2つの約束(TOX2)


「いいなぁ……私も行ってみたいなぁ、リーゼ・マクシア」
俺の傍らに立つ少女は、マクスバードエレン港からリーゼ港のほうを眺めつつ、ポツリとつぶやいた。
潮風が心地いい夕暮れ時。俺と彼女以外のメンバーは宿を取りに向かった。
おそらく俺に気を使ってくれたのだろう。エリーゼやミラ、エル以外のメンバーは俺が彼女に好意を持っているのを知っている。それゆえの気遣いがこの状況なのだろう。
レイアに引きずられていったエルには申し訳ないが、俺はこの状況が素直にうれしかった。
傍らに立つ彼女に視線を向ける。
風になびくつややかな長髪はゆるく波打ち、彼女の小ぶりな顔を飾っている。いつも通り、姿勢が綺麗だ。
しばらくじっと彼女を見ていると、いつの間にか、彼女も俺を見つめていた。
大きな瞳がこちらを見ている。それを自覚するだけで、顔に熱が集まっていく。
こりゃ相当重症だな……。
彼女と二人きりになることが未来の娘より大事であることからして、重症であることを理解すべきなのだが、残念ながら俺の頭は平凡で、なおかつ彼女のことしか考えられなくなっているため、そんなことは不可能だ。
彼女の視線が、不意に俺から外れて、またリーゼ港のほうに向いた。
リーゼ・マクシアに彼女を取られたようで悔しくなった俺は、しかし彼女に切り出す会話もないため、おとなしく自分もリーゼ港に向き直ろうと思った。
しかし、意に反して俺の手は彼女の手を取り、俺の口は彼女の名前と決して言ってはならない一言を紡いだ。
驚いた彼女の顔が、俺の瞳に映る。
「ナマエ……リーゼ・マクシア、カナンの地の件が全部終わったら、一緒に行こう」
「……うん。ありがとね、ルドガー」
肯定の言葉を述べたはずのナマエの顔は、心から笑ってはいなかった。
それもそのはずだ。カナンの地での審判が終わっても、彼女はリーゼ・マクシアには行けないのだから。
生まれつきマナに弱かったというナマエは、怪我をしてもジュードやエリーゼの治療が受けられない。仲間内で唯一彼女だけは、傷を自然回復に任せるしかなかった。
治療に使われる少量のマナだけでも体調に影響があらわれるというのに、そこらじゅうで精霊術が使われ、マナが多く存在しているリーゼ・マクシアなど行けば体調が悪くなって、最悪の場合は死んでしまうかもしれない。
ナマエもそれは理解している。だから、俺の言葉に心から笑うことはできないのだ。
「絶対、連れて行くから。リーゼ・マクシア。みんなに無理だって言われても、絶対」
それでも俺は、ナマエの願いを無視できないから。
たとえ仲間たちや、それ以外に、たとえば医者やナマエの両親が無理だって言っても、俺は絶対に彼女の願いを聞き届ける。
もう、決めた。
「うん……ありがと!そう言ってくれるだけで、嬉しいよ」
でもこの胸の内はナマエには正確に伝わらなくて、彼女はまた儚げに笑った。
今の俺たちの雰囲気は恋人同士のそれに、酷く似ていて。
今なら許される気がして、俺は頭一つ分小さい彼女の体を、両腕で包み込んだ。
「無理に、笑わなくていいから……」
「……うん」
腕に少しだけ力を込めて耳元でささやけば、ナマエは俺の背中に腕を回して、頷きながら俺の胸に顔を埋めた。
「う……ひっく……うぅ」
小さなうめき声とともに自分の胸がナマエの涙で濡れていくのを感じながら、俺はもう一度固く決意した。
彼女をリーゼ・マクシアに連れて行く。何があっても、絶対。
「絶対……」
独り言のようにつぶやいて、ナマエを抱く腕に力を込めた。

◆        ◆        ◆

絶対。そう誓ったのに。
「どうしてこうなるんだよ!?」
エルがカナンの地に連れ去られて、魂の橋を架けなきゃいけなくなった。
橋には兄さんがなるって言って、俺も「兄さんが決めたことなら」って、反対の言葉を心に押し込んで。
でも、骸殻に変身した俺の槍が貫いたのは兄さんじゃなかった。
「ナマエ、なんで、なんでだよ!」
俺と兄さんの間に入って、兄さんの代わりにこの槍に貫かれたナマエは俺があの誓いを立てた時と同じに、儚げに笑っていた。
俺は思わず、握った槍を取り落した。
「ナマエ・クレステッド、君は……そうすることを望んだのか」
「でも、これじゃ魂の橋は……」
ミラとジュードの声が聞こえたけど、俺にはもうナマエしか見えてなかった。
ナマエに慌てて駆け寄った俺は、その傷の深さに思わず目をそむけた。
「……大、丈夫……魂の橋、かかる、よ……」
そんな俺を一瞥して苦しげに声を漏らすナマエは、ジュードの言葉に対して、信じられない事実を口にした。
「私の家……クレステッド家も、クルス……ニクの一族の、末裔……」
俺も兄さんも、仲間たちも驚いて目を見開いた。
クルスニクの一族で魂の橋が架けられるということは、ナマエはハーフ以上の骸殻を操る能力者だということで。
「そっか……急激なマナの集まりに耐えられないから、骸殻は使わなかったんだね」
「うん、そう……だよ、アタ……り」
ジュードの言葉にナマエは照れくさそうに笑って、小さく頷いた。
俺はナマエを強く抱いて、冷静に会話するジュードを信じられない思いで見ながら声を荒げる。
「そんなことはいいから!早く、早く治療をっ!」
言ってしまってから気付く。
ジュードもエリーゼもレイアもただ首を振った。
無理なんだ。ジュードたちがナマエを治療することはできない。
ナマエに精霊術での治療は、施せない。
「ルドガー……ジュ―、ド、達に……無理、言わな、で……」
ナマエは、そう言ってまた無理に笑った。傷が深くて、そんな余裕はないはずなのに。
ジュードもレイアも、エリーゼも……わかりにくいけどガイアスやミュゼも、悔しそうに顔をゆがめている。
皆わかっている。ナマエはもう助からないことを。
誓ったのに、助けられない。これじゃ、まるで。
「絵にかいたような、悲劇じゃないか」
きつく両目をつぶって、俺は小さくつぶやいた。
そんな俺の頬に、ナマエが手を当ててきて。
「大……丈、夫……? ルド、ガー」
俺はただその問いに頷くことしかできなくて、ただただナマエの胸に顔を埋めて泣いた。
ナマエを助けられない悔しさと情けなさ。早くに誓いを果たさなかったことに対する後悔。そして。
「ごめん、ごめんな。ナマエ……」
何より自分がナマエを刺したことに対する罪悪感。
それらが次々と涙になって溢れ出して、止まらなかった。
「あの時、と、逆、だね」
俺の涙をぬぐいながら、途切れ途切れにそう言ったナマエは、ずいぶん苦しそうな呼吸を繰り返していて。
その姿を見て、俺はまた涙が止まらなくて。
後ろから嗚咽が聞こえているということは、泣いているのは俺だけではないのだろう。
「あの、ね……ルドガ、に最期の、お願いが……ある、の」
「ああ。何でも言ってくれ」
俺はナマエの最期の願いを聞き届けるべく、彼女の口元に耳を寄せた。
「私の、ぎせ、いを無駄、にしな……で。エル、を助け、て……」
「……分かった。約束する」
「お願、い……ね」
いまだ止まらぬ涙を必死に拭って、俺は笑った。今度こそナマエの願いを叶えるために。
エルを助ける。絶対に。もう、約束をたがえはしない。
「あり、が、と……私、はルドガ、を……」
口元に耳を寄せていてやっと聞こえるくらいの小さな声が、ナマエの最期の言葉で。一瞬遅れて、彼女の命で橋が架かった。
後に残ったのは、不自然に手を宙に浮かせた俺と、大量の血だまりだった。
仲間たちや兄さんも、ただそこに黙って立っているだけ。
「もう、遅いよ……」
いまだ涙を流しつつ、俺は行き場を失った手を地についた。
ナマエの最期の言葉。しっかりと聞き取れたそれは、本人が死ぬ瞬間に聞くにはあまりに残酷で。
「「私はルドガーを愛してた」なんて、死にぎわに聞かされても……つらいだけじゃないか……」
待ちに待っていたナマエからの愛の言葉は、彼女の死にぎわに届けられた。
涙を振り払って、俺は歩き出す。「エルを助ける」というナマエとの二つ目の約束を果たすため。
「だけど……お前が死んだら、意味がないじゃないか……」
一つ目の約束も二つ目の約束も。結局お前には、果たしたことすら知らせることができないのだから。
最初で最後の俺からナマエへの文句は、カナンの地の浮かぶ不気味な色の空へと、静かに消えていった。

二つの約束
(約束を果したら、きっと伝える)
(待ってるよ。ルドガー)
((愛してるから))

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あとがき
初めまして。零那と申します。
夢は初挑戦でした。いかがでしたでしょう?不完全燃焼気味でごめんなさい。
気に入っていただけたら幸いです。
長編のほうはひぐらしを予定しています。
そちらのほうも暇なときにのぞいてみていただけたら幸いです。
それでは。
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