二度と行かん、遠征計画会議、ビール伝道師 [ 65/87 ]


二度と行かん


飲みに誘っても来ない。飯に誘っても来ない。

付き合いの悪い大和は一体何だったら付き合ってくれるのか。大和の友人たちが悩んだ結果、プロ野球観戦に誘うことしか思い浮かばなかった。


「大和、今度俺らとも野球見に行ってくれや。」

「おうええぞ。」

(うわ、あっさりOKしよった。)

「主力選手くらいは覚えてこいよ。」

「わ、わかった…。」


こうして、大和との野球観戦が決まり、あまり興味は無いがプロ野球選手について少しばかり勉強してみる友人たち。

なんとか名前とポジションくらいは覚えて、さあ当日だ。

チケットは大和に任せていたため、入場ゲートで大和からチケットを受け取る。

あまりプロ野球には興味が無かった友人たちだが、球場に入るとその賑やかな雰囲気に少しわくわくしてきた。


「俺ビール買う。」

「あ!俺も!」


ビールを買う大和に便乗して、ビール片手に外野スタンドへ。足を踏み入れた瞬間、友人たちはビールと球場の景色をカシャ、と写真に収めた。


「おお!これめっちゃインスタ映えちゃう?」

「ええなぁ!」

(はあ?インスタ映え?こいつらなに女みたいなこと言うてんねん。)


大和は理解不能、というような表情でビールを一口。


「あーおいし。」


カシャカシャと写真撮影ばかりしている友人を引き連れ、チケットに書かれた座席に腰掛ける。


Tシャツ、タオル、キャップなど、大和が持参していた応援グッズを友人に持たせて、大和は友人をファンっぽく着飾ると、そんな自分達の姿も球場を背景に撮影しだした友人に、大和は「はぁ〜。」と呆れてため息を吐いた。


「お前らさっきから写真ばっか撮りやがって。練習見ろや!練習!」

「え〜、いいやん。試合はちゃんと見るって。」

「あっ!今の売り子のねーちゃんクソ可愛かったぞ!!」

「まじで!?どの子!?」

「チッ。」


写真撮影の次は、ビールサーバーを背負った売り子を目で追い始めた友人たちに、大和はイラっとしながら練習風景を眺めた。


(やっぱ葵と来る方が楽しいな。)


大和は、もしかすると友人もプロ野球にハマってくれるかもしれない。という淡い期待を抱いていたのだが、どうやらそれは望めそうにないと悟った。


「お、大和発見。」

「あおい〜っ!!」


丁度、恋しく思っていた野球観戦仲間が大和の横の通路を通り、大和は葵に飛びついた。


「うわっなんやねん!」

「失敗した。やっぱ葵と来れば良かった。」

「あー友達?いいやんたまには。」

「あいつら売り子ばっかり見とる。」


ぶつぶつと文句を言う大和に、葵は「ハハッ…」と乾いた笑いを漏らす。


「ほなまたな。」と去っていってしまった葵は、大和の席から少し離れた席に一人腰掛けた。どうやら今日は一人観戦らしい。


(…俺もあっち行きたい…。)


代わり代わりに現れるビールの売り子、ジュースの売り子、チューハイの売り子を観察している友人に、大和は自分の胸に誓った。


(もうこいつらとは二度と行かん。)



