拓也ちゃんと浮気ごっこ [ 50/87 ]
「あいつモテすぎて嫌になる。」
るいがモテること。
それは、ずっと分かっていたことだ。
モテるるいが、俺を好きになってくれたことがそもそも奇跡に近いのだと思う。
一途に俺を想ってくれるるいだから、俺もずっとるいのことが大好きで、多少の困難を乗り越えながらも、俺たちはうまくやっていた。
しかし、るいに対して不満がないということはない。モテるるいは、良い加減自分の立場を分かったらどうなんだと、俺はいつも思っていた。
謙虚なところはるいの魅力の1つだと思う。けれど、謙虚すぎるのもどうなんだ。
「この前あいつ、朝帰りしやがったんだぞっ!!」
ダンッ!と俺は、テーブルを叩いて、先日あったことを愚痴っていた。
「連絡も無しに!ホテル行ってたんだとよ!!!」
オシャレなバーに連れてきてもらい、美味しいお酒をご馳走してもらっていると、だんだん口数が増えてくる。
そんな俺を、「まあまあ落ち着けって。」と宥めてくれるのは、近頃グングン知名度が上がってきたイケメン弁護士。黒瀬 拓也だ。
拓也ちゃんは俺を宥めながら、グラスに口を付ける。絵になる。かっこいい。
ジー、とお酒を飲む拓也ちゃんを眺めていると、チラ、と横目で俺を見てくる。
「拓也ちゃんかっけぇなぁ。抱いて。」
「いいぞ。ホテル行くか。」
「うん。」
勿論こんな会話は冗談だが、俺はもしかしたらるいに仕返しをしたいのかもしれない。
俺がお前以外の人とホテル行ったら、お前どう思う?って。
「よっしゃ、連絡無しの朝帰りコースな。」
「まさにあてつけだな。」
「まあたまにはそういうのがあっても良いんじゃねえの。」
「るい泣くんじゃね?」
「あいつが泣くか?」
「あいつ結構泣くよ。」
「へえ。」
意外そうに俺の話を聞きながら、拓也ちゃんはまた一口、グラスに口を付けた。
「で、重要な部分聞いてなかったけどあいつホテル行ってヤったわけ?」
「本人はヤってはいないっつってる。」
「証拠は?」
「起きた時パンツ穿いてたって。」
俺がそう言った瞬間、拓也ちゃんはブハッと吹き出した。
「ははははは!!!!パンツ穿いてたからヤってねえって!?なんだそれ笑うわ!!!」
「いや、本人真面目に言ってるから。」
「で?お前は信じんの?」
「うん。まあ今回は本人もよく分かってないみたいだけど、るいはマジでヤっちゃった自覚あるんだったら俺に土下座すると思うよ。」
「あー。確かに。矢田は真面目だからなぁ。」
そう言ってまた一口、お酒を飲んだ拓也ちゃんは、「さて。じゃあ行くか。」と立ち上がった。
「へ?」
行くってどこに?家?もう帰んの?
会ってまだ一時間も経ってねえけど。
ぼけっと拓也ちゃんの顔を見上げると、拓也ちゃんは俺の手首を引いて、俺を椅子から立ち上がらせた。
「話の続きはホテルで。」
耳元で拓也ちゃんに囁かれ、身体がゾクッと震えた。
*
まじでホテル着ちゃったんですけど。
それもラブホとかじゃなく、高級ホテルだ。
拓也ちゃん一体なに考えてんの?
