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さあ、ここからが略奪女の腕の見せ所だぞ?と俺はより一層隣の席の会話が聞こえるように耳を澄ませた。
沙希が席を立った後、茉莉花ちゃんは沙希の姿が見えなくなったのを確認して口を開く。
「るいくんは沙希のどこが好き?」
「さあ。」
さあっておい。なんか考えろ…、いや、まあいい。るいはそこに座っててくれるだけで良いんだった。
「さあって。なにか教えてよ。」
クスクス穏やかに笑いながら問いかける茉莉花ちゃんにるいは無言で首を傾げた。すると茉莉花ちゃんは、少し声のボリュームを落としてコソコソ話をするように聞く。
「…もしかして二人って、あんまりうまくいってない…?」
眉を顰めて心配するようにるいを見る。
おお…さっそく仕掛けてきてるかな。
俺は無言でなっちくんと目を合わせる。
さあ、ここでるいはなんて返す?
「…そうだったらどうする?」
おおっと!なんとるいまでもが仕掛けたぞ!?
なにクールにふっと笑いかけてんだこのやろ、…おっといけない。違う違う。いいぞいいぞもっとやれ。
「え〜、そんなの普通にるいくんのこと気になっちゃう。」
おい略奪女め可愛いじゃねえかクソ野郎!
俺は上目遣いでるいを見て話す略奪女に腹が立ってダン!と軽くテーブルを叩いた。
「おい!バカ航!静かにしろ!」となっちくんに頭を叩かれる。チラリとるいが一瞬こっちを見て、でもすぐにまた前を向いた。その後、一体何を考えているのか、クスリと笑って茉莉花ちゃんの方へ手を伸ばするい。
あろうことかその伸ばされた手は、くるりと可愛く巻かれた茉莉花ちゃんの髪に触れる。
ポー、とうっとりするように頬を赤らめてるいを見つめる茉莉花ちゃんに、るいは誑かすような一言を口にした。
「俺も気になってきちゃったなぁ。」
は?何言ってんだあいつ。
…おっと違う違う。いいぞもっとやれ。
完全にこの場に、彼女の存在を忘れて互いに惹かれ合う男女の空間が出来上がった。
「やだ…どうしよう…、沙希が帰ってきちゃう…。」
心配するな、沙希には暫く戻るなと言ってある。
髪に触れられ、赤い顔でそわそわしだした茉莉花ちゃんは、鞄から取り出したスマホを持って、るいに問いかけた。
「…良かったら、今度二人で会わない?」
これはガチだな。こえー、彼女が居ない隙にここまで進展させちゃうんだ?さあ、ここでるいはどう出る?と俺はこの展開にドキドキハラハラしてゴクリと唾を飲み込んだ。
「沙希ちゃんに内緒で会うの?」
「…うん、…ダ、メ、かな…?」
「うーん、どうしよっかなぁ。」
チラリ。頬杖をついて何食わぬ顔をして俺らの席の方を見てきた。サッと目を逸らすと、るいは数秒間こっちを見てきたあと、徐に茉莉花ちゃんに問いかける。
「沙希ちゃんとまりかちゃんって幼馴染みなんだよな?もう結構長い付き合いなんじゃねえの?」
「…んー、10年ちょっとくらいかなぁ…。」
「ふぅん。…じゃあ、そんな幼馴染みの彼氏と内緒で会ってるのバレたらさぁ、二人の関係にヒビ入らねえ?」
「あたしたちの関係を心配してくれてるの?大丈夫だよぉ、だってさぁ、お互い好きになっちゃったら友達の彼氏とか関係ないし、しょうがないことでしょ?恋にはそういうことも付き物だよ。」
茉莉花ちゃんは当たり前のことのようにそう言って、にっこりと笑った。…こわ。俺はこの子の考え方にちょっと鳥肌が立ちそうになった。
『しょうがない』…か。この子は多分、『好きという気持ちがあたしをそうさせたの』とでも言って、友達にはさも自分は悪くないって顔をするんだろうな。
世の中には自分と考え方が違いすぎる人がたくさんいるけど、そういう人とは一生理解し合えないだろうな。
「…まあ、そうだな。好きになったらしょうがねえわな。」
うわ、るいのやつ茉莉花ちゃんの言葉に肯定してやがる。そんなるいの返答を聞き、茉莉花ちゃんは「ふふっ」と可愛らしく微笑んで「そうでしょ?」と満足そうに頷いた。
しかし次の瞬間には、茉莉花ちゃんの可愛らしい微笑みを一瞬で消し去るほどの威力のある一言をるいは放つ。
「でも俺はそんな友達より私欲を優先するようなやつ嫌いだけどな。」
