狙った獲物は逃さない [ 49/87 ]


狙った獲物は逃さない。

るいの勤め先の会社に、いつも目を光らせて男を物色しているような、そんな女がいた。

まるで仮面のような厚化粧に、甘ったるい香水の匂い。細い足を、ヒールのある靴でより一層細く、そして長く見せている。

彼女の狙いは決まっていた。

若手社員でありながら成績優秀、なによりルックスが上の上。噂では恋人がいるだの聞くが、彼女にはそんなことどうでもよかった。

会社の飲み会は好きではないが、彼女は積極的に参加した。その目的は勿論るいだ。部署は違うものの、他部署の人とも仲良くなるきっかけに〜だのなんだのほざいて参加する。

しかしお目当のるいはなかなか飲み会に現れない。彼女の努力はなかなか報われず、空回りするばかり。

そんな彼女にもチャンスがやってきたのは、ある日の週末。

るいが所属する部署の上司が飲み会に参加するということで、部下が参加しないわけにはいかない。浮かない表情を隠すように無理に笑いながら、るいは飲み会に参加した。

成績が良いだけに、上司に好かれているるいを隣の席に置く。

「飲め飲め!」と上司に酒をつがれるるいは、断れる雰囲気ではなく、酒をどんどん体内に流し入れている。

るいより先に上司が酒に酔って来た頃、チャンスだと思った女は、水が入ったコップを持って、るいの元へと歩み寄った。


「矢田さぁん大丈夫ですかぁ?随分飲まされてましたねぇ、あ!お水どうぞ〜!」

「あぁ…どうも。」


ありがたくコップを受け取ったるいは、ゴクゴクと水を一気飲みした。この時彼女は、ほくそ笑んだ。

水の中には少量ではあるが、媚薬を仕込んでおいたのだ。


彼女はるいの側に近付き、そっとボディータッチなんてしながら、胸の谷間をチラつかせて、一気にるいをその気にさせようと畳み掛ける。


アルコールが回ってきたのか、うつらうつらしているるいの顔を覗き込み、彼女は上目遣いで語りかけた。


「…あたしタクシー呼びますね。矢田さん一緒に帰りましょっ。」


この時、正常な判断ができなくなっていたるいは、『帰る』という言葉だけでコクリと頷き、立ち上がる。

身体は重く、それからとても身体が熱い。


タクシーに乗り込んでから、るいは「はぁ…」と熱い息を吐きながら目を閉じた。


航に連絡…しな、きゃ…

もうすぐ、家に、帰るよ、って…





「矢田さん、着きましたよー起きて。」


るいは彼女の呼びかけにゆっくり目を開けた。


頭がぼんやりしていて、今何時なのか、ここはどこなのかが分からない。

自分の腕には、誰かが抱きついている。

…が、るいにはそんなことはどうでも良く、今はただ、重たい身体を動かして、『帰る』ということしか頭になかった。


一方、すでに彼女気取りの女は、るいの身体にベタベタとくっつきながらラブホの一室を借り、部屋へと向かった。


「矢田さん大丈夫ですかぁ?もうすぐ着きますからねぇ。」


フラフラ千鳥足のるいを、彼女は華奢な身体で一生懸命支えながら歩く。

けれど彼女は、もうすぐこの人を自分のものにできる、という幸福感でいっぱいだった。


……数分後には、

悪夢が待っていることも知らずに………




ラブホの室内に入った瞬間、るいは豹変したかのように息を荒くしながら彼女を引き寄せ、身体に腕を回し、彼女の首筋に鼻を寄せて抱き付いた。


ドキンッ!と彼女は過去最強にドキドキして、るいの身体に腕を回そうとする。

が、その瞬間るいは「うっ…」と鼻を押さえた。


「消臭剤かよ…キッツ…」

「えっ!?」



なに、どういうこと!?…消臭剤!?

