動まではないという事だ。それならばいっそ己が相手をすれば、ガロットは民間人に手を出すこともなく満たされる。丸くおさまるのではないか。ベルホルトとしては、そういう意味合いで言ったのだが。
 ふと見るとガロットは目を見開き驚いていた。そしてそのまま口が弧を描くと、


「……っ!?」


 視界が急にぐるりと回ると同時に、ベルホルトはガロットにより祭壇の上に肩を押さえつけられた。
 急な事に動揺を隠せないでいるベルホルトの頬を、ガロットが撫でる。普段の手袋の感触ではない、指先の熱と硬い爪が当たる感覚。

 ガロットがベルホルトに素手で触れるのは、初めての事だ。




「主様。貴方は今、ご自身がなんと言ったのかご理解していらっしゃいますか?」



 生理的に起こるのは、戦闘欲求だけではないのだと。身をもって知らしめている。
 実際以前の満月にも、危ういところであったがガロットは己の主に手を出しかけていた。



「そのような言葉、安易に悪魔に言ってはなりません」



 顔を近付け、吐息の触れるような距離で囁く。ガロットの前髪がベルホルトの頬を掠めた。思わずベルホルトは身体を竦めた。




 なぜならば今宵の月はもう直に、




満ちる。






 寂れた廃教会の中、ガロットは理性と本能が争うのを感じながらベルホルトを見下ろしていた。







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(るる様宅に移動します)










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るるさん宅ベルホルトさん(@lelexmif)
冴凪さん宅セムさん(@sana_mif)


お借りしました。



2015/09/27


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