2 [ 43/172 ]
約束の時間に待ち合わせ場所で、兄ちゃんはカッコつけて壁に凭れて腕を組んで、ちょっと足もクロスして待っていた。
「カッコつけてんなぁ。ナンパされた?」
「10人くらいにな。」
「はいはい嘘おつ。」
「さ、行くぞ弟よ。」
そう言って歩き始めた兄ちゃんの隣を歩く。
並んで歩いたのはかなり久しぶりだ。
隣に並んだ兄の背は、俺よりちょっと高かった。むかつく。
「兄ちゃんなに買う?」
「なにが良いと思う?」
「わからん。花とか?」
「母ちゃん花はすぐ枯らすしダメダメ。」
「じゃあサボテン。」
「お前真面目に考えろよぉ!」
「考えてるっつーの!」
と、さっそく喧嘩してしまいそうになったところで、兄ちゃんは「あ!」となにか思い出したように俺の肩を叩きながら、通りかかった家電量販店を指差した。
「そう言えば母ちゃんこの前あいぱっど欲しがってた!」
「は?あいぱっど?」
にこやかにそう語りながら店内へ入っていった兄ちゃんの後を追う。商品見るのは良いけどあいぱっどっていくらするんだよ。
高すぎるのはいくら割り勘っつっても買えねーぞ。
しかしさっさと売り場に来てしまった兄ちゃんが満面の笑みを浮かべて「うん!決めた!あいぱっどにしよう!」と店頭に並んでいるあいぱっどを指差した。
値段を見ると、俺は予算外すぎてぶっ倒れそうになり、「無理!高い!却下!」と首を全力で振る。
「は〜?なんのための割り勘だよ!」
「俺の予算は高くて1万円以内なんだよ!バイト始めたばっかで給料日もまだだから俺そんな高価なもんは買えねえの!!」
全力で無理なことを伝えると、兄ちゃんは「う〜ん。」と腕を組んで考えている。
そして、「じゃあギガ数低いこっちにしよう!」とまたもや兄ちゃんはあいぱっどを指差した。
確かにはじめのやつよりはちょっと安いけど無理無理!高い!あいぱっどはやめ!
と俺はさっさと売り場から離れようとするが、しつこい兄ちゃんは「待て待て!じゃあこっち!」とその隣に置かれている一回りサイズが小さめのあいぱっどを指差した。
「無理だっつってんだろ!兄ちゃんしつこい!」
「だって母ちゃんあいぱっど欲しがってたんだぞ!!じゃあ航他に母ちゃんが欲しいもん分かんのかよ!」
…うっ…それを言われたらなにも言い返せない。俺は無言になり、ちょっと拗ねながらあいぱっどとにらめっこした。
そりゃ俺だってあげたいけどさ…。
プレゼントは無理して買うもんではないだろ…。
母ちゃんは昔俺が紙で作った肩叩き券だけですげえ喜んでくれたんだぞ…。
そんなことを黙り込んで思い返していたら、兄ちゃんは「はぁ…。」とため息を吐いた。
「よし分かった、じゃあ兄ちゃんが3分の2払う!」
「でもっ!」
そんなんであいぱっど買えたって良い気しねーし…。って、うじうじしながらあいぱっどに目を向ける。
兄ちゃんはもうどうしてもあいぱっどをあげたいって言ってて、ここで俺が拒否ってたら今度は兄ちゃんがあげたいと思う物が母ちゃんにあげられなくなるわけだ。
「…じゃあ兄ちゃん、金貸して。今度バイト代入ったら返すから…。」
悩んだ末、俺は兄ちゃんにそう頼む。
3分の2を払ってもらう、ってのは嫌なのだ。
すると兄ちゃんは「航がそれでいいなら貸すけど」って頷いてくれたから、とりあえず兄ちゃんがあいぱっど代を全額払っといてくれた。
それでなんとかプレゼントは買えたわけだが、どうも気持ちがモヤモヤする。自分でプレゼントを買った気になれないから、俺は手持ちのお金で小さな花束を購入した。
母ちゃんの欲しいものは分かんねえから、俺に買えるものはこれくらいなのだ。
花束を買い終えた俺に、「航もうお店行かなくていい?」って、ずっと浮かない顔をしていたのが兄ちゃんにバレてたからそう聞かれてしまい、でもとりあえず花買えたし。って、「うん。」と頷くと、「じゃあ帰るか。」って兄ちゃんと家に帰った。
「ただいまー。」
「おかえり〜!」
兄ちゃんが家の鍵を開けると、母ちゃんがすぐに玄関に現れた。
「あ、航!おかえり!」と、母ちゃんが俺に視線を向けた瞬間、なんだか途端に照れ臭くなってしまい、持っていた花を背中に隠した。
やっぱり花は失敗したかもしれない。
兄ちゃんも母ちゃんすぐ花枯らすって言ってたし…。
でも、買っちゃったもんは仕方ねえ、って、さっさと渡してしまおうと俺はちょっと戯けた風に、「母ちゃんにお花買ったから枯らすなよ」って言いながら小さな花束を渡すと、母ちゃんはキョトンとしながら俺から花束を受け取った。
そして、靴を脱いで家の中に上がろうとしていると、母ちゃんは「や〜ん!航が母ちゃんに花束を!?」と言って喜んでくれた。
そんな、花で喜ぶ母ちゃんを見た兄ちゃんが、「おいおいメインはこっちだからな!」とプレゼント用に包まれたあいぱっどが入っている紙袋を掲げる。
「え〜なになに?海渡も母ちゃんになんかくれるん?」
「航と俺からプレゼント。」
俺はまだ兄ちゃんにお金払えてねえけど。ちょっと複雑な気持ちで母ちゃんにあいぱっどを渡している様子を眺める。
「……はッ!こ、これは…!」
「そう!これは!!!」
「あ、あああああいぱっど…!!!」
母ちゃんはリボンがついているあいぱっどの箱を見た瞬間、目を大きく見開いた。
すっげーびっくりしてる。母ちゃん嬉しそう。
母ちゃんの笑顔に、俺もつられてちょっと笑う。
「母ちゃんいつもありがとね。」
兄ちゃんはサラリとそんな言葉を母ちゃんに言えちゃうけど、俺はやっぱり照れくさくなってダメで言えない。
「うわー!二人からプレゼント嬉しいなぁ。」って、母ちゃんはにこにこ笑っている。
俺があげた小さな花束も、すぐに花を枯らしてしまう母ちゃんが、せっせと花瓶を用意した。
母ちゃんへの感謝の気持ちが伝わっていればいいけど、何も口に出さずにプレゼントをあげただけで伝わってるだなんて思ってはいけない。
“口に出して伝える”という事も大切で、俺はちょっと照れながら母ちゃんに感謝の気持ちを伝えた。
「母ちゃん、いつもありがとう…。」
すると母ちゃんは、「うん!」と頷いて、満面の笑みを浮かべた。
言葉だけでもこんなに嬉しそうに笑ってくれるから、気持ちを伝えることはとても大切だと思った。
「じゃあ息子たちよ!母ちゃんあいぱっどいじりで忙しいから、今日の夕飯は二人に任せた!」
「「………え?」」
俺と兄ちゃんはその日、楽しそうにあいぱっどをいじっている母ちゃんを見て、冷や汗を流した。
俺も兄ちゃんも料理は苦手だから。
[*prev] [next#]