野球観戦仲間、いつものこと、雨天中止により [ 63/87 ]


野球観戦仲間


大和は一人ではあるがるんるんと楽しそうにご機嫌な様子で阪神電車に乗り込んだ。

そこで、自分と同い年くらいの男が自分と同じように観戦用ユニホームを身に纏い、電車内の椅子に腰掛けていた姿を見て、「おぉ!葵!」と名前を呼びながら歩み寄った。


「おぉ!大和!めっちゃタイミング良いやん!」

「あ、チケット今渡しとくわ。」


偶然同じ車両に乗り合わせたのは、大和の野球観戦友達、葵だった。

葵の隣に腰掛け、財布の中からチケットを取り出す大和と、大和にお金を渡す葵。

この二人の出会いは球場で、意気投合して仲良くなった。まだ知り合ってそんなに日数は経ったわけではないものの、まるで長年の付き合いかと思えるほど大和と葵は打ち解けた。


「今日の先発どやろなぁ。」

「この前の試合60球でマウンド降りとらんかった?」

「降りとった。中継ぎになった方がええんちゃうか?」


さっそく始まった2人の野球談義。

ただの一ファンのくせして一丁前にあれこれ意見することは大和の得意技だ。


喋り出すとベラベラ止まらなくなる大和に唯一ついていける友人が葵だけで、大和も余計に止まらなくなる。


葵と喋っていると、電車が目的地に到着するのはすぐだった。


「おうおう来たで来たでぇ。今日は勝たせてもらいまっせ〜。」

「よっしゃ入ろか〜!」


まるで自分たちが試合をするようにやる気満々な態度で入場ゲートへ向かう2人。


「とりあえず始まる前に生一杯飲んでテンション上げとこか。」

「せやな。」


大和にとっての球場で飲むビールは世界一美味い。

球場内の席に着き、葵と乾杯した大和は、双眼鏡片手にグビッと一口ビールを口に含んだ。


「っくぅ〜!!!」


おっさんのような大和の声に、クスリと笑う葵。

隣で美味しそうにビールを飲んでいる大和の姿に、葵にとっても球場で飲むビールのうまさは別格に感じた。


「やばいな、試合始まる前に二杯目いきそうやわ。」

「あかんあかん、我慢しろ。」


大和にとっての葵は、ストッパーの役割りも果たしてくれる、ありがたい存在となっていた。



いつものこと


「おっしゃ、いったれ!一発ぶちかましたれえ!!!」


「おいなにしとんじゃボケェ!そこで打たんかい!!!」


「あ…もうあかん…また三者凡退や…。」


初めは威勢の良かった声は、試合中盤にはただの野次となり、最終回にはぐったりと落ち込んだ様子へと変わり、大和は自棄酒を飲んでいた。


「ちょ、もう飲むのやめろや。」

「嫌や…。飲む。返せっ。」


グスッとまるで泣き出しそうな大和の声に、葵はギョッとしながら一度取り上げたビールのカップを大和に返してしまった。


そしてぐびぐびとビールを口から流し込んでしまう大和に「あぁあぁあぁ。」と呆れた表情で葵は大和を眺める。


「このにいちゃんほんま好きなんやなぁ。熱い応援におっちゃんも楽しませてもろたわ。」


葵は大和の隣の席に座っていた仕事帰りらしきサラリーマンのおっちゃんに話しかけられ、愛想笑いを返す。


「ははは、うるさくしてすんませんでした。こいつ負けてたらいっつも野次飛ばすんすよ。」

「いや〜おっちゃんも同じ気持ちやで。気持ち代弁してくれてありがとぉな。」


大和の隣の席のサラリーマンのおっちゃんは、笑顔でポンポンと大和の頭に手を置いて、席から立ち上がり帰って行った。


ほろ酔いの大和がそんなおっちゃんの後ろ姿を虚ろな目で眺める。

しかしそれも束の間。


「っぶふッ…!きもちわる、吐きそう…」


突如襲って来た酒酔いによる吐き気に、大和は口を手で押さえた。


「は!?おいちょお待てぇ!ここで吐くな!!袋は!?袋持ってへんか!?」


葵は慌てて身の回りにビニール袋が無いか探し、近くの席に運良く落ちていたビニール袋を引ったくって、大和の口元に当てがった。


「おえぇえぇえ!!!ッッ!!!」


葵のファインプレーにより、ビニール袋が大和の嘔吐物をキャッチする。


…と思いきや、


「うわぁあ!!この袋破れてるやん!!待って!最悪や!お前のゲロ服にかかった…!」


ポタポタとビニール袋の底から溢れてきた嘔吐物に、葵は絶望した。



