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【 やっぱり文化祭こなくていい… 】


「ん?なんで?」


りとくんから謎のラインを受け取ったが、俺とるいはもう高校の目の前だ。大きく文化祭と書かれたアーチをくぐり抜け、賑やかな構内へ足を進める。

早くも猫耳やメイド服を身に付けたJKを目にする。若いっていいな。もう高校生だった頃が懐かしく感じる。

あ、ナース服着た男子発見。キモ。いるよな〜一人はああいうやつ。うん。若いっていいな。


「ええっと?どれどれ、まずはりとくんのクラスから行くよな?」

「そうだな。」


入り口で受け取ったチラシを見ながら、りとくんのクラスを探すことにする。一階は比較的静かだ。

グラウンドは賑やかで、ステージ上でショーのようなものが行われている。その賑やかな声を耳にしながら、二階への階段を上る。

途中すれ違った人々がるいに目を向けキャッキャとはしゃいでいる声が聞こえるものの、賑やかな文化祭の雰囲気の中ではあまり目立つ事はない。


二階は二年生の階のようだ。それなりに楽しそうな声は聞こえるものの、この階もわりと落ち着いている。

美術部や手芸部の展示コーナーもあるようで、やはり比較的この階も静かに思えた。

そして、次に三階。三年の階のようだ。


「ん?なんか騒がしいな?」


一、二階と比べて明らかに三階が一番騒がしい。

階段を上りきり、ずーっと先へ続く廊下の先を見ると、一ヶ所どのクラスよりも人だかりができている教室があった。


「あれ?うーん、なんか既視感?みたいなの、感じるな。」

「ん?なにが?」

「いや、見て、あの感じ。」


俺は人だかりができている教室を指差した。


「うわ、人多いな。違うとこから行く?」

「いやいや、あれ絶対りとくんのクラスだろ。」

「は?なんで?」

「お前わかんねえの?あ、そっか。お前だからわかんねえのか。」


そりゃ自分ではわかんねえよな。
るいのクラスもあんなんだったんだぜ。

そうだよなそうだよな。って一人納得する俺に、るいは不思議そうに首を傾げた。


「まあとにかく後回しは無し。いっかいあそこ行くぞ。」

「えー…。」


るいは人混みへ向かうのが嫌らしい。そうは言ってもお前の弟はあそこにいるんだぞ。特に根拠はないが、俺は自分の経験からそんな確信を持っていた。


「え!待って、やばいめっちゃイケメン!」

「今の人見た!?矢田くんといい勝負…!」

「今超かっこいい人とすれ違った!!」


すれ違う女の子からるいが口々に噂されるのはよくあることだが、俺はある女の子が言った言葉にピクリと反応した。


『矢田くんといい勝負…!』


ふふ、ほらな。

この学校でもやっぱり“矢田くん”は人気者で、そして騒がしいあの教室の中心にいるのは“矢田くん”だろう。





え?待って?これ時給いくら?

文化祭が始まってまだ一時間も経ってないのに、俺はその場から逃げ出したくなった。

教室には人が押し寄せてくる。まだ御飯時でもないのに、生徒たちがカレーを求めてやってくる。

並べられた机の上にはカレー鍋と炊飯器。やけに座り心地の良い椅子に座らされた俺は、クラスの女子からカレールーをかける役をお願いされた。ふざけるな。なんで俺が。

しかし断れる雰囲気ではない。今日の女子たちは何故かものすごくやる気満々で、さらに一致団結しているおかげで文句を言えば集団で言い返させる。怖い。今日の俺に拒否権は無かった。


「キャー!矢田先輩かっこいい!その衣装似合ってます!写真撮っていいですか!?」

「一枚100円。」


下級生の女子の言葉にゆでたまごを渡しながらそう言うと、その女子は財布の中から100円玉を取り出して、俺にそれを握らせた後「ありがとうございます先輩大好き!!!」と叫びながら俺をスマホのカメラで連写した。おい一枚100円っつってんだろ、お前今2000円分くらい撮ったぞふざけるな。


「りとすげー、公開告白されたの何人目?」

「つーかカレー昼まで持つか?これ。」

「田中が今追加で材料買いに行ってくれてる。」

「まじか。サンキュー田中。」


くそっ、そこ呑気に会話してんなよ俺を手伝え。

目の前にはズラリと列ができている。
いつ途切れるのかわからない。

俺はとにかく必死で、白ご飯にカレールーを注いだ。


注いでいた。

だから、俺は気付いていなかった。


何故か教室内が一段と騒がしくなっていたことと、ニヤニヤと笑う兄貴と航が列に並んでいたこと。


ふ、と顔を上げた時、すでにそのニヤニヤした二つの顔は、俺の目の前に立っていた。





「【 王子様の好物 】だって。」

「へえ。なんかメルヘンなクラスだな。」


そんな感想を漏らするいだが、他になにか思うことは無いのだろうか。…いや、まあ無いんだろうな。この“王子様”って絶対りとくんのことだと思うんだけど。

俺は教室に入る前からにやけるのを堪えるように口を手で押さえた。

教室の中の様子は人が多くて廊下からじゃ窺えない。けれど、ひとつだけわかったことがある。…それは、“匂い”だ。


「なあ、るい、このクラスカレーだぜ。」

「あー、ぽいな。食べる?」

「うん。食べる。」

「ゲッ、この列並ぶのか?どうする?後でまたくるか?」

「いや、並ぶ。」


ふふ、この先には“王子様”がいるんだぜ。
そんで、その“王子様”の“好物”はカレーってか。


「航ニヤニヤしすぎだろ。カレーのクラスあって良かったな。」

「お前鈍感だなあ。そろそろ気付けって。」


一歩一歩列が前へ進みその姿が見えた時、俺はるいに教えてやるように、その姿を指差した。


「え?うわっ!あれりとか!?」


王子様な姿でせっせと働いているりとくんを目にして、るいは俺以上にニヤニヤし始めた。


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