9、たった一言で心が満たされる
───────----‐‐‐ ‐






学祭当日、

珍しく今日は徹と一緒に家を出た。


二人で学校に一緒に行くなんて徹の朝練が無くても滅多にない事だ。




だって私がいつも一緒に行くのを嫌がるから。その理由は一つ、徹と一緒に登校する時は


彼も一緒にいるからだ。


幼馴染、家が近い、学校が一緒
この三拍子が揃い、必然的に一緒に行く事になる。



そう、岩泉一という幼馴染と。



いつしか岩泉君に苦手意識を持ち始めた私は、なるべく徹と一緒に学校に行かないようになった。明らかに無意識に彼を避けてしまっていた。


しかし今日は珍しく徹に「今日は朝から女の子に絡まれそうだから一緒に行こう」とお願いされてしまった。

コンビニのカフェラテ一つで承諾した私は案外安い女かもしれない。



ああなんて事を承諾してしまったんだ。








「よう」


交差点で出会った彼の顔を見て、少し後悔をした。
いまだに気まずい感情を持っている私に、彼と何を話せばいいんだろう。たまに一緒に帰る時も緊張して、胸が苦しくなってしまうのに、朝一番に彼と出会うのは心臓に悪い。






「おはよう岩ちゃん」

「……おはよう」


つい目を逸らしてしまった。
……なんて失礼な挨拶の仕方だ。

しかし彼は気にしていないのか普段と変わりなく「おはよう」と言って、徹の隣に並んで話をしているようだった。そのまま3人並んで学校へと向かった。










「及川先輩!おはようございます!」
「徹君!これ受け取って下さい!」
「及川君おはよー!」
「徹君今日もかっこいいー!」


「ありがとーみんな」



やっぱりというか、

学校に着いて早々に徹の側には女の子達が寄ってきた。登校中は私が一緒にいるせいかチラチラ見られる程度だったが、生徒玄関に入って私が少し離れるとこの有り様だ。この様子じゃいつ教室に行けるか分かったもんじゃない。







「あの野郎は相変わらずだな」

私の隣にいた岩泉君が面倒臭そうに言った。気付いたら彼が隣にいたので私は肩をビクッとさせた。




「そうだね、卒業が近いからかな?」


私達はもうすぐ中学を卒業する。学祭が終わればいよいよ受験モードだ。
あの後輩のファンの女の子達からすれば、大好きな及川先輩が卒業してしまうのが嫌で、ああやって残された時間でアピールをしているんだと茜が言っていたのを思い出した。



私にその感情は分からない。


だって卒業したら高校生になる、それだけだ。私には彼女達みたいに好きな人がいるわけでもない。でも好きな人と離れ離れになるというのは


辛いのだろうか?








「好きな人と離れるのって、辛いのかな」


ハッと気付いた時には、口に出していた。岩泉君に聞こえてしまっただろうか?








「どうだろうな。でも俺は辛い、と思う」

「!」



やっぱり岩泉君に聞こえてしまったようだ。




辛いと言った彼の言葉、それは岩泉君に好きな人がいるという事?でも年頃の彼の事だ、


好きな人くらい、いるだろう。




「うん、辛いよね」

「あ、いや……なぁ葵」

「?」

「アイツ放って置いて先行くか?」

「……。」


徹を見ればまだ女の子に捕まっていて、助けて欲しそうにチラチラとこっちを見ていた。

周りの女の子達はキラキラした目で徹を取り囲んでいる。









「そうだね、私が一緒に来て欲しいって徹にお願いされたのは学校までだから」

「じゃあ行くか」

「葵っ!? 岩ちゃーん!!」


遠くで私達を呼ぶ徹の声が聞こえたが、無視して岩泉君と一緒に教室へ向かった。私は何を話せばいいか分からなかったが、岩泉君がずっと私に話しかけてくれてそれをなんとか返していた。


でもやっぱり彼の目は見れない。









****




流石学祭と言ったところで、いつもより学校内は騒がしかった。空き教室を借りて作った写真部の作品展もなんとか完成したし、あとはこの二日間どう過ごそうか考えながら部室に向かった。


今、部室には茜がいるはずだ。学祭の演劇を見たいと言っていたから誘ってみよう。









「あ、あの!」

「ん?」

後ろから話しかけられて振り向くと、幼い顔の少年がいた。どこかで見た事あるような、ないような。





「葵先輩ですか!?」

「そうだけど、君は?」


顔を見て思った、
私こんな知り合いいない。





「あ、俺一年の影山っていいます! バレー部です!」

「影山君? バレー部って事は徹の後輩?」

「はい、及川さんがいつも葵さんの話をしていたので気になって話しかけましたすみません」

「え、徹っていつも私の話してるの?」



恥ずかしいからやめて欲しいんだけど、バレー部でも私の話題ってやめて欲しい。


変な事を言ってないといいけど、






「あの、葵さんは及川さんと仲が良いんですよね?」

「まぁ、悪くはないかな」

「俺、及川さんにトスとかサーブとか教えて欲しいんスけど全然教えてくれなくて、どうやったら及川さんに教えて貰えますか?」

「え?」



それはどうやったら徹と仲良くなれるかって事?

