テストが終わって夏休みになるといままで以上に部活一色だと聞いていたとおり、荒北くんは早朝から晩まで自転車に乗っているようだった。テストが返ってきたときに電話をくれた荒北くんは、今までで一番いい点数と順位だと喜んでいた。そのときに「会えねーけどメールくらいは出来るだろ」と言ってくれて、たまにメールと電話をしている。
 それがとても嬉しくて、最初に会ったときよりすこしだけ仲良くなれている気がした。荒北くんの態度が変わらなくて、あんまり実感できないけど。

 ──空が青い。暑くてじっとしてるだけでも汗がでてきて、夏のにおいにタイヤのゴムやアスファルトが焼けるようなにおいが混じる。インターハイが、まさかこんなに大きいものだとは思わなかった。どこかにいる荒北くんに会うことは出来ないけど、自転車に乗っているところが見れたらじゅうぶんだ。
 朝早くに届いたメールには、行ってくるとだけ書かれていて、荒北くんらしくて寝ぼけたまま笑ってしまった。荒北くんおすすめのポイントまで移動して、脱水症状とか熱中症に気をつけて応援しよう。



・・・



 どうしてサンダルなんかはいてきたんだと悔やんだ。ブラウスが汗まみれになってもスカートが汚れるのも気にせず走る。まわりの人に聞いてなんとか見つけた救護テントのまわりから流れるラジオは、もうすぐ優勝が決まりそうだと言っていた。
 運ばれてしまった荒北くんが無事かどうかだけ知りたくて、そっとテントを覗き込む。そこにはベッドから起き上がった荒北くんがいて、思わず力が抜けた。起き上がれるほど元気で、本当によかった。



「……名字サン?」



 そっとテントをあとにしようと思ったのに、あっさり見つかった。ぼろぼろの髪と服のまま、とりあえず愛想笑いをする。汗をかいてるし息はまだ荒いし、あまり見つかってほしくなかった。



「荒北くんが気になって……起き上がれるならよかった。お邪魔してごめんね」
「あそこからここまで、走ってきたわけ?」
「うん」
「ゴール放っといて?」
「そりゃゴールは見たかったけど、私が見に来たのは荒北くんであって……あの、かっこよかったよ。それじゃ」
「待てヨ」
「なに?」
「ちょっとそこらへんで待ってろ」



 よくわからないけど、特に用事もないので頷いた。

 近くにあったトイレに入って汗をふいて髪を梳かしてなんとか見られる姿になったころ、インターハイ総合優勝がソーホク高校だと放送がかかった。箱学じゃないことに驚いてかたまって、慌ててトイレから飛び出す。何度放送を聞いてもソーホクという聞いたことのない高校の名前で、目の前が真っ暗になった。
 ふらふらと救護テントの近くまで行くと、少しよろめきながらもしっかりした足取りで出てくる荒北くんが見えた。慌てて駆け寄って体を支えると、体重がかけられた。抱きつかれるというより支えているような、そんな体勢。



「結果、聞いたか」
「うん」



 荒北くんはなにも言わない。まわりは優勝が決まって騒いでいるのに、私たちのまわりだけ空気が違うみたいだった。
 お互いに体重を預けて支えあって、荒北くんの背中に腕を回す。荒北くんは、振り払わなかった。



「……オレを見に来たんだろ?」
「うん」
「何位でもいいんだっけ」
「そんなこと……」



 そんなこと、ない。前だって、勝ってほしかった。そう思うのは当たり前だ。
 今回だって、勝ってほしかった。勝って荒北くんが喜んでいる姿を見たかった。こんなに感動した大会を、喜びで締めくくりたかった。



「オレ……」



 それっきり荒北くんは口を噤んで、ただ黙って私にもたれかかっていた。荒北くんみたいにスポーツに打ち込んだことのない私がその気持ちをわかるはずもなくて、黙って支える。
 力の入らない手でジャージを掴んで、荒北くんの肩ごしに青空を見上げた。空は、すこし憎らしくなるほど高く青く澄んでいた。

 しばらくして、荒北くんがそっと離れた。手を離して、なにも言えずに見上げる。



「帰る。後輩をひとり放って来てるしな」
「──うん」
「んじゃ」
「あ、荒北くん!」
「なァに?」
「私……待ってるから。荒北くんの心の整理がついて、連絡くれるの……待ってる」



 荒北くんはすこししてから頷いて、背を向けて去っていってしまった。なにも出来ない自分がはがゆくて、すごくちっぽけになってしまったような気がした。



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