……散々思わせぶりな態度取っておいて、一気に突き落としやがった。そして澄ました顔してアイスコーヒーを啜る。その表情は、先程の誑かしていた時の表情から一変し、 とてつもなく冷ややかだ。我が恋人ながらに恐ろしい…。
そんなるいを前にした茉莉花ちゃんは、顔からサッと笑顔が消え、「え…」と動揺するように固まった。
「奪えるものは奪えばいいけどその分失うものは必ずある。どっちを優先するかの問題だよな。そりゃ個人の自由だ。勝手にすればいい。」
固まっている茉莉花ちゃんに、るいは御構い無しに続けて持論を述べる。
「でもお前の考えは否定しねえけど俺には受け付けらんねえな。」
素っ気なくそう言い放ったるいに茉莉花ちゃんはとうとう表情を崩し、唇を噛み締めた。瞳が潤み始め、ゆらゆら揺れる。
「…なによ、さっきまで良い雰囲気出してたくせにっ…あたしのこと弄んでたの…?」
「残念だったな。お前に友達の彼氏が奪われるって沙希ちゃんが心配してたからどういう実態か探ってやろうと思ったんだよ。」
「ひどいっ…!二人であたしのことそういう目で見てバカにしてたの!?」
わあ、るいのやつあっけらかんとしながらぶっちゃけやがった。ここでポタリと溢れる茉莉花ちゃんの涙。泣かれるのに弱いはずなのに、るいは冷ややかな表情で平然としている。
「バカにしてんのはどっちだよ。お前は今までそうやって人から平気な顔して彼氏奪って優越感味わってバカにしてたんじゃねえのかよ。」
「……ぅぐ、…っ、」
…ぐうの音も出ないというのはこのことか…。
茉莉花ちゃんは唇を噛み締めて黙り込んだ。
「ちなみに沙希ちゃんは関係なく全部俺の独断でやってることだから。あの子を責めるのは違うからな。恨むなら俺を恨めよ。」
やばい、沙希へのフォローしっかりしちゃうるいきゅんかっこいい、付き合って。…ってあ、もう俺の彼氏だった!
その後、泣いてる茉莉花ちゃんをどこかから見ていたのか、オロオロしながら沙希が席に戻ってきた。
「…えっと…、これは、どういう状況…?」
「あ、沙希ちゃんごめんなー友達泣かしちゃったし慰めてあげて。もう用は済んだから俺帰るわ。」
そう言ってるいは立ち上がり、一瞬チラリと俺を見て、クイッと無表情で顎を動かし出入り口へ行くように促される。
「あ、沙希ちゃん彼女のフリしてくれてサンキュー。」
「えっ、ちょ!?」
「…へ?」
は!?それお前が言っちゃうんかよ!!
立ち去る間際に、問題発言を残しやがったるいに、盛大に焦る沙希とキョトンと間抜け面を浮かべる茉莉花ちゃん。
俺は、そんな状況を座席に着いたままギョッとした目で見ていたところにるいは歩み寄ってきた。いや来んな。
そして、ガシッと首根っこを掴まれ、ズルズルるいに引っ張られながらカフェを出ることに。お前そんなことしたら俺が関係者だってバレんじゃねーかよ。
大人しくカフェを出たあと、ジトーとした目でるいが無言で俺を見つめる。
「ああいうのは二度とやらせんな。」
「あ…はい。ごめんなさい。」
そりゃ怒るよな…。
いくら俺に優しいるいでも…。
「…でもるいのおかげで未知なる考えを知れたよ。ありがとう…。」
この経験を俺は無駄にはしない。
俺からるいを奪いたいやつが現れたら奪ってみやがれ。返り討ちにしてやるわ!
そんな威勢の良いことを内心考えながらるいにお礼を言えば、るいはちょっとだけ表情を崩してクスリと笑ってくれた。
「それにしてもまりかちゃん可愛かったなぁ。うっかり惚れるとこだったわ。ありゃ略奪されてもしょうがねえなぁ。」
「嘘だろ!?」
「さあな。」
「やだ!嘘だと言って!俺が悪かったから!!」
やっぱり大好きな人を奪われたら悲しい。今回俺の我儘に付き合ってもらったけど、これでもしるいが茉莉花ちゃんに惚れていたら洒落にならん。
俺はるいのシャツを引っ張ってゆさゆさと揺さぶりながら必死で謝ると、るいはクスクスと笑いながら「嘘だよ。」と言ってくれた。
ホッと安心するように息を吐く俺に、俺たちの後から付いてきていたなっちくんも、呆れたように笑っていた。
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