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「うわっ、おっ、お、おはようございます…!」


朝っぱらから何年何クラスの誰かもわからない生徒に俺の顔を見るなり慌てた様子で挨拶をされたあと、その生徒は駆け足で去っていった。


ああ、そうか。彼は“生徒会長に”挨拶したのか。と我ながらまだそのことにまったく自覚が無いことに気付く。

俺が生徒会長とか自分でもまじで似合わないと思う。


食堂の人混みを歩こうとすると、ざっと道を開けるように周囲の人たちが俺を避けていった。敬遠されているように思えて、あまり気分が良いものではない。

こんなときに絢斗は寝坊でまだ来てねえし、居心地が悪い中朝飯を食う気になんねえなぁ。と思っていたところで、生徒会の後輩、ミッキーが「宇野先輩、おはようございます!」といつもと変わりない様子で声をかけてくれて、俺は少しホッとした。


「お、ミッキーうっす。いいところに来てくれたな。一緒に飯食おうぜ。」

「え、いいんですか?」

「は?だめなのか?」

「やっ!いいですよ僕は!ぜんぜん!!」


自分より十数センチほど背が低く、小柄で小動物のようなミッキーから、両手をブンブンと振りながらの了承の返事がきた。いちいちリアクションが大きく、少し笑ってしまった。


「あっ…そういえば僕間違えました…。朝先輩に会ったら宇野会長って呼ぶつもりだったのに…。」

「あー…。」


俺的にはべつに今まで通りでいいんだけど。返事に困っている俺の隣で、ミッキーは練習するように俺の名前を呼んできた。


「宇野会長、宇野会長!わ〜、似合いますよね、宇野会長って。」

「はぁ?なにが?」

「生徒会長です!かっこいい先輩にぴったりです!」


ミッキーは俺のどこを見てそう言ってくれているのかわからないが、やたら張り切った口調でそんなことを言ってくれた。


あまりにストレートな褒め言葉を向けられ恥ずかしい気持ちを隠すように、無言でミッキーの頭をおざなりに撫でた。

ぐしゃぐしゃになった髪を、ミッキーは照れ屋や恥ずかしがり屋な性格なのか、真っ赤な顔をして手櫛で戻している。


「そんじゃ、さっさと飯食って学校行くか。ここに居ると悪目立ちするしな。」


そう言いながら歩く俺の後を、ミッキーは子犬のようにひょこひょこと付いてきた。

なんだかペットを連れているような気になるから、できれば隣を歩いてほしいと思ったが、口に出して言えば失礼だろうとその言葉は飲み込んだ。



俺が生徒会長になったからといっても、生徒からの見られ方くらいしかまあ変化はないだろう、と俺は呑気にもそう思っていた。

しかし、特にそう変わりはない日常を送るのだろうと思っていた矢先に、俺にとっての大きな事件が起こった。


放課後、生徒会室に向かおうとしていた時のことだった。なにやら廊下の先で騒ぎが起きている。勿論、首を突っ込みたくはない。…が、それでは俺の立場は今まで通りでなにも変わらない。

俺はめんどくさいという気持ちは押し殺し、騒ぎの元へ一度向かってみることにした。そして俺は、その光景に驚きで目を見開いた。

騒ぎの中心にいるのはミッキーだった。目に涙を溜めて、揉め事を起こしている相手に向かってなにか言っている。


向かう足を早めて、ミッキーの元へ駆け寄る。


「おい三木、なんか騒がしいけどなにやってんだよ。」


横からミッキーの肩を掴み声をかけると、ミッキーは俺の登場にばつが悪そうにしながら表情を歪めた。

ミッキーが何も言わねえから、ミッキーと揉めているらしき相手の男に視線をやる。


見た感じミッキーとはつるまなさそうな気の強そうな感じの男で、こいつも何も言わずにむすっとした表情で俺から目を逸らした。


「喧嘩か?三木がそういうタイプには見えねえけど。」


つまりはお前が原因だろ?と言いたげな俺の発言に気付いたようで、相手の男が俺を睨みつけてきた。


「いや、喧嘩ふっかけてきたんこいつからっすよ。はぁ…さっそく生徒会長さんにしゃしゃり出てこられてだっりー。」


後半はちょっと小声ではあるもののこいつの発言は俺には丸聞こえで、思わず苦笑した。


「わりぃな、しゃしゃり出てきたことは謝る。でもこいつ俺の後輩だし。」


そう言いながらミッキーの肩に腕を回して、ミッキーを一歩前に出させる。

ミッキーから喧嘩をふっかけてきたとは到底思わねえけど、相手はこう言っている。

何があった?と問いただすような視線をミッキーにジッと向けると、ミッキーの目からポタッと一粒涙が溢れた。


「…だって、この人、宇野会長の悪口言ってたから…。」


聞き取れないほどの小さい声でそう言ったミッキー。

……うわ、まさかの原因俺か。

チクリ、と胸が痛い。

そりゃまあ俺のことを気に食わないと思うやつがいて当然だけど実際に出くわすと複雑な気持ちになる。


「俺のために喧嘩ふっかけてくれたんだ?…優しいな。」


サンキュー、と、ミッキーの頭を撫でる。

原因がわかった以上、もうここでミッキーに留まらせておくわけにはいかない。


「…悪かったな。俺への不満あるなら直接聞くから。」


相手の男にそう言って、俺はさっさとこの場からミッキーを連れて立ち去ろうと思っていたが、この男はまだ納得いっていないようで、「ちょっと待てよ。」と俺の行く手を阻んだ。


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