扉を開ければ(TOV)


太陽が照りつける昼間の帝都下町の自分の家の部屋は、まさに地獄だ。
秋晴れの空は憎らしいほどに晴れ渡っていて、椅子に座っているだけでも暑さでどうにかなりそうだった。
「あーつーいー」
思わず間延びした声を出したナマエは、目の前の机に突っ伏した。
美しい秋晴れの空、普通ならハイキングかピクニックか楽しむところだが、フレンのいない状態でそんなことを楽しめるはずもない。
ちなみにフレンは絶賛お仕事中である。騎士団は忙しい。
ユーリもその辺にはいないし、一緒に出掛けられるほどの仲の知り合いが多いわけでもない。近所の子供たちと遊ぶ元気も、今のナマエには残されていなかった。
暑いのは我慢できるし、暇なのも我慢できる。しかしナマエにとってはフレンがいないことそれ自体が問題なのだ。由々しき事態である。
頭を抱えてひとり悶々と時間を過ごす、こんな日は久しぶりだった。
「フレンが足りない……」
なんて痛いセリフなんだ、とか誰かに突っ込んでほしくてもこの部屋には誰もいない。
いつもならフレンがいるナマエの隣の椅子は、まるで誰もいないことが当たり前だったかのようにそこにあった。
あまり強くない風がカーテンを揺らし、わずかな涼しさを運んでくる。
ここにフレンが居たらいいんだけどなぁ。
ナマエは椅子から立ち上がり、寝室に向かった。
今までいたリビングと隣接する扉をくぐり、誰もいないそこを見て小さくため息を漏らす。
ひとりで寝るには多少広すぎるベッドに、うつぶせにダイブする。
昼寝する気分にもなれずに、ゴロゴロと寝返りを打っていると、床に落ちた白い紙が目に付いて、ナマエはベッドの上で首をかしげた。
「なんだろ、これ……」
身を起こして拾ってみると、どうやら二つ折りにしてあるようで、内側には何か文字が書き込まれていた。
3文字の簡単な言葉は、思わず首をかしげたくなるような内容で、ナマエは思わずそれを口に出して読み上げる。
「机の下?」
机の下を見てみなさい、という意味だろうか。
一体これがなにを意味しているのか分からないまま、促されるままに、ナマエはリビングに戻った。
風が揺らすカーテンを見て、そういえば窓を開けっぱなしだったな、と思いながら、閉めることもせずに机の下をのぞいた。
リビングにある机は、食事用にあるちょっと高さのあるテーブルだけ。狭い家の中に机なんて数えるほどしかないから、ここが間違っていても探すことにそう時間はかからない。
ナマエはそう一人納得して、テーブルの下を探った。
高さのあるテーブルの下は、身をかがめて四つん這いになれば楽に移動できた。
手探りで床の上を探せば、何か木とは違う材質のものが指に触れた。
手元に引き寄せて見てみれば、先ほどと同じ白い紙が。
二つ折りにしてあるそれを開けば、また簡単な言葉が書いてあった。
「玄関前の植木鉢……」
確かにナマエの家の玄関前には一つ植木鉢が置いてある。
大きな木を植えているわけでもないし、平凡な茶色の植木鉢だ。
今度はそれを見て見なさい、ということなんだろうか。
机の下から這い出したナマエは今度は玄関のほうに小走りで向かう。
大して大きくもない玄関には、いつも通り平凡な植木鉢があって、いつもは気にも留めないそれを今日はゆっくりと眺めた。
緑色の葉を生い茂らせたそれは、そろそろ寿命なのか葉の先のほうが茶色く枯れ始めている。
植木鉢をどけてそこに当然のようにある二つ折りの白い紙をまた開き、その内容に目を通した。
だんだんとパターン化されてきた紙の内容を見ると、案の定そこには短い言葉が。
「雑貨屋の横……ね」
玄関の鍵をかけると、ナマエは雑貨屋に向かって走り出した。
すれ違う人々は帝都の下町に住むフレンドリーな人々。手を振ったりしてくれているが、今のナマエはそれにこたえる余裕もない。
雑貨屋というと、ギルド・ド・マルシェの帝都店のことだろうか。そうだとするとどんどん城のほうに近づいて行っている気がする。
このままいけばフレンにあえるかもしれない。
そんな期待がナマエの足を加速させていた。
雑貨屋に着くと、いつもの店員が客寄せをしている。ナマエは旅人風の男が雑貨屋に立ち寄ったところを狙って、接客している店員の横をすり抜けて店の横にある花壇やらなんやらをとにかくあさった。
そして土を浅く掘ったところで、指に触れた感触に手を止めた。
「またこの紙か」
いい加減飽きてきたぞ、という言葉を飲み込んでナマエは二つ折りの紙を開き、文字に目を通す。
「水槽?」
今までで一番謎の多い言葉に、ナマエは再度首をかしげた。
水槽なんて探せばいくらでもある。さっきの雑貨屋にだってあったかもしれないし、もしかしたらナマエの家の近くにあったかもしれない。何処にある水槽なのか皆目見当もつかない。
「どういうこと……?」
いったいどこを探せばいいのか全く見当がつかないまま、ナマエの足は自然と自分の家のほうに向かっていた。
誰かが仕掛けた言葉遊びにかけたわずかな期待は、結局幻想のまま終わってしまった。
気が付いて足を止めた時には、ナマエは自宅のある下町に戻ってきていた。
「もう帰ろ」
いつの間にか日も傾き始めていて、ナマエは諦めたようにつぶやいた。
きっとこれ以上探しても何も出てはこない。ちょっと子どもの遊びに付き合わされただけだろう。
自宅の玄関を開けようとドアノブに手をかけたところで、ナマエは頬にあたる冷たい感触に空を見上げた。
いつの間にか秋晴れの空は灰色に染まり、大粒の雨を降らせくる。
「泣いても……いいよね」
その雨に紛れるように、ナマエは目を潤ませる水をこぼして泣きじゃくった。かけた期待を裏切られた、なんて子どもっぽい理由ではあっても。
涙と雨がまじりあって、ナマエの足元に少しずつ水たまりを作っていく。
誰もいない下町の道に、小さな子どものようなナマエの嗚咽だけが響いていた。

