綻んだのはひとつだけ(TOV)


最初はただ、かっこいい人だと思った。
木刀を持って黒髪の少年と打ち合い、勝利する姿。黒髪の少年を助け起こす姿は、正義のヒーローのようで、かっこよくて。
もっとよく知りたくて、私は彼らと友達になった。
次は、優しい人だと思った。
女の私と勝負するときは手加減してくれたり、黒髪の少年が私と揉め事を起こすと、ちゃんと仲裁に入ってくれた。
もっとよく知りたくて、私は家族を捨て、彼の家に行った。
その次は、好きな人だと思った。
突然家に転がり込んだ私を手厚くもてなしてくれて、帰る場所がなくなったといった私を多少驚きながらも家族として認めてくれて、彼が好きだと泣きじゃくった私を優しく抱きしめて「僕も好きだ」と言ってくれた。
嬉しくて、私は彼が更に好きになった。

◆      ◆      ◆

それから幾年月。彼は騎士になった。
黒髪の青年と私は、あいも変わらず下町暮らし。
人助けが趣味のようになっている素直じゃない黒髪の青年は、今の暮らしにとても満足しているようだった。
でも、私は違う。私は昔の方が良かった。彼と居られた昔の方が。
「おいナマエ。俺ちょっと出かけるけど、お前はどうする?」
黒髪の青年がそう言う。
彼と出かける気にはなれず、私は椅子に座ったまま首を横に振った。
「そうか。じゃあ行ってくるな」
背を向けてドアノブに手をかけた彼に、いつもの一言を投げかける。
「うん。いってらっしゃい、ユーリ」
返事の代わりに背を向けたまま手を振って、彼は部屋から出ていった。
残されたのは私一人。
家族を捨てたあの日と変わらず、私一人。
騎士団に入るのはとても難しい。私はそれを知っていたから、一人になる覚悟でユーリと彼を送り出した。
ユーリが騎士団に失望して戻ってきたあとも、彼は騎士団にとどまって出世を続けた。今の彼がまとう白い鎧に、金の髪はよく映えていて、この間彼をたまたま見かけた私は、つい彼に駆け寄りそうになった。
今、彼と私の距離は大きく開いている。
騎士団は下町に来ることは少ないし、私のような一般人は城に入れてはもらえない。
私は今も彼が好きで、彼も私のことが好き。
気持ちは通じているのに、距離だけが私たちを隔てる。
考えれば考えるほど彼に会いたくなって、私は上着を羽織ると外へ飛び出した。
久しぶりに浴びた外の空気は、妙に冷たく澄んでいるような気がして軽く身震いした。
「あらナマエじゃない。最近見かけなかったけど、何かあったの?」
近所のおばさんが私を見て心配そうに首をかしげる。
「なんでもないんです。これから出かけるので、失礼します」
おばさんに軽く会釈をして、城の方向に向けて駆け出す。
階段を上り、貴族街を抜けて、大きな城の前にたどり着く。貴族たちが私を睨むように見てきて足がすくんだ。
警備の騎士たちは幸いなことにいなかった。原因はわからないけれど、これほど好都合なことは今の私にはなかった。
城門をくぐり、城の中に侵入する。想像していたよりもずっと綺麗な城内に、私はしばらく動くことができなかった。
だから、後ろから近づいてきた気配に気付けなかったのかもしれない。
「あの、あなた。誰です?」
肩に置かれた手と少女らしい高い声に、驚いて飛び退く。
振り向いてみると、桃色の髪の少女がポカンとした顔でこちらを見ていた。どうやら彼女が今の声と手の主らしい。
胸に手を当てて心を落ち着けながら、私は彼女を改めて見つめた。
その身を飾る豪奢なドレスは、不思議と違和感を感じさせない。貴族のお嬢様であることは一目瞭然でも、他人を見下した態度は一切感じられなかった。
この人は、今時稀に見る性格のいい貴族なのだろうか。
「あの……あなたはどちら様です?」
私はその一言で我に返り、ここに来た目的を思い出した。
そうだ。こんなことをしてる場合じゃない。
「私は下町に住むナマエっていうんですけど、あなた、フレン・シーフォの部屋がどこにあるか知りませんか?」
少女は、私の名前のところで目を丸くした。何かに驚いている様子で、しばらく私の方をじっと見つめてきていたが、自分の中で納得したのか、首を縦に振った。
「分かりました。ついてきてください」
そう言って歩き出した少女に、私は慌ててついていく。
ふと、彼女の名前を聞いていないことに気づいて、何気なく問いかけた。
「そういえば、あなたはなんていう名前なんですか?」
一瞬肩を震わせたように見えた少女は、けれども平然とした声で答えた。
「私はエステリーゼです」
エステリーゼ。
口の中でその名前を反復しながら、私は特に彼女の反応を気にすることもなく歩く。
それからフレンの部屋の前に着くまで、一言も会話はなかった。
「ここです」
そう言ってエステリーゼが指し示した扉は、どこにでもあるような普通の扉だった。いつ蹴破られてもおかしくないような、少しもろくも見える木の扉。
「ありがとうございました」
エステリーゼに深々と会釈をして、私は部屋の扉を開けた。
これからフレンに会えると思うと落ち着こうとしても落ち着けなくて、部屋の中を確認することもなく私は一歩踏み出した。
