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「よお、りと。がんばってんなあ!」

「ゲッ…兄貴!…最悪だっ…。」


カシャ、とりとに向かってスマホを向け、写真を撮ったイケメンに、周囲がざわざわと騒めいた。


「え?“兄貴”?」

「あっ!絶対そうだよ!あの人矢田くんのお兄さんだ…!」


女子から度々噂話を聞くりとの兄貴ってか?

りとに兄貴がいることはかなりの人に知られている。噂によるとかなりの美形とかイケメンとか男前とか。そしてその、噂の男がいると聞きつけて、教室には更に人が集まってきた。

確かにすげー美形だ。りとがかなりの美形だからそれ以上の人はなかなか居ないが、この人はりと同等、いや、それ以上か、とにかく顔の作りが良く、周囲の女子たちはこっそりカメラを向けている。


「りとくんまじ王子様じゃん!一緒に写真撮ろうぜ!!」

「あ、俺も俺も。」


りとの兄貴の連れがスマホを片手にりとと写真を撮りたがっていたから、近くにいた女子が「撮りましょうか?」と声をかけ、りとの兄貴の連れからスマホを受け取った。

りとの顔面は見たことないくらい真っ赤である。

なにあいつ、めっちゃ恥ずかしがってる。まあそりゃそうか、あの格好は恥ずかしいわな。

ニッと楽しそうに笑顔を浮かべてりとの肩に腕を回し、ツーショットを撮ってもらったりとの兄貴の連れと代わり、今度はりとの兄貴がりとの隣に並んだ。

カシャカシャカシャカシャと連写する音がそこら中から聞こえてくる。女子ちょっとは自重しろ。


りとの兄貴も満面の笑みでりとの肩に腕を回し、りとの頭の上に乗った王冠をニヤリといたずらをするような顔で笑いながら、自分の頭の上に乗っけた。


「ぶはっ!るいお前もすげえ似合ってるぞ!」

「まじ?こいつより?」

「いや〜やっぱそこはりとくんの勝ちかな〜!」

「うぜー!兄貴殺す…!!」

「おいおい、王子様が殺すとか物騒なこと言うなって。」


楽しそうに笑いながら、りとの兄貴は自分の頭の上から王冠を取り、再びりとの頭の上に乗っけた。


「ああもうまじで最悪…!」


げんなりした様子を見せるりとに対し、りとの兄貴と連れは始終ニヤニヤ笑っており、楽しそうだ。

その場はあまりに賑やかで、カレー販売どころではなかったその時、さらに嵐がきたかのように一人の女の子が教室に現れた。


「あれ?なんかめっちゃ人だかりできてると思ったらお兄ちゃんたちいるじゃん!なにしてんの?」

「ゲッ……!」


その女の子がひょっこりと姿を現した途端、りとは素早く机の下に身を隠した。



「おー、りなお前も来たのか。」

「うん!お兄ちゃんと航くんも来るってお母さんから聞いてね!」


その会話から、その子がりとの妹だと周囲はすぐに悟る。今度は男子たちが騒がしくなる番だった。

よっぽど妹に今の姿を見られたく無いのか、りとは王冠を頭の上から退け、マントを外そうと机の下でモソモソしている。が……


「おいこらりと、りなにも見せてやれって。」


りとの兄貴がりとのいる机に回り込み、背後からガシッと身体を抱えて立ち上がらせた。ポロリと床に落ちた王冠は素早く兄貴の手により頭の上に乗せられる。


「あっバカ!やめろ!」

「へ?」


突如自分の目の前に王子様衣装で現れたりとに、妹はキョトンとした表情を浮かべたあと、盛大に腹を抱えて笑いだした。


「あはははは!え!?なにその衣装!!やばウケる!!!似合わねー!!!」


そう言って爆笑する妹に対し、周囲の女子が厳しい視線を向けるが、実の兄が手の込んだ王子様衣装で笑いたい気持ちも分からなくも無い。


「ヒー!超ウケる!写真!航くん写真撮って!」

「クッソ!やめろって!兄貴離せ!!」


りとの隣に並んだ妹が、スマホに向かってピースを向ける。りとは真っ赤な顔をしてジタバタ暴れた。いつも教室でクールに澄ましているりとからは想像もつかない光景だった。

良いものを見れた、とクラスのみんな嬉しそうだ。


「もう脱ぐ!無理!絶対脱ぐ!」


なんとかりとの兄貴の手から逃れようとジタバタ暴れるりとだが、りとの受難はまだ終わってはいなかった。


「あら?あれるいじゃない?あっ航くんとりなも。みんな勢揃いね。」


保護者もチラホラ訪れている文化祭で、一際目立つ夫妻が廊下から控え目に顔を出した。


「あ、ここりとのクラスか。…ん?」


…とここで、俳優のように整った顔立ちの男がりとの姿にジッと目を向ける。そして、その男はりとの兄貴そっくりな顔をして、ニヤリと口角を上げた。

見てすぐにわかった。
あの夫妻は、りとの両親だ。

りとの家族一同が集ってしまった空間に、教室内はお祭り騒ぎだ。両親の登場に気付いてしまったりとは、なんだかちょっと涙目に見えた。よっぽど見られたくなかったのだろう。


「わー!りといい服着てるじゃなーい!」


りとの母親は楽しそうにりとを褒める。


「おいりな、写真撮ったか?お父さんにも送ってくれ。」

「オッケー!」


もうジタバタ暴れる元気もりとには無いようだった。


「うう…最悪…。」


ぼそりと呟くりとに、りとの兄貴の連れがよしよしと慰めるように頭を撫でる。


「りとくん、カレーちょうだい。あ、ゆでたまごも。」


その声に、りとはコクリと頷き、静かにカレーをよそう。嬉しそうにカレーを受け取ったりとの兄貴の連れに続き、カレーを受け取るりとの家族一同。


「それにしても、お前らみんな航くん好きだなあ。りとのクラスもカレーかよ。」

「りなも次の文化祭カレー提案しよーっと!航くんそしたら来てくれる?」

「うん、行く行く。呼んでー。」


りとの家族の会話を耳を澄まして聞くのに必死なクラスメイトたち。

どうやらこの会話に出てくる“航くん”の好物がカレーのようだが、それが理由で自分たちのクラスの出し物がカレーになったことには、皆気付くことは無かった。


「航美味しい?」

「うん、すげーうまい!」

「よかった。」


こうして、王子様は好物のカレーを食べる航を満足気に眺めていた。


「ま、航の王子様は俺だけどな。」

「航くん、お兄ちゃんがなんか言ってるよ。」

「うん、いつものことだよ、ほっとけほっとけ。」


26. りとの学校の文化祭へ おわり


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