◆       ◆       ◆

ナマエが家に入ったのは、結局夕方になってからだった。
がらんとした家の廊下を歩く。足音が静かに響いていくのを聞きながらやっぱり一人だと思い直した。
リビングに続く扉に手をかけて、その扉の向こうに気配があるのに気が付いた。
「あれ、鍵……なんで開いてたんだろ?」
鍵を閉めたはずの玄関が抵抗なく開いたことをいまさらに疑問に思いながら、ナマエは思い切ってリビングの扉を開け放った。
「あれ、お帰り。ナマエ」
そして聞きなれた声に固まった。
「……え?フレン?」
「うん。お帰り」
そこにいたのはナマエの恋人、フレンその人で。
ナマエはフレンに駆け寄ると助走もなしに飛びつき、その胸に顔を埋めて再び泣き始めた。
突然のことについていけないフレンは目を白黒させながらも、ナマエを抱きしめて髪を梳く。
「やり方が回りくどいんだよ、フレンは」
「うん。ごめん」
ナマエは涙をふくと、フレンにすり寄った。
「フレンがいないと、足りないんだから……」
「僕も……ナマエがいないとダメみたいだ」
雨が止んで、窓から赤い日差しが差し込む。
部屋を出た時にはなかったはずの、真新しい金魚鉢の水に「愛してる」の文字が揺れた。

扉をければ
(そこにあるのは君のぬくもりでした)
(そこにあるのは君の心でした)
((君がいないと、足りない))

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あとがき
三人称視点に挑戦した結果がこれです。
なんかもう、撃沈ですね。
初フレンでした!ありがとう!
thank you for reading!

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