ファンの女の子じゃなくてまさかバレー部の後輩から聞かれるなんて、どれだけ人気高いの徹!




「うーん、徹はちょっと子供っぽいところがあるからなぁ」

「及川さんの弱点とかでもいいです! 教えて下さい!」

「え!?」

「俺、あの人に近付きたいんです!」

「徹に?」

「俺はバレーをもっともっと上手くなりたいんです! 及川さんは凄く上手くて、か、かっこ良くて……」

「影山君は凄いね」

「え?」

「真っ直ぐ、強くなりたいっていう向上心を持っているでしょ。十分影山君もかっこいいじゃない」

「!」

「うーん、でも徹が教えてくれないなら、目で盗んじゃえばいいよ。徹の仕草や癖とかね。あ、徹に近付きたいっていう話だから……その』

「目で盗む……」

「うん?」

「ありがとうございます! さっそく試してみます!」

「う、うん」



今ので良かったのかな?
大した事何も言えてないけど


もし岩泉君だったら影山君に何て言ったんだろう?






「及川さんは葵さんみたいな彼女さんが居て羨ましいです! じゃあ失礼します!」

「え」


影山君は大きな勘違いをしたまま、頭を下げて立ち去ってしまった。私、徹の彼女じゃないんだけど。

徹、いつも私の事なんて言ってるの?






「葵!」

「!」


今度は徹に呼び止められた。
ガシッと掴まれた腕がちょっと痛い。




「ちょっと葵! 影山と何話してたの!?」

「え、ちょ、なに」


ガクガクと体を揺らされて目が回ってきた。





「オイ! やめろ及川!」

後ろから岩泉君が徹を引き剥がしてくれた。徹に揺らされて脳みそがグラングラン揺れて気持ち悪くなった。






「……で、何?」


頭を押さえながら徹を見た。




「さっき影山と喋ってたでしょ! 何を話してたの!?」


どうして徹はこんなにも怒っているんだろう?



「……何って、徹にトスやサーブを教えてもらうにはどうしたらいいかって聞かれたよ」

「そんだけ!? 本当に??」

「本当だけど、どうしたの徹?」

「別に、なんでもない!」

「なんでもないって……」


絶対うそでしょ。
一体なんなの、影山君と何かあるの?




「及川は影山が苦手なんだよ、アイツ上手いから」

徹の後ろにいた岩泉君がため息を吐きながら言った。




「ちょっと岩ちゃん! 何で言っちゃうの!?」

「苦手って、徹……」



それって、影山君にヤキモチ妬いてるって事? でも影山君は一年だよね?そんなに上手いの?







「なんで徹はそんなに怒ってるの?」

「お、怒ってないっ!」

「影山に葵を取られたと思ったんだろ」

「岩ちゃん!!」

「取られたって……」



徹ってそんなに独占欲強かったかな?
そもそも何で私なんかを取られて怒ってるの?



影山君が私を欲しがる?


ないない、

あり得ない。






徹、影山君とは今日初めて会ったよ?」

「でも分からないじゃん」

「?」

「……か、影山だって男だし」

「いやいや、初対面だよ?」

「か、影山じゃなかったとしても!」

「誰も私なんか欲しがらないよ」


苦笑いで、徹と岩泉君に言った。







「そんな事ない」

「徹?」

「みんな葵の事見てるし、いつかどっか行っちゃうじゃないかって俺は心配してんの! だって俺も岩ちゃんも葵の事好きだし!」

「(俺もか)」

「……。」



徹の言葉に思わず驚いてしまった。





「わ、」

「「わ?」」




「わ、私も……二人が好きだよ」



それじゃ! と言って私は二人に背を向けて、逃げるように部室に向かって走った。










「!」

しまった、これじゃあ言い逃げしたみたいでカッコ悪い……!


それ以上に、口に出して言ってみると超恥ずかしい!なんで徹は簡単に好きとか言えるの!


ああもう絶対言わない!






















「……岩ちゃん」

「おう」

「葵が」

「おう」

「葵が、俺の事好きだって言った」

「お前だけじゃねーよ、俺もだ」

「葵、照れてた」

「照れてたな」

「……葵に好きって言われたの、何年振りだろ」

「お前、泣いて」

「泣いてない!」

「そうか」

「あーもう」

「なんだよ」

「葵は絶対誰にもあげない、岩ちゃんにもあげない!」

「お、おう」

「もし、葵に彼氏が出来たらそいつ潰す」

「……。」




物騒な事を言い出した及川の頭をぺーんと叩いた




「痛い!」

「んな事言ってねぇでさっさと行くぞ」



別にいいじゃねぇか彼氏くらい。







(この過保護バカ兄貴が)



たった一言で心が満たされる


[ 10/42 ]
[*prev] [next#]
Back/TOP
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -