Eden in the film(TOX2)


思い出は時に、心を壊す。

◆     ◆     ◆

私はいつか、一人になるのだろうか。
「ナマエー!」
こちらへ駆けてくるツインテールの少女を見ながら、少女の通う学校の門前でぼんやりとそう思った。
あの凄惨なオリジンの審判から、もう5年の歳月が流れた。
かつての仲間たちの今は、あの頃から随分と変わってしまっている。
ジュードはオリジンの実用化まで後一歩のところまでこぎつけている。21歳になった彼は、今年であの青年の歳を追い抜いてしまった。
アルヴィンは立派なおじさんになってしまったが、商売は軌道に乗り稼ぎもいいようだ。彼によると31歳はまだおじさんではないらしい。
レイアは駆け出しの新聞記者からそこそこ名の売れた新聞記者に昇格し、新聞でもよく彼女のものと思われる記事を見かけるようになった。ジュードと同い年の彼女は、今も猪突猛進なところが治らないらしい。
エリーゼは学校の先生になるべく勉強中だ。ローエンに様々なことを教えてもらっていた18歳になった彼女は、学校でもトップクラスの成績を誇っているのだと、彼女と定期的に連絡を取っているローエンから聞いた。
そのローエンは今年で宰相の座を信頼できる者に譲り、隠居することを決めたらしい。「68のおじいちゃんはそろそろ身を引くべきでしょう」なんて冗談っぽく言うものだから本当に冗談だと思っていた。彼の隠居生活が幸せなものになることを切に願おう。
一国の王であるガイアスは、5年前と何も変わっていない。相変わらず無表情でクールで、機械音痴だ。38歳の機械音痴な王様は、今日も外交に大忙しだろう。
そして私はといえば。
「ナマエ!」
駆けてきたツインテールの少女、エルを抱きとめる。
私は今、彼女の世話とエージェントとしての仕事に追われている。
将来の夢はエージェント、という今時珍しい女の子であるエルと一緒にいるのは、とても楽しい。彼女と送る毎日が、私にとって柔らかく暖かい時間であるのだ。
「エル、今日の夕飯何がいい?」
「カレー!エル、辛めのがいいな!」
「分かった。買い物行こっか」
料理の話をすると目を輝かせるところは、やはり彼の娘だなと思う。
一瞬彼の姿がエルの姿に重なって見えて、私は慌てて首を振った。
彼はもうこの世にいない。知っていながら彼の面影をこの少女に見てしまうのは、私の悪い癖だった。
エルは先程とは一転した心配そうな表情で私を覗き込んだ。
「大丈夫?ナマエ」
小首をかしげる彼女に、私は無理に笑顔を作って頷く。
「大丈夫大丈夫!さ、買い物に行こう!」
笑顔をうまく作れていた自信はない。
それでもエルの表情は一瞬陰りを見せただけで、いつもの太陽のような子供らしい笑顔に戻った。
「おー!」
拳を突き上げる13歳の少女の姿は、やはり彼女の父親である彼の姿にダブって見えるのだった。
彼女の手を引いて、学校の門前から早足に店の並ぶ大通りに歩く。
八百屋、肉屋、香辛料。今日はどれから見てまわろうか、なんて考えていると正面から聞きなれた声がかけられた。
「おぅ、ナマエにエルじゃねぇか!久しぶりだな!」
そう言って気さくに手を上げてきたのは、無精ひげがもはやさまになってきているアルヴィンだった。
「アルヴィン!」
エルは嬉しそうに叫ぶと、アルヴィンに飛びついた。
その頭がアルヴィンのみぞおちにクリティカルヒットし、アルヴィンの顔は痛みに歪んでいたが。
「お、おお、エル。元気そうで何よりだ……ナマエも、元気そうだな」
いきなり話を振られて、私はとっさに顔に笑みを貼り付けて言葉を返す。
「うん。アルヴィンも元気そうで何よりだね」
分かりやすく陰ったアルヴィンの表情と視線が痛くて、私は話題を逸らそうとあがく。
エルの視線はアルヴィンに向いているようで、私は少しだけ安堵した。
「今日、夕飯カレーなんだけど食べに来る?」
私がそう言うと、アルヴィンは先程までの曇った表情から一転、とても嬉しそうな顔をして首を激しく縦に振った。
どうやら来るらしい。