彼女はるいの呟きに、一瞬で頭がパニックになった。


グイッと強引に身体を突き放され、フラフラと足をよろめかせながら、部屋の奥に進むるい。


「あぁ…やっべえ〜…ムラムラする…」


次にそんな呟きが聞こえ、彼女はチャンスだとばかりに再びるいに近付く。上の服を脱いで、派手なブラジャー姿でるいに抱き付いた。


が、


「消臭剤あっち行けよ!」



るいは完全に酔っ払っていた。

まるで人を人だと思っていない態度で、るいは彼女を突き放す。


なんで…!?どうして…!?

普通ならここで襲うわよね!?



彼女は驚きとパニックで目を潤ませた。


そんな彼女など、視界にすら入っていないるいは、身体にまとわりつくシャツをうざったそうに脱ぎ捨てる。


それから、ズボンも脱ぎ捨てようとする前に、力尽きてベッドにドサッと倒れこんだ。


「わたるぅ…おいで…」


目を閉じて、寝言を言っている。

わたる…?誰…?彼女の名前を言ってるの…?

ドロドロと嫉妬のような感情が、胸の中を支配する。


悔しくて悔しくてたまらなくなり、ここで引き返すものか!と同じベッドの上に上がり、そっとるいの身体に抱きついた。


綺麗な顔に、程良く筋肉がついた、綺麗な身体…。まさに、理想。抱かれたい…。

ここぞとばかりに、るいの寝顔や身体を観察する。

が、それもほんの一瞬で。

不快感をあらわにするように、突然顰められた眉。

そこそこのサイズである自慢の胸を押し付けていたのに、それを振り払うように寝返りを打たれ、さすがに彼女は心が折れた。

こんなことは、初めてだ。

せめて一夜の過ちを犯した風に見せたかった彼女は、意地でも同じベッドで眠る。


が、悪夢は朝まで続いていた。


「うわっ!!!」


るいの驚きの声で目覚めた朝。

ドサッとベッドから落ちて、床に顔面を突っ伏す。

どうやらベッドから落とされたらしい。

この男、最悪だな…。と泣きたくなった。


むくりと起き上がると、警戒心たっぷりな目で自分を見る、上半身裸の超絶美形。


この時、彼女の悪知恵が働いた。


乳を寄せ、上目遣いでるいを見る。

ちょっと拗ねたように唇を尖らせ、


「ひど〜い、昨夜はあんなに愛してくれたのに!」


るいの目がギョッと見開いた。


「いや、ない。絶対ない。」


断言されて、ムカっとする。

なにを根拠に?

あなた酔ってて意識ほとんどなかったのよ?


そう思いながら、不満気な顔を出さないように次の言葉を考えていると、るいは自身の股間の上からそっと手を当て、なにか確かめるように自分の股間を触り始めた。


なにをしてるの?と問いかけようか悩んでいると、るいはやっぱり断言するように口を開く。


「うん。絶対やってねえ。セックスしたあとの解放感と疲労がねえ。うん。絶対大丈夫。」


自分に言い聞かすように、「うん。」と頷き、るいはシャツを着始める。


せっせと帰る支度をしたるいは、財布からお札を数枚抜き、ベッドの上に置く。


「ご迷惑をおかけしました。以後、泥酔しないよう気をつけます。介抱してくださったようでありがとうございました。それでは。」


90度に頭を下げ、それだけ言ってサッと部屋から出たるい。


一人になったラブホの部屋で、彼女はここでようやく悔しくて涙が溢れた。


「なによあの男!最低!あんな男こっちから願い下げよッ!!!なにが消臭剤よ、バカッ!信じらんない!」


実はなにより傷付いたのは、消臭剤と言われたことだった。


その後るいは、慌てて自宅へ帰宅する。


(やばい、やばいやばい、うっ、クッセー、服がクセェ、やばいっ)


るいはるいで、半泣きだった。


狙った獲物は逃さない おわり

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