「なあ、るいから着信あったんだけど。」
「今夜は連絡無しの朝帰りコースだろ?」
「ガチで?」
「俺が矢田に意味深ライン送っとく。」
「……え、やだこわい。」
「心配すんな、お前の悪いようにはしねえよ。」
え、やだイケメン。
わしゃわしゃと俺の頭を撫でてくる拓也ちゃんに、不覚にもときめいてしまった。
「先に風呂入ってていいぞ。」
「…うわ、なんか悪いことしてる気分なんですけど。取り返しのつかないことになったらどうしよう。」
「だぁーいじょーぶだって。」
拓也ちゃんはお気楽に笑いながら、ベッドに腰掛けてスマホを手に取った。るいにメールを送るのだろう。なんて送るのかが気になるところ。
まあいいや。って、ザァッと頭からシャワーのお湯を浴びていると、ガラッと浴室のドアが開かれた。
その直後、ニッと笑顔を浮かべた拓也ちゃんに、カシャ、と写真を撮られた気がする。……え。
それから拓也ちゃんは何も言わずに浴室のドアを閉めた。俺は呆然としながら固まった。
*
会議が長引いて帰りが遅くなってしまった。
会議中確認できなかったラインを確認すると、数時間前に航から連絡が入っている。
【 今晩飲み行く。 】
具体的に誰と何処で、というのを記されておらず、さらに素っ気ないラインになんだか心配になってきてしまった。
ラインを見てから、すぐに航に電話をかけたが繋がらず。
酒を飲んで失敗したあの日以来、航の態度はちょっと冷たい。反省してるし、もう二度と朝帰りなんてするものか、と思っているけれど、航の機嫌は暫く治ることはなかった。
いい加減機嫌なおして…。
俺を許して…。
次から気をつけるから…。
自宅に帰り、鍵を開けると、部屋が真っ暗ですげえ寂しい。…航、早く帰ってきて。
無音が嫌で、無意味にテレビをつける。
お風呂に入るのが億劫になり、ネクタイを緩めながら買い置きしていたワインボトルを手に取った。
ワインをグラスに注いで、すぐさま体内に流し込む。こんなの、飲まなきゃやってらんねえ。
もうすぐ日付が変わろうとしているが、航からの連絡は無し。…あ、分かった。この前連絡しなかった俺に怒って仕返ししてるんだ…。
ごめんって言ってんじゃん…。
おれが悪かったから、航早く帰ってきて。
どんどん酒を飲む勢いが止まらなくなっている時、俺のスマホにラインが届いた。
航か?…と期待して開いたラインは航からではなく、連絡を取るのは少し久しぶりの人からだ。
きっと忙しくしているであろうこの人が一体こんな時間に何の用なのか、と開けたラインには写真付きのメッセージ。
【 今晩航は返さねえから。 】
それを見た瞬間、血の気が引いた。震える手で、ラインの相手、会長にすぐさま電話をかける。
『もしもし矢田ぁ?久しぶりぃー。』
すぐに会長は、電話に出た。
*
予想通りだな。
ラインを送った直後、矢田から着信があった。
さらに予想すると、電話越しで怒鳴り散らしてくるんじゃねえか、と思って敢えて憎たらしい態度で電話に出てみるが、電話に出て数秒間、矢田は無言だった。
「おい、矢田??」
『ヒック…ヒッ…うぅっ…。』
………えっ!?
ちょっと待て、これは想定外すぎる。
電話越しに聞こえてきたのは、
嗚咽を漏らしている矢田の声だった。
「…え、矢田…?お前泣いてんのか…?」
『…かえしてくらさいよぉ…ッ』
「しかもお前酔ってんのか!?」
『ヒック…うぅ…わたるぅ…。』
あ、ダメだ。こいつ絶対酔ってるな。
まさかの電話の相手が酔っ払いで、ついついため息が出てしまった。せっかく矢田に説教しようと思ったのに。
「航な、怒ってたぞ?お前この前朝帰りしたらしいじゃん。連絡無しとか、航は朝まで寝れずに不安だったはずだぞ?」
『ヒック…ヒック…ふぅっ…』
「…おい、俺の話聞いてんのか?」
電話越しの矢田に語りかけるが、嗚咽する声しか聞こえない。なにか返事をしたらどうなんだ。
「おい、矢田?聞いてる??」
『…しっぱいしたと、おもってます。じょーしにつきあってのんでたら、つい、のみすぎちゃって…っ。はんせいクソほどしてるんです…。』
「…そ、そうか。」
『おれだってね、すきでしょうしゅうざいとひとばんすごしたわけじゃないんすよ。』
「うん?しょうしゅうざい?」
『においがすげぇ、キツイやつなんです。」
「…そ、そうなのか。」
『おれだってねぇ!あるいみひがいしゃなんれすよ!!!』
「そうか大変だったな。よく頑張った。」
…ん?なんか流れがおかしくなってるな?俺は矢田の話を聞くために電話をかけたわけではない。
…が、この様子からして矢田もかなり参っているようだ。
『だからはやくわたるかえせよぉ!てめえふざけんじゃねえよ!!』
「ぁあ!?おめえ誰に向かって口聞いてやがる!?先輩に向かってなんだその口の利き方は!」
『…………ヒック…。』
「……クソ、…この酔っ払いが…。」
まだ酔っ払い矢田と通話が繋がったままの状態でぼやいていると、タオルで頭をガシガシと拭きながらバスローブ姿の航が風呂から出てきた。
「……あ、通話中?」
「矢田すっげー酔ってる。」
「まじ?」
航は俺の持つスマホに手を伸ばし、スマホを耳に当てた。
「もしもしるい?」
『………わたるのいじわる…。』
「あ、拗ねてる。」
『…ヒック…。』
「泣いてんの?」
『…………。』
「おーい。…ん?…あれ?るい寝た?