「アルヴィンもカレー食べに来るの?」
エルはアルヴィンのみぞおちから顔を上げると嬉しそうに声を上げる。
アルヴィンが頷くとエルは手を挙げて喜んだ。
「ごめん。買い物してくるからエルお願いね。先に帰ってていいから」
アルヴィンに部屋のスペアキーを渡しながらそう言って、返事を待たずに八百屋に向かう。
きっと彼ならエルを見ててくれるだろう。
結局私が買い物を終えた時には、日もすでに傾き、赤い夕焼けが道を照らしていた。
ぶらぶらと帰り道を歩く。一人の帰り道は気楽で、少し寂しかった。
すれ違うのは親子連れかカップルばかりで、一人なのがとても寂しく思えてくるのだ。
なるべく誰とも視線を合わせないようにうつむき加減で歩く。
ふと腕につけた時計を見て、エルとアルヴィンが待っていることを思い出し、帰り道を足早に歩いた。
人の合間を縫ってやっとたどり着いたマンションに駆け足で入り、エレベーターの扉が開くまでの間ももどかしく、その場で足踏みをする。
やっと扉の開いたエレベーターに乗り込み、自分の部屋がある階で降りる。
たったそれだけだ。おそらく10分もかかっていないだろう動作に、恐ろしいほど長い時間を使った気がした。
カードキーを差し込んで部屋に入ると、耳慣れた声が迎えてくれた。
ああ、やっぱり私はこの瞬間が一番安心する。
「おかえりナマエ!」
エルがそう言って飛びかかってくるのを軽く抱きとめて、アルヴィンにも声をかけた。
「ありがとね」
「いや、お前のカレーが食えるならお安い御用で」
笑ってそう言う彼に、私もつられて笑ってしまった。
そのままもう一度彼にエルを預けると、台所に向かう。
買い物袋を脇に置いて、エプロンを付け、まな板と包丁を準備する。鍋も出して、カレーを料理する準備を整える。
ふと、この包丁で命は切れるのか、そう考える。
手元にある鋭く光る包丁を見ながら、命はどうすれば切れるのか考える。
命の切り方は人それぞれだ。とても高いところから飛び降りて衝撃を使って命を切る人もいれば、たくさんの血を流して命を圧迫して切る人もいる。昔この台所に立っていた彼は、愛しい娘と世界のために命を引きちぎった。
「だめっ!」
不意に手を握られて、思考が途切れる。
そして、その握られた手が包丁を持ったまま首元に突きつけられていたことに初めて気付く。
「ナマエ、なんで包丁なんか……」
エルの涙目が私を見つめてきて、初めて私の手を握っているのがエルだということに気がついた。
本心では思いっきりパニックに陥っているのに、頭は冷静にできごとを処理する。
視界は一瞬で暗転して、私は意識を失ったように感じた。
ふと気がつくと、私は人参を切っていた。どうやらエルをなだめすかし、料理に集中することにしたらしい。
他人事のように考える頭は馬鹿らしいとも思ったが、実際気を失ったかのように思えた感覚のあとのことは全く覚えていない。今もまた、他人事のように物事を見ている自分がいることに、私はそれとなく気付いていた。
気付いて、いたのに。
それでもやっぱり、他人事のように物事を見る私は消えなくて。
視界はまた、真っ黒に潰れた。
気がつけばまた、台所に立っていた。
今度は手に水が当たる感覚がある。どうやら夕飯は食べ終わった後らしかった。
背後からはエルとアルヴィンの楽しそうな声と、おそらくテレビのものであろう音声が絶え間なく聞こえる。
それは常日頃から聞こえるものであるのに、今日はうるさいほどに脳に響いた。
ここに立っていた彼も、時折こんなことを考えたのだろうか。
目の前に彼の姿が浮かんで、また脳が景色を他人事のように写し始める。
心が不安定になってしまっているのか。冷静な頭はこの状況を理解しようとするけれど、私の体も心もそれについていけない。
苦しい。まるでゆっくりと首を絞められているみたいに。
助けて欲しい。助けて欲しい。助けて欲しい。
助けてたすけてタスケテ……。
また意識がゆっくりと闇に染まる。今度は明確に全てが失われていく。
それが全部、気持ちよくて。
楽に、なれた気がした。