これだけの動作が、私の命をもぎ取るとも知らずに。
「えっ?」
踏み出した足に不思議な違和感。次いで不思議な浮遊感が全身を襲った。まるで全身を持ち上げて投げ飛ばされたような、そんな感覚。
気が付いたら逆さ吊りになっていて、私は宙ぶらりんの状態でエステリーゼを見下ろしていた。
「ごめんなさい」
消え入るような声でエステリーゼがそう言ったのと、騎士たちが部屋に駆け込んでくるのは同じタイミングだった。
見つけたぞ、やら、コイツが例の、やら。ざわざわと騎士たちが騒ぐ中で、私の頭は混乱していた。
フレンを探しに来ただけなのになぜ騎士たちに騒がれなければならないのか。エステリーゼはなぜ謝ったのか。そして、フレンはなぜここにいないのか。
誰かが私の後ろに回った。そのまま両の手を縛られ、目隠しをされる。視界が一瞬で真っ黒になり、思うように動けなくなってしまう。
騎士たちの慌ただしい声はやがて収まり、二つの足音が近づいてくる。それが誰なのかはわからないのに、なぜだか二つとも知っているもののような気がして、私は妙な安心感を覚えた。
誰かの手が頬に触れる。暖かくて、心地いい手。
「ナマエ……君は、罪人だったのか」
聞きたかった声が、聞きたくなかった言葉を紡いだ。
フレンの声が、私を責めるように脳に浸透していく。
「バレちゃったんだ」
意思とは別に口から出た言葉は、やけに平坦だった。
そのまま笑い出してしまいそうになったので、代わりの言葉を投げる。
「なんでユーリまで捕まえたの?」
「見えてるのか?確かにユーリはここだが」
フレンは多少驚いたような声を上げると、鎖が擦れるような音を立てた。
同時に、呻くような声が漏れる。
「君を城に連れてくるように言ったのに、それを無視したからかな」
その言葉に、私は愕然とした。
こんなのはフレンじゃない。私の知っているフレンは、どんなになってもユーリや私を傷つけなかった。
こんなことを言うのは、フレンじゃない。
頭に血がのぼってきたのか、思考が思うようにまとまらなくなっていく。
「私の罪に気づいたの?」
完全に意識が落ちる前に、私はフレンに問う。
自分でも、馬鹿だと思った。気づいていないわけがないのに。
「ああ。君は何の罪もない自分の両親を、殺した」
疑問でなく確信を持って告げられたその言葉に、私は覚悟する。
きっとエステリーゼは、私が罪人であることを知っていた。だからここに罠があることを知っていて私をここに連れてきたんだ。だから私の名前を聞いて驚いたんだ。
城門前の騎士がいなかったのも、私の捜索に出ていたとすれば納得がいく。
これはきっと、裁きの前に立たされた私に対する、最後の幸福。
たとえ見えなくても、死ぬ前に恋人に会えるという最後の幸福なのだ。
「そう、そうよ。分かってるなら殺して?私とあなたの糸は綻んだ。もう私たちは……恋人同士なんかじゃない」
赤い糸はもう役目を成さない。私は知っている。粗い結び目には、綻びが出来やすいことを。
私は、知っている。
たとえ綻んだのが一部分だけでも、糸はほどけてしまうことを。
「殺して?まだ私があなたを好きだと思えるうちに」
最後の願いを、フレンに託す。
私がまだ、自分が死んだと理解できるうちに殺して欲しい。
頼むから。お願いだから。
「っ……分かった」
肯定の言葉が耳に届いて、フレンがこちらに歩み寄ってくる。
ユーリとエステリーゼが何か言っている。きっと私をかばってくれているんだろうけれど、今の私には何も聞こえなかった。
やっと死ねる。その感覚だけが、私を支配していた。
「さよならだ、ナマエ」
フレンが剣を抜く音がして、見えないのに目の前に剣が掲げられているのかわかった。
ああ、お願いフレン。未練など残らぬほど無残にでいい。私とそのほころんで解けた赤い糸を、切り刻んで。
「ええ、さよなら。フレン」
私がそういうのと同時に、フレンの剣が私を切り裂いた。
ああ、もうあなたが何を言っても聞こえない。聞こえないはずなのに。
一つだけ聞こえた声があった気がした。
もう満足。私はそこで、命と運命と意識を放棄した。
ゴメンネ。サキニシンジャッタ。

◆      ◆      ◆

「ねえ、あなたは私より先に死ぬのとあとに死ぬのどっちがいい?」
花畑で花冠を作りながら、少女が少年に問う。
少年はしばらく青い空を眺めてから、目を伏せて静かに答えた。
「先が、いいな」

んだのは一つだけ
(あなたより先に死ぬなんて)
(君よりあとまで生きるなんて)
((ああ、綻んだのは一つ、事象の真偽だけなのに))
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あとがき
うん。いろいろ考えた結果、うちのサイトはこういうどこか暗い話がどうも多いようですね。
最終的にどちらかが死んだりとか、どちらかを殺したりとか。
そろそろちゃんとほのぼの書きたい。
というわけで精進します……。
Thank you for reading!

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