……多分るい寝たっぽい。」
航はそう言いながら、スマホを俺に返してきた。
「まじで泣くんだな、あいつ。」
「うん。結構泣くときはシクシク泣くよ。」
「酒入ってるからじゃなくて?」
「うん。喧嘩してちょっと口きかなくなったりすると寂しそうにシクシク泣いてる。」
「へえ、そういう理由で泣くんだ。」
いつも澄ました顔してるイメージあるから、矢田の泣き顔はちょっと想像できねえな。
「で?どうする?帰るか?」
「んー。せっかくだから泊まってく。俺も朝帰りして、この前のことはおあいこにしてやるかな。」
「ヤっちまったらお前の方が分が悪くなるな?」
そう言いながら、バスローブ姿の航に近付き、ドサッとベッドに押し倒してみた。
こんな状況で、
一度は好きになった奴を前に、
襲わない男はいないだろ。
ジッと近距離で航を見つめると、カチンコチンに固まる航。
「…拓也ちゃん…まじで?」
真面目な顔をして聞く航に、俺はふっと口角を上げる。
もちろんこんなのは冗談だ。
俺は、矢田と航の関係を、壊すようなことはしない。
「うっそーん。」
ペロリと舌を出しながら、航の身体から手を離すと、「やっべえ、まじドキッとしたわ…。」と口を押さえている航。
「まあ航が望むなら抱いてやってもいいけど。」
「遠慮しときますね。」
「…チッ。」
わざとらしく舌打ちすると、航はニッ、と航らしい笑みを浮かべた。
そういや前もこういうやり取りしたなあ。って、大人になったけど、こいつは全然変わんねえなあ。って、高校生だったあの頃が懐かしくなった。
「じゃあ俺も風呂入ってくるかな。先に寝てていいぞ。」
「いや待ってるよ。今夜はボーイズトークしながら寝ようじゃないか。」
「なんだそれ。」
「拓也ちゃんえっちしたの何日前?」
「え、俺のそんな話聞きたいわけ?」
「イケメン弁護士とモデルのMがホテルで密会!?って記事みたんだけど。それ拓也ちゃんじゃね!?」
「………さ、風呂入ってくるか。」
「実際のところどうなんですか!あれはデマですか!?ほんとうですか!?」
「デマです。」
きっぱり航に告げてから、俺は浴室へと赴いた。
あることないこと書かれてこっちは困っているのだ。ちょっと仕事が入ってたまたま会った人物がそのモデルの人だったってだけで。
俺もある意味被害者だ。そういやさっき矢田もそんなこと言ってたっけ。その発言した矢田の気持ちが、今ちょっとだけ分かった気がした。
その夜、風呂から上がった俺は、寝ずに待っていた航からの質問責めにあってしまい。
「航、俺明日も仕事あるんだけど。そろそろ寝ていいか?」
「………ぐぅ。」
って、いつの間にか寝てやがる。
拓也ちゃんと浮気ごっこ おわり
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