2、「不器用」でも愛したい
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「飛雄、バレー部楽しい?」
いつも昼休みになると、同じクラスのわりはこうやって前の席に座り、俺の机で昼ご飯を食っている。
「まぁまぁ」
「そっか、なら良かった。烏野に来るんじゃなかったとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「バレーが出来て、わりが近くに居れば俺はどこだっていい」
「え? あ、うん、そっか」
わりは影山の言葉に一瞬戸惑ったが、意味を理解し、パックのジュースを飲んでにやける口元を誤魔化した。
「私も飛雄といれるなら、烏野でもどこでも良いかも」
「おう」
「ねえ飛雄、もう食べきれないからお弁当の半分食べてくれない?」
わりは自分のお弁当を少し食べた後、俺に押し付けてきた。
「いつも思うんだけどよ、食い切れないなら弁当の量を減らせばいいだろ」
そう言いつつも、わりの弁当箱を持って残っている唐揚げや玉子焼きを口に放り込んだ。味は悪くない。
特別に美味いわけでもなく、
よくある弁当の味だ。
「んーっと、食べられると思って作ったんだけどね、いつも途中でお腹いっぱいになっちゃうの」
「お前少食なんだろ、いい加減に食う量を覚えろよ」
「でも作り過ぎても飛雄がいつも残りを食べてくれるし」
「俺がいる時はいいけど、もし俺が休みだったらどーすんだよ、弁当残るだろ」
「確かに」
うん、その時はなんとか頑張って食べるか、やっぱりお弁当の量を調整してみようかな、とわりは言った。けどきっとこいつはまた多めに弁当を作って来るだろう。
そしてまた残りを俺に差し出してくる。
……このやりとりを
俺はあと何回すればいいんだ。
「なぁなぁ、影山って彼女いんの?」
部活中に、日向が突然そんな事を言い出した。そしたら会話が聞こえていた田中さんが凄い顔して俺の方を見ていた。
どうやら、昼休みに俺がわりと飯を食っているところを、たまたま教室を通りかかった日向が見たらしい。
「影山が一緒に昼飯食ってたのって誰なんだ? 彼女なのか?」
「一緒に、昼飯を、食ってた?」
田中さんはこっちを見たままぐんぐんと近付いて来た。日向の野郎、余計な事を。なんて説明するべきか、いや普通に俺の彼女だって言えばいいだけなんだけど。
「日向、ちょっと先輩に詳しく教えなさい」
「え? えっと、影山のクラスを通った時に、影山が仲良さそうに女子と一緒にいて、あ、あと女子の弁当を食べてたように見えた!」
「おい、日向っ」
「弁当? 女子の、手作り弁当? 影山クン? 君はお昼休みにじょ、じょ、女子の手作り弁当を!」
冗談だと言ってくれ!と田中さんは俺の肩を掴んで揺らしてきた。突然揺らされ、気分が悪くなってきた。少し吐きそうだ。気持ち悪い……どうして俺はこんな事になったのか。
「(う、気持ち悪い……)」
「おい田中! もうその辺にしとけって!」
体育館に入ってきた菅原さんが俺を揺さぶる田中さんを止めてくれた。けど少しクラクラする。吐き気はなんとかなったが気分は最悪だ。世界が回る。
「スガさん……でも、でも、影山は女子の弁当を、都市伝説である女子の手作り弁当を!」
「都市伝説ってお前なぁ……影山、女子の弁当を食べていたっていうのは本当の事なのか?」
「(頭くらくらする……)え、いや、まぁ、食い切れないって言うから食べただけで、えっと」
「それだけか?」
「は、はい」
「ほら田中、影山もそう言ってるべ?元気出せって」
「……女子の弁当」
「影山もたまたま弁当を貰っただけだって、な? 影山」
「……っス」
(とてもじゃないが、毎日のようにわりの弁当を食べてやってると言える雰囲気ではない)
「そ、そうだよな! たまたま貰っただけだよな! それにその女子が可愛いと決まったわけじゃないし!」
「え? めちゃくちゃ可愛いかっt「日向お前もう何も言うんじゃねぇ」
ガッ!と、日向の口を押さえた。
もうこれ以上、田中さんのメンタルを削るんじゃねえ。手作り弁当の相手がわりという、とてつもなく高いルックスの持ち主だと知れば田中さんはどうなるか。俺ももう田中さんに脳を揺らされるのは勘弁して欲しい。体育館が揺れるのはもう気持ち悪いからやめて欲しい。
「いいか影山! お前は女子の優しさに惑わされるんじゃないぞ! 女子というのはな」
「(あ、これ話が長くなるパターンだ)」
「女子というのはな、少し大人びた男にぐらりとくるもんだ!」
「はぁ」
「優しさや誠実さがある男を女子は求めている! 例えばそう、潔子さんもきっとそうだ!」
「そうなんスか」
「そのうち影山にも分かるようなるぞ! 先輩の俺みたいにな!」
「はぁ、そうなんスか」
それから、田中さんの「女子理論」が長々始まった。何故か日向や西谷さんも「うんうん」と頷いて聞いていた。菅原さんは「やれやれ」と言って、特に田中さんを止めるでもなく聞いていた。
「けどな影山、ちょっとばかし女子の弁当を分けて貰ったからってその気になったら駄目だぞ?」
「その気?」
「こういう場合、向こうに特別な感情が必ずあるとは限らない! いいか、決して手作り弁当に騙されるな! 騙されたが最後、傷付くのは自分自身だ!」
「騙されてる場合もあるんスか」
「計算、というやつだな! 女子は男子にあえて優しくして自分のお願いを聞いて貰おうとする説がある」
「でもよ龍! 俺は潔子さんに優しくされたら何でもしちゃうかもしれねェ!むしろ潔子さんにならどんなお願いもされたいです!」
「大丈夫だノヤっさん!俺もだ!」
「……。」
今この状況で、「昼休みに一緒にいたのは俺の彼女です」だなんて言えるはずもなかった。
「わり、俺は先輩に何て言えば良かったんだ」
「何、急に。ていうかそれって今言わないといけない事?」
「……悪い」
わりを俺のベッドに組み敷いて見下ろした、そして額に軽くキスをし、わりの唇に自分のを合わせた。
俺はわりが好きだ。
わりも俺が好きだ。
何故、俺はわりという彼女がいる事を田中先輩達に言わなかったのか、結局俺は自分の防衛の為に言わなかったかもしれない。言わない方がいいと、そう思ってしまった。
けどそれはきっと、わりを傷付けてしまっているだろう。何故だかわりに知られたくなかった、俺がわりという存在を隠している事を。
「飛雄? 体調悪い?」
「……いや、別に」
「そう?」
「……。」
情事を終えて、ちらりとわりを見れば、こてんと首を傾けて俺を見ていた。
「(クソ可愛い)」
口にはせず、心の中でそう思いわりをぎゅっと抱き締めた。
(絶対に、離したくない)
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