No regret(TOXR)


「ラタ!そっち行ったよ!」
狼を足で蹴り飛ばして、背後のラタトスクに呼びかける。
「よしっ、任せろ!」
視界の隅で金色が揺れたと思うと、次の瞬間には巨大な熊が切り伏せられていた。
彼の瞳と同じ色が飛び散って、地面に染み込み、消える。
熊だったものから剣を引き抜きながら汗をぬぐった彼の瞳が、深紅から翠に変わって、雰囲気が柔らかく、弱々しくなった。
それを見届けて、私も剣を鞘に収めた。翠の瞳の彼にマルタが駆け寄る。
「エミル!格好良かったよ!」
「わ、マルタ……飛びついたら危ないよ」
人目も憚らずいちゃつく彼らに一つ嘆息して、私は戦闘に協力してくれたラタの配下に声をかける。
「いつもありがとう」
そう言って頭を撫でてあげれば、嬉しそうに喉を鳴らした。
彼らは魔物だから言葉は通じないけれど、こうやって触れてあげれば気持ちは伝わる。だから私は、魔物が嫌いというわけではない。
ただ、攻撃することしか自衛する術がないだけで。
「ラタはいいなぁ……あなた達と会話できるんでしょ?」
ウルフにそう問いかけても、相変わらず喉を鳴らすだけで答えてはくれない。
当たり前だ。私にはラタと違ってそういう力はないのだから。
悔しいなぁ。
ラタ本人とも、配下のこの子達とも、私はまともに話せない。
「ナマエ?もう行くよー」
マルタがそう言って、私を呼んだ。
「うん。分かった」
最後にウルフの頭をもう一撫でしてから、私はエミルとマルタの所に走った。

◆      ◆      ◆

精霊ラタトスク。魔物の王。大樹カーラーンの精霊。
ラタトスクにはさまざまな肩書があるけれど、私の知るラタは、エミルの中にいる深紅の瞳の彼だ。魔物の王でもないし、精霊だなんて意識したこともなければ、信じてもいない。
ラタは決して優しくはないしよく笑うわけでもないけれど、人間らしい感情も表情も持っていることを、私はよく知っている。
私は普段から、ラタを人間として「好き」だった。
だからなのかもしれない。目の前の黒い生き物が何を言っているのか、私にはわからなかった。
「テネブラエ、もう一回説明してくれる?」
真夜中の寂れた裏路地で、宿を抜け出した私は闇のセンチュリオンに問う。
「ですから何度も申しあげているように、ラタトスク様は精霊なのです。あなたがどんな感情を抱こうと勝手ですが、恋心だけはいけません」
自分で説明してくれといったくせに、私はその先を聞きたくないと思った。
「どうしてよ!」
叫んで詰め寄っても、テネブラエは黙らない。本気で私の心を否定しにかかってくる。
「今のうちにその想いを断ち切っておかなければ、後悔するのはあなたですよ」
冷徹なほどに冷え切った言葉が、私の想いをえぐる。
恋は自由だと、私の母は言っていた。どんなことがあっても、人を好きになることは自由なのだと。私はそれを信じた。
どこかで分かっていた。いくら信じたくなくても、ラタは精霊なんだと。恋することは許されないと。
でも、母の言葉を信じたかった。私は誰に恋をしてもいいのだと思いたかった。
それがたとえ、誰かに否定されてしまったとしても。
「自由でしょ……?」
「はい?」
「恋することは、想うことは自由でしょう?」
気付けば私は、テネブラエにすがるように問いかけていた。
絞り出された声が震える。
対するテネブラエは、困惑した表情を浮かべていた。センチュリオンである彼には、きっと人間の複雑な恋心なんて理解できないのだろう。
「私にはわかりかねますが、ラタトスク様は人ではありません。あなたのしている恋は、人と人の恋とは違うのですよ」
理解できなくても饒舌に語るテネブラエは、なおも私を諭すように言葉を並べる。
人と人の恋であれば自由、か。確かにそうなのかもしれない。
母は人外の者と長く過ごしたことなんてなかったから、そして娘が人外の者に恋するなんて想像できなかったから、恋は自由だなんて言えたのかもしれない。
「ラタが人だったら良かったのに」
かなわない願いを口に出してみても、テネブラエは何も答えてはくれなかった。
ただ無機質に、思いを断ち切れと繰り返すばかり。
私は言葉を必死に呑み込んで下を向く。これ以上何を言っても無駄なら、テネブラエの言葉を論破する術を考えるだけだ。
後悔するのはあなたですよ。テネブラエはそう言った。
でも、逆に考えれば私がラタを想っていても苦しむのは私だけなのだ。
つまりこれはあくまで警告であって強制力はない言葉。
だったら。
「私は後悔しないよ」
テネブラエをまっすぐ見る。
強い意志と心で、テネブラエの言葉を全て否定し返す。
ちょっとだけ驚いたテネブラエの顔に、私は笑みを浮かべる。
そして、繰り返した。
「私は後悔しない」
そして決意を。
「私は伝えるから。後悔しないために、この想いのすべてをラタにあげてくるから」
テネブラエの返事は待たない。
言い終わって間をおかずに駆け出す。
抜け出してきた宿に走る。部屋に戻ってもそこにいるのはラタではなくエミルだと分かっているけれど。
それでもいい。エミルにでもいい。この気持ちをすべて吐き出して、後悔なんてしないとそう示せればそれでいい。
静まり返った宿に駆け込む。受付にもロビーにも人はいない。
勢いそのままに階段をかけ上げろうとした私は、ロビーの窓際に違和感を感じて立ち止まった。
誰かいる。
急いでいたはずなのに私は、その人影が妙に気になってふらりと窓に歩み寄る。
私の足音が床を叩いた。
窓際の誰かが、少しだけこちらに視線を移す。
その眼は私の求めてやまない色――――鮮やかな深紅だった。
「ラ、タ?……ラタ!」
「ナマエ?なんでここに」
困惑の浮かぶ顔。珍しくはねた声。そのすべてが彼がエミルでなくラタトスクであると教えてくれた。
そしてそれが確認できたなら、私のやるべきことは一つだけ。
月明かりが照らす窓際で、私はラタと向き合った。
大丈夫。伝えるだけだからね。
後で悔やまないために。
そうして私は、そのための一言を発する。
「好きです」

No regret(後悔なんてしないわ)
(後悔しない)
(後悔させたくない)
((好きだから))
《ラタがテネブラエに私を諭すように頼んでいたということを私が知るのは、それから少し経ってから》

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あとがき
祝、初ラタ夢!
エミルとラタトスクならラタトスク派の管理人がお送りしました。
いろいろ突っ込み所があったでしょうがご勘弁ください。
Thank you for reading!

お題はこちらからお借りしました!
annetta
ありがとうございました!Thank you for your title!



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