「…う、ッ…、飲み過ぎた…。」

「せやからもう飲むな言うたのに!!」


その後、半泣きの葵は大和の身体を支えながら、球場を出る。


「あしたは、勝ってもらわんとな…。」


しんどそうにぐったりしながらも、大和はもう明日の試合のことを考えていた。


「…ああそやな…。明日は飲み過ぎんといてな…。」


そう言いながら、葵が野球観戦後に大和の身体を支えながら帰るのは、いつものことだった。



雨天中止により


残念なことに、その日大和が観戦を予定していたプロ野球の試合は雨天中止だった。

朝からずっと天気は曇りで、ポツリポツリと雨が降ってきたのは大和と葵が球場へ到着した頃だ。

その後、ザーッと降り出してしまった雨は止みそうになく、中止が発表され、大和はがっくりと肩を落としながら葵と共に来た道を引き返し、家に帰………るのかと思いきや。


「お好み焼き食べに行かへん?」


ケロッとした顔をして、駅の近くにあるお好み焼き屋を指差しながら葵を誘う。


「おう、ええぞ。」


大和と葵は雨天中止なんて慣れっこだった。

気を取り直してお好み焼き屋へ足を運び、空席に腰掛ける。


お好み焼きを注文して、店員に生地を鉄板の上で焼いてもらっていると、ガラッと店の扉が開き、1組のカップルが店内に現れた。


「あっ!大和やん!!」


彼氏の方が大和に目を向けると、傘を畳みながら近付いてきて、大和の隣の席に腰掛ける。


「ほんまや、早瀬くん久しぶり〜。」


大和にそう声をかけながら、彼女は控えめな態度で会釈しながら葵の隣の席に腰掛ける。


「うわ、なにお前らまだ付き合ってたん?」

「1回別れたけどより戻した。」

「あっそう。」


興味無さげな大和の態度に、彼氏の方がドンと肘で大和の腕を突く。


「相変わらず素っ気無いなあ。彼女は?おらんの?」

「あーうざいうざい、そーゆう話題いらんねん。」


シッシ、と手を振りながら『向こうに行け』という態度を取る大和だが、彼氏の方が「あ、注文いいすか?」と大和を無視して店員に声をかけた。


大和の知人らしきカップルが現れ、戸惑い気味だった葵に気付いた大和が、葵に視線を向け口を開く。


「中学の同級生。」


一言そう告げると、葵は納得するように頷いた。

今度は店員に注文を済ませた彼氏の方が葵に視線を向け、口を開く。


「こいつばり無愛想ちゃう?」

「は?葵になに聞いてんねん。そんなことないやんな。」


突如自分に振られた話題に、葵は困惑しながら答えた。


「まあ愛想良いか悪いかって聞かれたら悪いんちゃう?」

「はい!俺の勝ちー。」


葵の返事に勝ち誇った顔をする彼氏の方をひと睨みして、大和はお好み焼きを箸でつついた。


「飯誘っても大和ぜんぜんこーへんしみんな文句言うてんぞ。」

「お前らと飯行っても女の話ばっかりやんけ!」

「じゃあお前らなんの話してんの?」

「やきゅう。」


それはもう、語尾にハートマークがつきそうなくらいにっこり笑って言った大和の言葉に、葵がクスリと笑った。


(そう言えば大和と野球以外の話ってあんまりしたことないな。)


大和と葵、お互いに彼女が居るかなんて知りもしないし、興味も無いし、まあ多分居ないだろう、とお互い勝手に決めつけている。


「あ〜…はいはい、野球な、野球。」

「早瀬くん野球好きで有名やったもんな〜。」


呆れた表情の彼氏と、中学時代を思い返すように話す彼女。


「テストでわからんとこ全部プロ野球選手の名前で埋めて先生に怒られてへんかった?しかも24点取って桧山の背番号や!とか言うてて先生に余計怒られてた!」


彼女の発言に「ぶはっ」と思わず吹き出した葵が、「まじで?」と大和に目を向ける。


「は?知らん知らん。そんなん覚えてへんわ。」


大和は中学時代の行いなどすっかり忘れてしまっているが、同級生たちは山ほど大和に関するネタを語れるほどはっきり覚えているのだった。


大和の同級生から聞かされる大和の中学時代のエピソードに、葵は始終笑いっぱなしの時を過ごした。


(雨天中止は残念やけど、大和の中学時代の話クソおもろかったしまあええか。)


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