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「あ、…電話切れちゃった…。」

「うわ、ごめん。」


クソ、航のやつ、茉莉花ちゃんとの電話切りやがって。シュンと悲しそうにする顔も可愛い。


「…茉莉花ちゃんはさ、矢田くんの彼女の連絡先知ってどうすんの?」


俺は今できる男。美女の相談に乗る紳士な男ぶって真面目な顔をして問いかけると、茉莉花ちゃんは少し唇をむっとさせて口を開いた。


「あなたよりあたしの方がるいくんに相応しいって分からせたい。」

「ふぅん、そうか。」


参ったな〜、どうやったらこの子の関心が矢田くんから俺に向くのかねぇ。手強いな〜、矢田くん。クッソ〜、矢田くんのような美貌が欲しいぜ。

しかし俺はくじけない。矢田くんから与えられたチャンスを無駄にはしたくない。


「でも茉莉花ちゃん……残念だったな…。矢田くんさ、重度のB専なんだよなぁ…。茉莉花ちゃんじゃ可愛すぎて無理かも……。」


我ながら茉莉花ちゃんを傷付けず、上手いこと言った気がする。よし。今日から矢田くんはB専ということで航と矢田くんに話を合わせてもらおうか。


「そんなの、…どうしたらいいの…、どうやったら奪えるの…?じゃああたしがブスに整形したら、るいくんはあたしを好きになってくれる?」

「…いや、そんな綺麗な顔、冗談でも整形するなんて言うなよ。あんなどうしようもない趣味悪い男忘れろよ…。」


やべ、自分で言ってて笑えてきた。どうしようもない趣味悪い男とか言ってごめんな矢田くん。


俺の哀愁を感じさせる物言いに、茉莉花ちゃんは目線を下に下げ、黙り込んだ。


「茉莉花ちゃんの可愛さがわかんねえあんな男より、案外俺みたいなやつの方がいいかもよ?」


へらっ、と笑って俺はかっこつけて髪なんかいじってみたりしながら話すと、茉莉花ちゃんはチラリと一瞬俺を見たあと、「はぁ…。」とため息を吐いた。


「無理だよ…。だってるいくん、今まで付き合ってきたどの男よりもかっこいいんだもん…。」


でーすーよーねー。クソ。
まじで欲しすぎるぜ、あの容姿。


「あ、そうだ連絡先交換しない?またなんか矢田くんの彼女のこと分かったら茉莉花ちゃんに教えるよ。」


けれど俺はめげない。
打たれ強さが俺の長所だ。


ここで連絡先を教えてもらえないなんて状況にはよく遭遇した。だから断られても全然平気だった。

でも。


「うん、いいよぉ。お願いね。」


茉莉花ちゃんは、あっさり俺に連絡先を教えてくれた!可愛くお願いされちゃあしょうがない。

俺はへらへらにやにやしてしまいそうになるのを堪えて、クールな矢田くんをイメージしながら、茉莉花ちゃんとラインを交換し合った。


よっしゃぁぁあああ!!!
美女のラインゲットだぜ。


「じゃあまたなにか分かったら教えて?」と茉莉花ちゃんは可愛く手を振りながら帰っていった。


【 茉莉花ちゃんのラインゲット 】


すぐに矢田くんに報告した。


その後、俺は矢田くんの家に呼び出され、自宅へ帰る足を方向転換して矢田くんの家に向かった。

ちなみにラインゲットの報告は見事にスルーされたが別に良い。だって矢田くんとのラインなんかいつもこんな感じだ。


矢田くんちのインターホンを鳴らすと、出てきたのは航だった。俺は航の姿を見た瞬間飛び蹴りをかまそうとするも素早く避けられ、惨めにドタっと床へ落っこちた。


後から矢田くんがひょっこり玄関に現れ、「お〜来たな。モリゾーどうだった?」とにこやかに聞いてきた。

俺は矢田くんに握手を求めるように片手を差し出して「矢田くん…サンキューな。」と口にすると、矢田くんは俺の手を取ってにこやかに笑った。


クッッ、やはり欲しいぜ、この美貌。


「ところで航、お前は最低なことを茉莉花ちゃんにしたらしいな。」


部屋の中へ入れてもらい、空いてる椅子に腰掛けさせてもらいながら、俺は航に話しかけた。

すると航は、むすっとした顔で俺を睨みつけてくる。


「あのな、違うって。お前は美人の味方するだろうけど、あの子相当な悪女だからな?」


不満そうな表情を浮かべながら、航は俺に一から茉莉花ちゃんとの間にあったことを話した。


「…ふぅん?略奪女ねえ。あの可憐な花のように美しい茉莉花ちゃんが?そんなドス黒いことを?」

「いやもうすでに俺からるいを奪おうとしてんじゃねえか!」

「あ、そうだったな。…はぁ。こんなB専やめときゃいいのにな。」


チラリ、矢田くんを見ながら口にした言葉に、矢田くんが「ん?」と反応した。


「あ、矢田くん設定上B専ってことになったから。」

「はい?」

「架空の矢田くんの彼女像を作ってやってんだよ。」

「あぁ、なるほどな。やるじゃん、モリゾー。」


よっしゃ。矢田くんに褒められた。ついついドヤ顔しそうになったぜ。


「な〜んか不安だなぁ。モリゾー変なことすんなよ?特に俺に関わるようなこと。」


そう言って心配そうに俺に視線を向けてくる航に、「元はと言えば航が悪いんだからな。」と矢田くんは厳しい一言を口にした。


「それはもう謝ってんだろ!俺も反省してるってば!でも略奪女とか許せねーもん!どういう思考してんのか知りたくなるだろーが!!」

「で、どういう思考だったんだ?」


俺の問いかけに、答えたのは矢田くんだ。
それも、茉莉花ちゃんの口真似をするように。


「“お互い好きになったら友達の彼氏とか関係ないし、しょうがないでしょ?恋にはそういうのも付き物でしょ?”」

「…うわ、俺キモい矢田くん初めてみた。」


いくら矢田くんとは言え口真似のキモさについ正直なことを言ってしまうと、矢田くんが手に持っていたテーブルを拭く布巾でビシッと顔を叩かれた。地味な痛さが俺を襲う。


「お前そんなこと言うならもう茉莉花が俺のとこ来ても呼んでやらねーぞ。」

「いやです。呼んでください。ごめんなさい。」

「おいるい!お前なに茉莉花って呼び捨てしてんだよ!!」

「えぇ、だって茉莉花ちゃんって呼ぶのなげーんだもん。」

「ほんとにそんな理由だろうな!?」

「え、ほかにどんな理由が…、」

「うわぁあんもうやだぁぁ!るいが茉莉花に奪われるぅっ。」


航も茉莉花って呼んでんじゃねーか。

泣き真似しながらそう言う航を、矢田くんは楽しそうに眺めており、「可愛いなぁ航くん。」と言ってよしよし航の頭を撫でた。


「あのさ、参考までに聞いていいか?矢田くんってどういう風に航が可愛く見えてんの?」

「はい?」


茉莉花ちゃんに矢田くんはB専だと言ったのは真実じゃねえけど、航を可愛いという矢田くんのことを俺は理解しかねる。

かっこいいなら頷けるけどどういうふうに可愛く見えるのかが甚だ疑問に思いつい問いかけてみると、矢田くんは質問の意味がわからない、というように首を傾げた。


「愛くるしい。一生愛でていたい。」

「………もういいや。」


俺は質問するのをやめた。

茉莉花ちゃんには矢田くんはちょっとズレた感性を持っていると言っておこう。


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