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掛け時計すらない質素な俺の部屋は、窓の外から聞こえる車のエンジンの音や蝉の鳴き声、通りすがりのおばちゃんの話し声などがよく聞こえるほど静かだ。

クーラーは勿論無く、扇風機だけで暑さを凌いでいる状況だが、りとは何の文句も言わずに黙々と問題集を解いている。

りとん家は大きくて綺麗な一軒家で、良い車があって、兄妹一人一人に部屋があって、申し分の無い暮らしをしているけど、そんなりとから見て俺の家ってどうなんだろう。

なんとなくりとの様子を眺めながらそんなことを考えていると、俺の視線に気付いたりとが「なんだよ?」と言って顔を上げた。


「部屋暑くね?大丈夫か?」

「あー…まぁ。別に大丈夫だけど。」

「休憩がてらファミレスで飯でも食いに行こうぜ。」


りとが大丈夫とは言っているものの、部屋が暑いのは事実。勝手に申し訳なくなって、どこか涼しいところへの移動を促した。


ぶっちゃけりとを家に呼んだのは反応が気になったからだ。普段から家に家族は居らず、物すらない。

もしもこんなところになちを連れてきたら、どう思われるだろうという不安から、りとで様子見しているようなものである。……最低だな。俺は自分の家庭環境に、劣等感を持っている。


「雄飛のおばちゃん帰ってくんの何時頃?」

「多分夜だと思う。」

「ふぅん、俺来てること知ってんの?」

「一応メールでは言ってあるけど。」


寮から帰ってきたのがついさっきだから、母親とはまだ会ってない。会うのは数ヶ月ぶりだ。

絢斗以外の友達を今まで母親に会わせたことが無いから、ほんの少しだけ緊張している。

いつかはなちも紹介したい。
でもそれはもっと先になると思う。
だってまだ、紹介する勇気は無い。


「うわ、絢斗ライン送ってきすぎ。」


ファミレスに向かっているあたりからやたらとラインメッセージが頻繁に来ていることに気付き、ファミレスに到着してからスマホを開くと、届いていたラインメッセージ十数件全て絢斗からだった。


【 お前家帰ったん? 】

【 言えよ!俺も帰るっつーの! 】

【 今どこ? 】

【 家?行くわ 】

【 おいライン見ろや! 】

【 10分以内に返事返さねえとお前の彼ぴ犯す 】


さすがに冗談だろうがこの内容にすぐさま時刻を確認してしまった。あぶねえ、9分経過したところだった。冗談かと思いきや、絢斗はわりと本気だったりするから怖い。


【 今友達と居るから来るなら明後日にして 】


絢斗にそう返信して、スマホをポケットにしまった。…が、すぐさままたスマホが振動した。


【 は?友達って誰?俺知ってる奴? 】


お前は俺の彼女かよ。絢斗は知らない俺の友達だって、一人や二人はいるっつーの。

この問いかけには返信せず、今度こそ俺はスマホをポケットにしまった。


「幼馴染みっつーか、小中高ずっと一緒で仲良いやつが俺が勝手に家帰ったから怒ってやがる。」

「へえ。」


すげえどうでも良さそうな反応。りとの興味無い時の反応はわかりやすい。矢田先輩とちょっと似ている。


「ちなみにそいつ、航先輩のこと好きでいつもアピってて矢田先輩と喧嘩してた。」

「は?まじ?」


おお、すげえ食いついた。
さすが航先輩の話題はつえーわ。


「抱かせろ抱かせろって航先輩に迫ってて矢田先輩まじでキレてたからな。」

「そらキレるわ。なにお前の友達。」

「悪い奴ではないんだけどな。」

「いや絶対ろくな奴じゃねえだろ。」

「まあそれは否定しない。」


りとにディスられてる絢斗にクスリと笑いながら、ファミレスのメニュー表を開く。


「俺おろしハンバーグ定食ー。」


りとは開いたページにあった写真を指差したあと、すぐにメニュー表には興味が失せたかのように視線を逸らしてスマホをいじり始めた。

俺はメニュー表を順番に眺めたあと日替わりランチに決め、呼び出しボタンを押す。

数十秒後にやって来た店員に、りとのおろしハンバーグ定食を注文するのも当たり前のように俺で、りとは店員には目もくれずスマホをいじっている。ちなみに店員はりとのことガン見だった。

結構可愛い店員だったのにまったくの無関心でいられるこいつがちょっとすごい。


「今の店員可愛くね?」

「は?見てなかった。」

「うん。知ってた。」


言ってみただけー。


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