共に(TOV)


マンタイクの街の夜が更けていく。
宿をとって布団に入っても、私はなかなか寝付けなかった。
同じ部屋のエステルやジュディス、リタはもう寝てしまっているようだったし、隣のユーリたちの部屋も、特に動きはないようだった。
結局暇を持て余した私が、天井を見上げて思い出すのは、昼間の馬車のこと。
あそこでユーリが機転を利かせてカロルがうまくやっていなかったら、今頃あの馬車に乗せられていた人たちはどうなっていたんだろう。
きっと砂漠に放り出されて、当てもなくフェローを探して、そして最後には……。
考えただけでも、ぞっとする。
それより、あの時ユーリはなぜ私を頼ってくれなかったんだろう。車輪を根元から外すくらいの細工なら、私にだってできたのに。
「私、ユーリの恋人なのになぁ……」
彼と一緒にいて、彼の助けになりたくて、何よりユーリが好きでユーリの恋人になったのに、まるで頼ってもらえない。
「情けないなぁ、私」
一つため息をついて、無理にでも寝ようと体を横に向けたちょうどそのとき。
隣のユーリたちの部屋から、わずかに床のきしむ音がした。
驚きながらも耳をそばだてれば押し殺したような足音が聞こえた。
さらに耳を澄ませば、その足音は階段を降りて行ったように聞こえた。
どんどん小さくなる足音が誰の物かは分からなくても、私はなんだかそれがユーリのものである気がして、気が付けば、自分の愛刀を持ってその足音を追うように部屋を出ていた。
「ナマエ! ……だめです、それ、リタのリンゴですぅ……」
エステルの寝言に、ちょっとひるみながら。

◆       ◆       ◆

「ま、待て! 僕は悪くないんだ! これは命令だったんだよ! 仕方なくなんだ!」
足音を追って宿の外に出た私は、昼間聞いた無駄に大きい罵声と同じ声を聴いた。
それは案外大きく聞こえて、その声の主がそんなに遠くないところにいることを知らせてくれる。
「だったら、命令したやつを恨むんだな」
声のほうに走っていた私は、もう一つの嫌に落ち着いた声を聴いて足を止めた。
今の声は、もしかして……。
「ユーリ!?」
思わず叫んでしまった私の声は、ユーリとユーリの正面にいた奴にばっちり聞こえてしまったようで、ユーリにはものすごい勢いで振り返られてしまった。
「ナマエ? おまえ、なんでここに……」
めったに見られないユーリの驚いた顔も、この状況で見られてもうれしくない。
だって、ユーリの手には抜身の愛刀が握られているし、彼の正面にいるのはキュモールだ。
ユーリがキュモールを今まさに殺さんとしていることくらい、バカな私にだって理解できた。
「そ、そこの君! 助けてくれ!」
突然現れた私をただの通りすがりの住人と思ったのか、キュモールは情けなく震える声で私に助けを求めてきた。
瞬間、頭によぎったのは昼間の光景。情けない声で助けを求める目の前の男が、同じように助けを求めていた人々を無理やり馬車に押し込んでいた光景。
許せない。
そう思った瞬間、私の体は持っていた刀を鞘から抜いて、ユーリの隣に並んでいた。
「無理。あなたに助ける価値はない」
自然と出たその言葉は、自分でもびっくりするくらい冷え切っていた。
月光が、青白いキュモールの顔を照らす。見るだけではらわたが煮えくり返っていくような感覚に襲われた。
こいつは裁かなきゃいけない。そんな気がした。
横を盗み見ると、ユーリもまた冷徹な顔つきで、私だけがこいつを裁くつもりでいるわけじゃないことに少しだけ安心した。
安心ついでに笑みがこぼれて、その笑みを勘違いしたのか、キュモールがまた焦りだす。
「ま、まてっ! こうしよう!」
無視してゆっくり近づいていく私とユーリを押しとどめるように、キュモールは両手を前に突き出した。
「僕の権力で君たちの犯した罪を帳消しにしてあげるよ! 騎士団に戻りたければ、そのように手はずもするし、何かほしいものがあればあげるよ!」
もう、私とユーリに言葉はいらなかった。
何も言わない。その代わり、私たちの足は一歩一歩確実にキュモールに近づいていく。
「か、金はたくさんある! 金さえあれば、君たちのどんな望みでも僕はかなえてあげられる! さあ! 望みを言ってごらん!?」
さらに一歩。その一歩で、私たちに合わせるように後ろに下がり続けていたキュモールには、行き場がなくなった。背後に広がるのはすべてを飲み込まんと大口を開けている流砂。
偶然にも私とユーリは、ここで同時に口を開いた。
「「俺(私)がおまえに望むのは一つだけだ」」
「そ、それはなんだい……?」
キュモールが尋ねてきた瞬間、私は身にまとっていた殺気を爆発させた。ユーリの殺気も同じタイミングで膨れ上がる。
つくづく気が合うなぁなんて思っていたら、二人分の殺気にあてられたのかキュモールが虚勢をかなぐり捨ててわめきだした。
「や、やめろ……来るな! 近づくなっ、下民が! 僕は騎士団の隊長だよ! そして、いずれ騎士団長になるキュモール様だ!」
最後の一歩。
これで完全に剣の届く間合いまで詰められた。今、ユーリか私、もしくはその両方がその気になれば、キュモールは一刀のもとに切り捨てられてしまうだろう。
その恐怖が、もう後退を許されていなかったはずのキュモールをさらに下がらせた。
「う、うわああああああああっ!」
足を滑らせ、キュモールは流砂の中へと転げ落ちた。不思議なことに、私は何も感じなかった。ユーリも、眉一つ動かさない。私たちの目の前で、キュモールの体がゆっくりと砂の海に飲み込まれていく。
「た、頼む! 助けてくれ!」
助けを求める絶叫は、むなしく響くばかりで私たちには届かない。
「ゆ 許してくれ! このままでは! こ、このままでは!」
私たちは無表情にそれを見下ろしながら、こう言った。
「お前はその言葉をいままで何回聞いてきた?」
「地獄で数えて、自分の行いを悔やみなさい」
「ひ……うっ、うっ、あああああああああああああああああっ……!」
もがきながら、泣き叫びながら、キュモールは砂の地獄の中へと消えていった。

