大和のじじばば、本屋の店員 [ 64/87 ]


大和のじじばば


「あれ?なんでじじばばおるん?」


大和が帰宅すると、家には大和の祖父母がテレビを見ながらケーキを食べて寛いでいた。


「今日お義母さんの誕生日やからご飯一緒に食べるて言うてたのにあんた帰ってくるの遅かったな!ラインしたのに!」


ツンとした態度で母親に小言を言われ、大和はそこでポケットの中からスマホを取り出し、通知が溜まりまくっているラインを開いた。

ちなみに返信は疎か、既読もなかなかつけないタイプだ。


「大和ひどいやないの、今日ばあちゃん誕生日やのに〜。」


そう言いながらも大して怒ってはいないらしい大和の祖母は、美味しそうにケーキを一口ぱくりと食べた。


「海渡さんはわざわざばあちゃんに電話してきてくれたんやで?」


もぐもぐ、口を動かしてから、嬉しそうに遠方に住む孫のことを話す祖母。


「へえ、よかったやん。航は?」


大和はそう問いかけながら、祖母の隣に腰を下ろした。


「航ちゃんは恥ずかしがりややから。」


そう言った後、またパクリとケーキを食べる。


(はあ?航が恥ずかしがり?ばあちゃんいつの話しとんねん。)


遠方に住む大和の従兄弟の姿を思い出しながら、大和は祖母の手元にあるケーキを眺める。


「航ちゃんもひさしぶりに会いに来てくれたら嬉しいんやけどなぁ。」


…と、そう話す祖母は孫たちの中で一番末っ子である航を特に可愛がっており、朗らかに笑いながらまた一口ケーキを食べた。


「俺のケーキ無いん?」

「わしのやるわ。」

「じじいの食いさしは嫌やわ。」


二口分ほど欠けたケーキの乗った皿を大和の前に差し出した祖父に大和は顔を顰めたが、祖父は特になにも言わずに無言でテレビを見続けていた。

どうやら祖父は、ケーキの甘味が二口で限界だったようだ。

嫌々祖父の食べ残しに大和が口を付け始めると、「お、大和、わしこの前このにいちゃんに握手してもろたぞ。」とテレビを指差しながら大和に話しかけた祖父。


大和がテレビに視線を向けると、いつのまにかスポーツニュースが始まっており、画面には大和が応援している球団の今年ドラフト1位で入団した選手が映っていた。


「は!?じいちゃんまじか!!!!!」

「おう、近くで見たらでっかかったわ〜。」

「ずるい!俺も握手してほしい!!!」


祖父の話に興奮しながらぱくぱくとケーキを口に運んでいたせいで、大和の口元はケーキでベトベトになっていた。


「はっはっは、ええやろ。」


羨ましがる孫に、祖父は自慢げに笑った。



本屋の店員


大好きな趣味の野球観戦のために、最も必要なのはお金を稼ぐことである。

大学生になってから、大和はすぐにアルバイトを始め、今でもそのアルバイト先では、そこそこ真面目に働いている。


大和が通う大学から近い場所にある本屋の店員だ。大和がそこを選んだ理由は“楽そうだから”。店長が大和を雇った理由は“真面目そうに見えたから”。


始めてみると意外と重労働でさらに接客スキルも求められる。大和は選んだバイトを間違えたな。と後悔した。


「早瀬くんあかんよ、仕事中雑誌読んだら。」

「あーすんませんすんません、あとで俺これ買いまーす。」


店長に注意された大和は、手に持っていた雑誌を1冊陳列せずに作業台の上に乗せた。言わずもがな、プロ野球雑誌だ。


(“真面目そうに見えたから”?…どこがや!

この子めちゃくちゃ不真面目やないか!)


店長も、大和を雇ってしまったことを後悔した。


一度注意してからは、勤務中大和が雑誌を読むことは無くなった………わけではないが、こっそりチラ見する程度になった。


入荷したプロ野球雑誌や書籍をいち早く知ることができて、大和はこのバイトをまあ悪くないと思うようになってきた。おまけに従業員割引が使える。


(うん。まあ、悪くないな。)


大和は大好きな野球観戦のために、せっせと入荷した本を陳列していく。


(…早瀬くん。たまに陳列する場所間違ってるけど体力あるし仕事早いしなかなか頑張ってくれてるやん。)


2、3ヶ月も経てば、要領を得てバイトに勤しむ大和のことを、店長も見直してきた。ふとした時雑誌をチラ見している以外は、大和の働きっぷりはそこそこ真面目だったのだ。



ある日、大きめのトートバッグを持った中年の女性客が店内をうろついている姿を見つけた店長。


(あいつは…!万引きの常習犯や…!)


本の在庫数が一致せず、調べていると防犯カメラの映像にあの中年女性客がトートバッグの中に本を入れている姿が何度も映っていた。


「おーい店長?聞いてます?この本の場所分からないんですけど。」

「ちょっと待って、後で教えるから。今それどころじゃないねん。」

「なんかあったんすか?」

「あの人、万引きの常習犯やねん。」


店長は目を光らせて、女性客をジッと見つめていた。


(はあ?万引きの常習犯?普通に買えや!)


大和はむかっとしながら並べる場所が分からない本を片手に女性客の元へ歩み寄った。


「あ〜どこやろこの本、並べるとこわからんな〜。」


不自然に独り言を言いながら歩み寄ってくる大和に女性客はビクッとしながら大和をチラ見した。


(ちょっと…!早瀬くんなにしてんの…!)


突然の大和の奇行に焦る店長。


「あ〜どこやろ、ほんま分からんなぁ。」


ウロウロウロウロ、女性客の周りを不自然にうろついた挙句、眉間に深い皺を寄せ、大和はギロッと女性客を睨み付けた。


ビクッとした女性客は、トートバッグを胸に抱き、そそくさと立ち去って行く。


「本はちゃんと買ってから読みや〜。」


その後ろ姿に向かって、大和はにこにこと笑顔で手を振りながらそう口に出した。


「ちょっと…!早瀬くんっ!」


焦った店長に、バックヤードへ引き摺られる。


「お客様が周りにいるんやから言葉には気を付けなあかんやろ…!」

「あ、はーい。すみませんでしたー。」


まったく悪びれる様子も無い大和に、店長はやれやれと首を振った。

しかしこの日から、万引きの常習犯が来なくなったことにより、店長は密かに大和のことを感謝していたのである。


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