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こうして、沙希に茉莉花ちゃんと会う約束をしてもらい、約束のその日俺は浮かない顔をしているるいを家から引き摺り出した。
髪のセットなんて一切しておらず、わざとなのではないかと思うくらいボサボサで、服装もいつもより適当の無地Tシャツとジーパンだ。
後頭部にある寝癖が気になって、ささっと手櫛でるいの髪をとき、「お待たせ〜」と待ち合わせ場所へ向かうと、そこには沙希となっちくんが待っていた。
「うっわ〜、矢田くん不機嫌そ〜。」
「ほらほら〜、だから大丈夫かって聞いたのに。航ダーリンなんか変なことに巻き込んでごめんねー?」
やる気の無い腑抜けた姿で現れたから、2人から哀れむ視線を送られるるいだけど、それでも「いいよ、役に立てるかわかんねえけど。」と言ってちょっとだけ背筋を伸ばするい。
「いいんだよ!航ダーリンはそこに居てくれるだけで!ね!そうでしょ!?航!!」
「うむ。俺は“沙希の彼氏”を奪いにかかる略奪女のそのテクニックが気になるだけだから。るいはぼけーとしててくれるだけでいい。」
「じゃあとりあえず茉莉花に会う前の打ち合わせとして聞いときたいんだけど、今だけるいって呼んでいい?」
「オーケー。るいは沙希な。」
「…ふぁ〜い。」
やる気ねえなおい。
こいつ欠伸しながら返事したぞ。
「出会いは友達の紹介で。その友達は俺な。付き合ってまだ一週間ってことにしとこうか。」
「了解。一週間ならまだ付き合いたてでぎこちない感じでも大丈夫だよね。」
「うむ。よし。じゃあお前ら今から手ぇ繋げ。」
こんな打ち合わせしているところを万が一にも茉莉花ちゃんに見られるわけにはいかない。
るいの手を取って沙希の方へ差し出すと、沙希はその瞬間「キャ〜!フリとは言え超照れるんですけど!あたしの人生にこんなイケメンと手を繋げるときって多分もう無いと思う!!」と言って興奮し始めてしまった。
「うんうんよかったな、いいから早く黙って繋げ。」
おずおずと片手を差し出した沙希の手をるいに握らせる。するとチラリと俺の方を見てるいが一言ため息混じりにぽつりと呟いた。
「俺が他の子と手繋いでも航はいいんだー。」
ゲッ、るいめっちゃいじけてる。
ごめんって、良くはねえけどこれはこういう作戦だから仕方ねえんだよ。だから今だけは良いんだよ。
…と言いつつ、手を繋いで茉莉花ちゃんとの待ち合わせ場所へ向かう二人の後ろ姿を見るとちょっと不思議な気持ちになる。るいが女の子と手を繋ぐ姿。もし俺が高校でるいと出会わなかったら、あれがあるべきるいの姿なのだろうな。
「あーあ、矢田くんめっちゃ不貞腐れてんじゃん。自棄になって略奪女に唆されるフリでもするんじゃね〜?」
なっちくんはそう言いながら、俺を見てニヤニヤ笑ってきた。
「フリなら良いけどガチなら困るな。」
「でも全部自業自得だぞ?」
「わかってる。」
それでも俺は、略奪女の実態をこの目で見てみたい。
*
「ごめんねー航ダーリン、まじで変なことに巻き込んじゃって。」
茉莉花との待ち合わせ場所へ向かいながら、だらだらかったるそうに歩く航ダーリンに、あたしはもう一度謝罪した。
「べつに。航のわがままに付き合ってるだけだし。それよりその呼び方やべーんじゃねえの。」
一切あたしの方を見て喋らない航ダーリンは驚くほど無愛想だ。機嫌悪いのか。女子には冷たいのか。でもそんな無表情な横顔さえもかっこよすぎてちょっと怖い。
「それじゃ、るいって呼ばせてもらいまーす…ああ恐れ多いわ。」
大丈夫だろうかこんなんで。
なんだか心配になってきた。
待ち合わせ付近に到着すると、フェミニンな服を着て、綺麗に巻かれた茶色の巻き髪を風で靡かせながら立っている美女が一人。
「あ、茉莉花もう来てる。」
そう、あの美女が、奪略女茉莉花だ。
むかつくことに美しいのだ、とてつもなく。
だから男は、茉莉花をすぐに好きになる。
チラリと航ダーリンを見上げて「あの子、茉莉花。」と教えると、航ダーリンは「へえ。」とだけ返事してくれた。
航ほんとに大丈夫?あたし茉莉花を久しぶりに見たけどまた綺麗になってるよ。あたしは性格を知ってるから悪女としか思えないけど、男の前では超清楚で可憐で良い子だよ。
「茉莉花ー久しぶり。」
あたしは航ダーリンの手を引っ張りながら茉莉花の元へ歩み寄ると、茉莉花はあたしに気付き、微笑みながら手を振って、そのあと航ダーリンに視線を移す。
その瞬間、あたしは見逃さなかった。
茉莉花の目が驚くように見開かれた瞬間を。
あたしがこんなクソイケメンを連れてくるとは思わなかったのだろう。
あたしはそう思いながら平常心を装って、「るい、あたしの幼馴染みの茉莉花。」と航ダーリンに茉莉花を紹介して見せた。
そこで茉莉花に目を向けて、軽く会釈した航ダーリンに、茉莉花は口に手を当てまじまじと航ダーリンを見ながら「驚いた〜!沙希の彼氏さんすごいかっこいい。え、いいな〜。」と口にする。
上目遣いやば。これはさっそく狙ってるね。多分あたしから奪うのなんてちょろいと思ってるんだろうな。悔しいけどあたしが茉莉花に容姿で敵うわけがないから。
ひとまず紹介を終えたあと、航と示し合わせたカフェに入り、飲み物を注文する。
「アイスコーヒーでいい?」
「うん。」
やる気のない航ダーリンの分も注文するために問いかけると、ちゃんと返事が返ってきたから少しホッとしながらアイスコーヒーを注文した。
あとから無言で1000円札を渡され、「今日付き合ってもらってるからいいよ。」と断ると無言で手を引っ込める航ダーリン。
そんなあたしと航ダーリンのやり取りを、茉莉花は横目でずっと見ていた。男の前ではいつもにこにこ可愛い笑顔を今は消して、睨みつけるようにあたしを見ていた。
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