◆       ◆       ◆

「で、なんでおまえはここにいるんだ? ナマエ」
しばらく間をおいて刀を鞘に納めたユーリは、どこか怒ったような表情で私に尋ねた。
「ユーリが宿を出て行ったみたいだったから、心配でつい、追っかけてきちゃったっていうか……」
「なんで来た!? 俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ!」
せっかく心配して追いかけてきたのに、ユーリは今度こそ完全に怒った顔になって、怒鳴り始めた。
肩をつかまれてゆすられて、気持ちが伝わってないんだなって思った。私が心配してる気持ちは、ユーリにはちっとも伝わってない。
そう思うと、自然と目がうるんで視界がぼやけて、すぐに涙があふれ出した。
さすがにユーリもびっくりしたのか、私の肩を離して怒鳴るのをやめる。
「だって……ユーリが、ひっく……心配、で……助けたく、て……うぅ」
泣きながら、少し詰まりながら、必死に伝えるとユーリはさっきとは打って変わって優しい手つきで、私を抱きしめた。
そのまま、あやすようにやさしく背中をたたいてくれる。
「ごめんな、心配かけちまったみてぇで」
「ううん……私こそ、もうちょっと考えて動かなきゃダメだった……だけど、どうして私を頼ってくれないのか、それだけ……教えてほしい」
私が「ダメかな」と首をかしげると、ユーリは私を抱きしめていた腕を離して、照れたように頬をかいた。
「……心配だったんだよ」
ぼそっとつぶやかれた一言に、私は呆けることしかできなかった。
フリーズしたまま動かない私に、ユーリはあきれたような溜息をもらして、今度はいつもの飄々とした態度で言ってくれた。
「恋人として心配だったんだよ。これでも、なるべくナマエを危険な目に合わせないように努力してたんだぜ?」
いつもの不敵な笑みにつられて私も笑った。そのせいだか、感謝の言葉は口をついて出てきてくれた。
「……ありがとう」
「どういたしまして。さてナマエ姫様、帰りますか?」
ユーリに「姫様」って呼ばれたのが照れくさくて、本当はすぐにでも帰りたかったけど、まだユーリに言うことがあったから首を横に振った。
「ねえ、ユーリ。私にいっしょに背負わせて?」
何を、とは言わない。だって、分かってくれているはずだから。
一緒にキュモールを裁いた。ここまでくれば、ユーリがラゴウも裁いたんだってことは嫌でも理解できたから。
だから、恋人として共犯者として、その罪を一緒に背負っていきたい。
「いいのか、ナマエ? おまえまで汚れ役を買って出ることはないんだぜ?」
「いいの……ううん。私がそうしたいの」
私がそういうと、ユーリは観念したように笑った。
「仕方ねぇな、うちのお姫様は」
両手を頭の後ろで組んでいるユーリに不意打ちで思いっきり抱き着く。
「お姫様じゃなくて、共犯者なんだからね?」
「はいはい、分かりましたよっと」
……なんだか全然わかってない気がしたので、いつもは絶対しないけど、私からユーリに口づけを送った。
まあ、あれだよ。俗にいうキスってやつ。
不意を打たれて固まっているユーリににっと笑って見せた。
「共犯者の誓い!」


(あなたの罪は私の罪)
(おまえの罪は俺の罪)
((共に、背負って行こう))

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あとがき
締まらない終わり方でごめんなさい。
次でもナマエさんにあえることを願っております。
thank you for reading!


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