翌週の水曜日、待ち合わせした図書館に行って適当な席に座った。荒北くんと同じく私もテスト期間に差し掛かっていて、すでに3つのレポート提出が言い渡されている。テストがない代わりにレポートなんだけど、テストとどっちが楽かというとどっちもどっちだと思う。
 レポートに使えそうな本を数冊持って席に座って、パソコンを開く。さて、荒北くんが来るまでできるだけ終わらせよう。



・・・



 キリのいいところまで書いてかたまった首を動かして、本とパソコンを往復していた目を休ませる。このレポートはまだ簡単だから、頑張れば今日中に終わらせることができそうだ。
 伸びをしてから前を見ると、そこには勉強している荒北くんがいた。固まる。



「終わったァ?」
「荒北くん! いつからそこに?」
「声でけーぞ」
「あっ、ごめん」



 慌てて口をふさいでから時計を見ると、四時半だった。さっき来たという荒北くんの言葉に、今度はそこまで待たせることがなかったらしいと安心する。
 荒北くんはシャーペンを置いて教科書をこっちに押しやってきた。見てもいいらしい数学の教科書をぱらぱらとめくると、私の知っている範囲だった。これで教えられなかったら荒北くんに悪い。



「暗記物はテストにでるとこまとめてきた。暗記はできるからいけるだろ。理科は……まぁギリ。問題は数学だ。福ちゃん以外につまずいた問題を聞く相手がいねー」
「どこまで復習してきた?」
「だいたいは」
「よく頑張ったね。インターハイのためにもうすこし頑張ろうね」
「……おー」
「さきに二回引っかかった問題だけ書き出しておいてくれる? 荒北くん専用のテスト作るから」



 荒北くんが教科書を見てノートに問題を書きながら、ときおり私を見る。本を読むのをやめてどうしたのかと尋ねると、荒北くんらしくない、歯切れの悪い言い方で尋ねてきた。



「名字サンさァ……なんでここまでするわけ? ひったくりとか迷子とか、もういいだろ。差し入れとかもらったしな」
「今こうしてるのは、そんな理由じゃないよ。荒北くんと一緒にいたいだけ」
「なんで?」
「なんでって……」



 そう聞かれると、はっきりした答えが言えずに口ごもってしまう。荒北くんのことを考えるといろんな感情が入り混じって、一言で「こうだ!」と言える形に定まってくれないのだ。
 うなる私の答えを待っている荒北くんに、いまの状態で言えることだけすくい上げて口にした。



「一緒にいたいから」
「……答えになってねェよボケ」
「えー、そうかなあ」



 つまずいた問題を書き終えたのか、ノートをちぎって差し出される。それを受け取って教科書で軽く確認してから、自分のバッグからルーズリーフを取り出した。
 問題の数字を変えたものを書き写し、違うルーズリーフに答えを書いていく。引っかかりやすいところには説明も書いて、荒北くん専用テストの完成だ。



「このテストをして、間違えた問題をまたノートに書いてテストを作ってね。全部解けるようになれば、苦手じゃなくなってるはずだから」
「わかった」
「このままいけば、赤点はなさそうだね。成績もよくなるかも」
「それはねェよ」



 あまりにも荒北くんがはっきり言うものだから、驚いて見つめる。たしかにずっと勉強していた人には敵わないかもしれないけど、荒北くんは頭は悪くなさそうだ。一回言えば自分で考えて答えが出せるし、苦手なところがはっきりしているから対策もたてやすいのに。



「……一年のときちょっと荒れてたから。厳しくてよ」
「あ、元ヤンだもんね」
「ッハァ!? なんで知ってんだよ!?」
「立川さんから聞いて……ご、ごめん?」
「……いつから?」
「差し入れに来たあとかな」



 荒北くんが頭を抱える。なんだか悪い気がして、必死にいいことを言おうとした。けどなにも思いつかずに、結局は手を上げ下げするだけで終わるという、なんとも情けない結果になった。



「……で?」
「え? な、なに?」
「オレが怖くねーの」
「んー……怖いとは思ったことないな。元ヤンがスポーツに熱中してレギュラーになるなんて、少年漫画の主人公みたいでかっこいいよ。それに荒北くんは、私を二回も助けてくれた恩人だもの。怖いどころか、ヒーローだよ」
「……っせ。褒めんな、バァカ」



 声にいつもの覇気がないのを伝えようとしたけど、すこし見える耳がほんのり赤かったから黙っていることにした。こういうところは高校生っぽくて、とても可愛いと思う。
 荒北くんは下を向いて顔を隠していたけど、すこししてから顔を上げた。そのときにはもういつもの顔に戻っていて、すこし残念だった。可愛かったのに。

 それから私の授業がつまっていない日は、図書館で一緒に勉強することになった。会うのがふつうになってくると、知らない荒北くんが見えてくる。定位置のようなものも出来て、涼しい図書館でギリギリまで勉強するのも楽しかった。
 テストが終わると夏休みに入って、荒北くん最後のインターハイが始まる。それが楽しみなようで、その時が来るのがすこし怖かった。



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