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「うわ、でたよ。あの女。また友達の彼氏に手ぇ出しやがって、今度はあたしの彼氏が気になるってか!?クソッッいねぇわ!んなもん!!」
チッ、と舌打ちしてスマホを睨みつけながら毒を吐いている沙希に、俺となっちくんは「こわ。」と顔を見合わせた。
「誰?沙希の友達の話?」
「幼馴染みの話。こいつがどうしようもないクソ女なんだよね。」
「へー、友達の彼氏に手ぇ出すんだ?」
「そう。略奪愛を好むクズ。」
「そりゃクズだな、間違いねえ。」
パチパチ、納得するように拍手をすると、なっちくんも俺の真似するように拍手した。
略奪愛を好むってどういうこと?人の関係邪魔して楽しむってこと?でもそれって女も女だけどその女に引っかかる男もどうかしてねぇ?
俺はそういう人間の心理に興味を持ってしまい、「ううん」と腕を組んで考えた。
「この前タコパしたじゃん?インスタに写真上げたんだけど航ダーリンとなちカレの手とか胴体写っちゃってんだよね。多分これ見てあたしに男いると思って連絡してきたんだと思う。」
そう言って沙希に見せてもらったスマホ画面を見てみれば、【 タコパ!友達焼くのめっちゃ上手い 】と書かれた一文と一枚の写真。確かにこの写真に写っているのは、たこ焼きを囲むように立っているるいと雄飛の服や手だ。
すげえな。主役は真ん中に堂々と写るたこ焼きなのにそんなところまで見んのか?
「残念でした〜、あたし彼氏いないってば。奪えるもんなら奪ってみろ!」
そう口悪く言いながらスマホで文字を打っている沙希に、俺は「ちょっと待った」と制止する。
「なに?」
「おもしれえからるいに彼氏のフリさせてみよう。」
「えっ!?」
そんな提案をする俺にギョッと目を見開くなっちくんは、「航何言ってんだよ、矢田くんに怒られるぞ!」と言ってくるが、平気平気。俺が沙希の彼氏のフリするのは怒るだろうけど逆だから。
ヒヒヒ、と悪知恵を働かせながら、俺はスマホの写真一覧からるいの良さげな写真を探す。
「お、これ良いじゃん。ちょいこの写真インスタにアップしてみ?」
そう言いながら俺が沙希に見せた写真は、るいが料理しているところを写した後ろ姿だ。
「タイトルは“料理上手”。」
「なに、あたしの彼氏だって匂わせるの?」
「そう。」
「航ダーリンまじで怒んない?」
「俺が良いっつってるからいいの。」
「喧嘩になっても知らねえよ〜?」
ちょっと心配そうに見てくるなっちくんだけど、大丈夫ったら大丈夫。るいきゅんには俺がちゃんと説明するから。
*
「っていうことで、るいに沙希の彼氏のフリしてほしいんだよね。」
夕飯時、るいに略奪女の話をすると、るいは「ふぅん?」って興味無さそうに頷いた。
「お、今日の半熟具合最高だなぁ。」
チラ。ゆで卵を褒めながらるいの様子を窺うと、るいはその後徐に口を開く。
「上手くできねえと思うけど?」
「ん?彼氏のフリ?」
「うん。」
「まあそのへんは適当でいいよ。俺はね、略奪女の言動が気になるんだよ。どんな言葉を人の彼氏にかけるのか。るいが嫌なら俺が沙希の彼氏のフリ、」
「それは嫌。」
「……だろ?」
それに俺がやるよりるいにやらせた方が略奪女も燃えると思うのだ。
略奪女は、どうやって人の彼氏を奪ってかかるのだろう。俺は沙希を自分と重ねて、その様子を観察したい。
*
「そういや昨日航に言われてインスタにあげた航ダーリンの写真、茉莉花(まりか)からコメントきたよ。【 沙希の彼氏!?会ってみた〜い! 】だって。」
「お、さっそくきたか。いいぞいいぞ。」
略奪女、茉莉花ちゃんとやらからのコンタクトに、俺はしめしめ、とにっこり笑った。すると隣で「わっるい顔してるよ。」となっちくんに突っ込まれてしまった。
「コメントなんて返す?」
「今度連れてくるね〜はぁと。」
「まじで言ってんの?そんなことして航ダーリン大丈夫?」
「大丈夫。全責任を俺が取る。」
話によるとこの茉莉花ちゃんって子、百発百中らしいじゃねえの。つまり彼氏持ちの敵、つまりそれは俺の敵。こういう子にいつ遭遇しても対策できるように、俺はこういう子の心理を解明していきたいと思う。
「知らねーよぉ?そんなことして。航は絶対的自信があるからそうやって平気で矢田くんを差し出して試すようなことできるんだろうけど、矢田くんがうっかり略奪女にときめいてもあとから文句言えねーからなー。」
そう呆れたような態度で棘のあるなっちくんの言葉に沙希もうんうんと同意する。
俺が無神経なことしてるってちょっとなっちくん怒っちゃってんのかなぁ。確かに俺の興味だけでるいを巻き込むようなことして悪いことしてる自覚はあるんだけどさ。
「なっちくんの意見はごもっともなんだけどさ、でも俺まじで気になるんだよ。略奪女の考えてること。彼氏奪ったあとその友達との関係はどうなんの?」
「あたしの幼馴染みの場合は彼氏奪ったあとも平気な顔してその友達と連んでるよ。友達は距離取りたがってるけどね。」
「ほら!ほら!俺には理解できねえよ!」
「え〜、沙希なんでそんな奴と友達続けてんの?てかまじで矢田くん可哀想。航やめろよー、そんなやつと矢田くん会わせるの。」
いまだにブーブー不満そうに言ってくるなっちくんに、沙希も不満そうに言い返した。
「あたしだってやめたいけどさ!連絡くるんだもん!!SNSとかめっちゃ知られてるしまじ腐れ縁って感じ。あたしに彼氏居るとかね、多分超気に食わないと思うよ。昔から敵対心はんぱなかったし。で、彼氏がブサイクだったら奪ったあとすぐ捨てると思う。」
「あ、ブサイクでも一応は奪うんだ。すげえな。」
「うげ〜、まじ最低。」
沙希が話す幼馴染みはなっちくんの眉を顰めたその反応も当然のクズっぷりだけど、残念ながら世の中いろんなクズなことを考えているクソ野郎ばかりだ。
かく言う俺も、大好きな人を巻き込んで無神経なこと考えているクソ野郎。なっちくんにはこんな俺の考えてることが分からないように、俺も沙希の幼馴染みの考えてることがわからない。
自分の中にあるクソ野郎ファイルに情報をしっかりと刻めるように、こんな絶好のチャンスを俺は逃すわけにはいかないのである!
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