◆     ◆     ◆

気がつけば私は、自分の部屋のベッドにいた。エルとアルヴィンの声も、テレビの小うるさい音声も聞こえない。どうやら今は深夜らしかった。
よく耳をすませば、アルヴィンのいびきが聞こえてくるような気がした。
大きないびきがそのままおじさんですという感じで、私はくすりと笑った。
それから、窓から月を眺める。
5年前に空に浮かんでいたあの不気味なオリジンの住まう地は、今はすっかりその姿を消していた。
あそこで、私たちは彼を失った。
私の心が不安定なのはいつも近くにいた彼がいないからなのに。
今は会えないことが、ひどくもどかしい。
「ルドガー……」
会いたいよ。会いたい。
彼がいてくれたら、きっとこんな不安定な心も救ってくれるのに。
今はもう、会うことすらできない。
それがひどく、辛いんだ。
「ルドぉ……」
いつも使っていた愛称を呼んで、彼を求める。
ルド。彼が生きていた時に、数え切れないくらい呼んだ名前だ。
呆然とその名前を呼びながら、私はベッド脇に置いてある写真を手に取った。
そこには、私とルドガーとエルが写っている。背景はリーゼ・マクシアのイル・ファンに夜景だ。
ああ、幸せだった。この写真の中の日々は、陽だまりのように暖かかった。
ルドガー。あなたがいるだけでこんなに満たされていた。
「会い、たい」
今は写真の中にしか、私の楽園は残されてはいないけれど。
私は写真を服のポケットに入れると窓を開け放ち、静かに窓枠に手をかけた。
窓の外は真っ暗で、澄んだ冷たい空気が頬を撫でる。
これからあなたに。
「会いに、いくよ」
澄んだ空気の中に身を投げた私は、近づいてくる地面を眺めながら、呆然と思いを巡らせた。
これでやっとルドガーに会える、とかエルには申し訳ないかなぁ、とか。
これで私は、一人になるのかなぁ、とか。
目前まで迫った地面を見て目を伏せ、痛みに対する覚悟を決める。
あと少しで、絶望的なまでの痛みが襲ってくるはずだった。
でも、いつまでたってもその痛みは襲ってこない。
恐る恐る目を開けると、目の前にあったはずの地面はさっぱり消えていて、何もない空間が広がっていた。
何が起こったのかわからなくて、私は混乱した。
真っ白くて何もない空間。
ここがどこなのか。考えて、考えて考えるも、何も思いつかず両足をじたばたと動かす。
「ここどこなの!?」
分からない。
「ここは、死と生の狭間だ」
「えっ?」
聞こえるはずのない懐かしい声が、降ってきた。
思わず口から出た間抜けな声は、しばらく宙をさまよった。
「久しぶりだな、ナマエ」
声のする方向を見ると、見ることができないはずの彼の姿が浮かび上がった。
しばらく声が出ないまま、じっと彼を見つめる。
彼はまぎれもなく、ルドガー・ウィル・クルスニクだった。
「久しぶりって……」
言葉をなくす私に苦笑して、彼はまた口を開いた。
その声が、なんとなく私を落ち着かせる。
「本当はゆっくり話していたいんだけど、時間がないんだ」
その内容は、とても残念なものであったけれど。
ルドガーと話せるならそれでもいいと思い、私は頷いて先を促した。
「俺は、お前が死ぬことを望んでない。俺にとってお前が生きている世界が楽園なんだ。そう、言い伝えの中のカナンの地みたいな……おとぎ話の中のエデンの園みたいな」
「私だって、ルドのいる世界が楽園だよ。でも、私の世界にルドはもういないじゃない」
私が言葉を返すと、彼は目を伏せて小さく頷いた。
「そうだな」
その顔がとても悲しそうで、私は言葉を返したことをひどく後悔した。
そんな顔が見たいんじゃない、私と一緒に笑って欲しい。
できることなら、このままずっとここで一緒にいたい。
そんな私の願いは、結局届かなかった。
「ごめんな。もう行かなきゃいけない」
ルドの悲しそうな顔が、目に焼き付く。
そのまま姿が遠ざかって、私はまた会えなくなってしまうことを確信した。
とたんに涙が溢れて、体が勝手に泣き叫ぶ。
「ナマエ……お前の心を救えなくてごめん。でも、忘れないで欲しい」
ルドの姿が完全に消える寸前、光の洪水が私を襲う中で、彼の最後の声を聞いた気がした。
「ナマエと俺のエデンは、写真の中に残ってるだろ?」

◆     ◆     ◆

澄んだ冷たい空気が頬を撫でる。
どうやら私は外にいるようだった。
「ルド……」
不思議なことに心は穏やかで、不安定さなど微塵も感じない。
もう、死のうなんて思わなかった。
きっとルドガーに会えたからなんだろう。まるで窓から飛び降りたときのことが夢のようにすら思えてくる。
彼の最後の言葉は、穏やかで優しくて。
服のポケットに入れた写真を取り出して眺める。
まるで楽園そのもののようなその写真の中の光景は、私と彼が唯一同時に存在できる真の楽園なんだと。
きっと彼は、教えてくた。
暖かい涙が私の頬を伝う。それは悲しい涙じゃなく、嬉しくて仕方のない涙だった。
そう、私と彼の楽園の場所が分かったから。
「エデンの園は、フィルムの中に……」
つぶやいた私の声が、ルドに届いていますように……。

Eden in the film
(思い出は俺にとっては暖かく)
(私にとっては辛いもの)
((でも私(俺)たちのエデンはフィルムの中に確かにあるんだ))
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あとがき
意味不明言語♪
意味不明短編だった……文章がこんなんでごめんなさい。反省してます。
いつも読んでくださる方にはホントに感謝してます。
ありがとうございました!
thank you for reading♪

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