遠征計画会議


「北海道!」

「それは日本シリーズいった時やろ。」

「福岡!」

「いやそれも。」

「名古屋!ひつまぶし食べたい!」

「それは日帰りで行けるやん。」

「じゃあ広島!牡蠣食お!」

「ありよりのありやな。」


大和の部屋に缶ビールとおつまみを持ち込んで、葵となにやら話し合っていた。

2泊3日でプロ野球観戦遠征計画を考えていたのだ。


「初日は到着したらすぐ球場行ってナイター見るやろ?2日目に昼間観光してナイター、3日目は朝ちょっとだけ観光したらデーゲーム見てばいばいやな。」

「せやな。」


大和のその声に合わせて、カタカタとノートパソコンのキーボードを叩く葵。パソコン画面には【 広島おすすめ観光スポット 】という文字が表示されていた。


「あ〜、お好み焼きも食わなあかんな〜。」

「お前食いもんの事しか考えてへんやん。」

「じゃあ大和の希望はなんなん?」

「俺宮島さん行きたい。」

「お、ええやん。行こうや。」


カタカタカタ、と今度は宮島を検索し始めた葵。その横からパソコン画面を覗き込む大和は、「良かったやん、食い歩きできるぞ。」と葵を横目に見てニッと笑った。


「うまそうやな〜。ほな広島で決定やな。」


行き先が決まり、次にプロ野球の試合のチケット購入画面を開く。


「うわ!土曜のチケットはよ買わな売り切れてしまう!!」

「なんやと!?はよ買え!!!」


命令口調の大和だが、葵は言われた通りにカタカタとキーボードを叩いてチケットを購入し、「ふぅ。」と息を吐く……のはただ横で見ていただけの大和だ。


次に宿泊するホテルの予約画面を開いた葵は「どっか希望ある?」と大和に問いかける。


「どこでもええで。」

「ほな適当に安いとこしとくで。」

「おう。あ〜たのしみやな〜。」


すっかり葵に任せっきりの大和は、ウキウキした様子でゴロンと床に寝そべった。


「広島にはこの前3タテ食らわされたから絶対勝ちたいなぁ。」

「せやな〜。でも俺広島のスクワット応援ちょっとやってみたいねんけど!」


葵は大和に返事をしてから応援歌を口ずさみ、その場で立ったり座ったりし始めた。

ちなみにプロ野球観戦に行きすぎて敵チームの応援歌まで2人ともばっちり覚えてしまっている。


「それは分かる!あれ絶対楽しいよな!」


大和もそう言いながら、葵とはタイミングをずらして2人交互に立ったり座ったりしはじめる。


しかし突然我に返ったかのように「あかんあかん。」と首を振り、スクワットするのを止める大和。


「応援まで相手チームに乗せられたらあかん!敵襲じゃボケェ!!!!!」


大和はそう叫びながら部屋に落ちていたタオルを手に取り、ベシン!と床に叩きつけた。


「こら大和おおお!!!あんたちょっとさっきからうるさいで!!!」


…どこかの部屋から母親の怒鳴り声が聞こえてきて、大和はそっと口を閉じる。あまりに遠征が楽しみすぎて、興奮しすぎてしまったのだった。



ビール伝道師


遠方での野球観戦を予定していた大和だが、現地で約束していた観戦仲間が試合の一週間前に急用が入ってしまい、行けなくなってしまった。


「うわぁ…チケットもったいないなぁ…。航でも誘おかなぁ…。いや、でもなぁ…。」


観戦予定の球場は大和のいとこが住む県内でもあったため、いとこを観戦に誘おうかと考えるが、断られる可能性の方が高く、いとこを誘うのを渋っていた。


「そうや!あいつ誘ってみよ!」


そこで大和は、ハッとある人物のことを思い出した。いとこ繋がりで知り合った二つ歳下の友達…とは言い難いが、大和と仲良くなった男が居る。


「あ!もしもしりと?次の土曜俺そっち行くから一緒に野球観に行かへん?」

『野球?えーやだ、めんどくせえ。』


誘ったものの、あっさり断られてしまった。
ぐぬぬ…と大和はスマホを握りしめる。


「チケットタダやぞ?」

『家でテレビ観戦の方がよくね?』

「全然ちゃうねんな、これが!!!お前に野球観戦の良さを分からしてやるから来い!!!」

『えー、家で寝てる方が良い。』

「あかんあかんあかん!あかーん!!!もったいない!チケットがもったいない!飯とビール奢ってやるから来てーや!頼むから!」

『………ビール?』


通話相手の“りと”は、ビールという言葉を聞き、ぴくりと興味を示した。


「お前知らんやろ!球場で飲むビールは別格やぞ!?絶対来た方が良い『知らん。行く。』…おお!」


りとのビールの食いつきっぷりに、大和はわくわくと目を輝かせた。



そして野球観戦当日。待ち合わせ場所で先に待っていたりとの姿を見つけて、大和はぶんぶんと手を振った。


「おぉ、りとー!久しぶりやなぁ!今日は来てくれてありがとうなー!」

「…うわ、すげー恰好。お前まさかそれで新幹線乗って来たの?」

「ん?そやで?りとの分も持ってきたぞ。」


ハイ、と大和から手渡された観戦用ユニホームに、りとは口元を引き攣らせた。手渡されたままのポーズで固まるりとにお構い無しに、大和はウキウキで歩き出した。


「さー行くでー!ん?おい、はよ着ろや。」

「…球場での金全部大和持ちな。」

「おう、任せとけ。」


ぐっと親指を立てながらキリッとした表情を見せる大和に、りとは渋々観戦用ユニホームの袖に腕を通した。


「おお!りとめっちゃかっこええぞ!」

「…すげー見られまくってんだけど。」

「お前がイケメンやしちゃう?それ着とったらイケメン度も五割り増しやで!」


わはは、と笑いながら歩く大和に、りとは果たして見られているのはそんな理由なのだろうか?と疑うような目で大和を見ながら黙って隣を歩いた。


そして開場時刻に合わせて球場に入り、大和はさっそく入り口付近で売っていたビールを二つ購入した。


「ほれ。」と大和に手渡されたビールに、今度はりとが目を輝かせた。溢さないように両手でビールのカップを持ち、観客席に向かう大和の後を追う。


実はこのりとという男、未成年でありながら一度大和から貰った缶ビールを飲んだら見事に気に入ってしまい、ビールが飲みたくて飲みたくて仕方なかった。


観客席に到着すると、大和はチケットに書かれた座席に座り、双眼鏡を左手で持ちながら右手でビールをグビッと飲む。


大和がビールを一口飲んだのを確認したりとは、自分も一口グビッとビールを飲んでみた。


「うんッ…ま!」

「せやろ。どや、この球場の眺めも最高やろ。」

「うん最高だな。」


口ではそう言っておきながら、りとは球場の眺めなど割とどうでもよかった。グビグビ、とビールを飲み、「パァ」と口を開けた。


「最高だな。焼き鳥も食いたい。」

「買ってこいや。俺の分も頼む。」


今は忙しい、と言いたげに大和は双眼鏡を覗きながらビールを一旦足元に置き、ケツポケットから財布を取り出した。


財布の中から千円札を取り出し、ピラ、とりとに手渡す。


りとはグビグビとビールを飲みながら、目を輝かせて焼き鳥を買いに行った。


「大和、野球観戦最高だな。」

「せやろ、またいつでも行こうや。」

「うん、行く。(お前の奢りなら)」


野球観戦をりとに気に入ってもらえたと思っていてウキウキな大和と、ビールに焼き鳥、美味いものを奢りで食えて幸せなりと。


WIN-WINな(?)関係でその日野球観戦を楽しんだ二人は、『また行こう』と約束を交わした。


「あ、そうやりと、試合観戦中は興奮してビール溢すやつ多いから荷物はビニール袋に入れといた方がいいぞ。」

「俺手ぶらで来たから荷物ない。」

「…あっそう。」


りとにとってのビール伝道師である大和はちゃんと野球観戦においてのそんな注意点も教えてやるが、まさか手ぶらで観戦に来る奴が居るとは思わず、大和は少しずっこけそうになったのだった。


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