【事件簿】


『ホームズと探偵都市20』




 物思いのほとんどが気を落ち着かせるものでなく、自分を責めたり他人を責めるのに使われるから困る。

 私は無駄にした時間を振り返らないようにした。こちらが何をどう考えようとも外からは見えない。単純な事実だが私は失念していた。

 探偵を話し相手として酷使してきたのだから、当然の報いだ。

 私は言われた通りに覚え直そうと、いじり始めたコンソールに見切りをつけた。調子が出ないのは確かに慣れていないだけだろう。道具のせいにしても始まらないが、適度な諦めも肝心だ。

 電話口にはSPディテクティブ社の履歴ばかりが残っている。あれから日に何度か連絡をしたが、シドニーは一度も出なかった。ポロネーズ探偵が入れ替わり立ち替わり相手をするのだが、その度に私はため息をつくはめに陥っていた。秘書タイプは本社の顔なため、かなり知能が高い。

 あの事務員の女性と話がしたくなった。彼女が代わりにうちの担当を受け持ってくれれば――ただしそれは禁断の実力行使、権力の無駄遣いを意味している。

 私は頭を整理した。SP社に顔が利くのは一人だけだ。以前は忙しさを理由に、断られた。よって間に入る男を説き伏せる手間がいる。

 私は短縮番号でアマゾンに連絡をした。彼はすぐ出たが、無表情だった。

「こちらは留守電ホログラム。ただいま忙しいのでテレフォンには出られません。ホイッスルの合図が鳴りましたらご用件を30秒でどうぞ」

 私は黙って耳をふさいだ。ホイッスルとはヤード笛と呼ばれる危険警報器だ。部屋中に鳴り響く音の反響が長い間続いた。かなり長い。ようやく終わったかと画面を見れば、留守電自体が終了していた。

 私は暗い画面に一瞬滅入りそうになった。試練の法則は滝修行だけではない。我々は日々滝に落ちるか、とどまるかの選択を迫られている。やるしかなかった。

「こちらは留守電ホログラム――」

「嫌がらせか」

 返事をしない。アマゾンはよりポロネーズ探偵らしさに溢れてきだしたなと私は思った。シャーロックの我がままさとは似て非なるものだ。

 彼は観念したのか、咳払いをした。「閣下はたいそうお怒りのご様子です。日を改めることをお薦めします」

「あっちもこっちも先がないのだ。私が気に入らないのはわかった。機嫌取りをしてくれとも頼まん。私と君の仕事をやり遂げるために、取り次いでもらいたい」

 アマゾンはまだ迷っているようだった。私は畳み掛けようか、口を閉じるべきか悩んだ。そして言った。

「シャーロックとおまえの件も聞いてみよう」

 彼はすぐには動かなかった。耳が赤い。生理的反応など機械には組み込まれていないはずだ。私は疑問に思った。

「どうしてシャーロックなのだ? どうして? なぜ?」

 答えがない。アクセスを閉じようと、指を伸ばしたところで返事があった。「善処しますがお繋ぎできるかお約束できません。昼までにこちらから折り返します。私の要求は忘れてください」

 私は口を開きかけたが、画面は暗くなった。反応の意味を考えても始まらない。

 部屋の中を歩きまわる私に、いつの間に戻ってきたのかワットソンがついて回った。起きがけの爽やかな気分はどこへいったというのか。

 私は床に座り込んだ。装飾華美な絨毯の色は、私の好みではない。ワットソンは膝に乗ってきた。

「なあ――あの融通の利かない奴の、どこがいいのやら」

「私のことですか」シャーロックだった。手にはタブレットと珈琲ポットを持っている。「失礼しました。よく眠っていらしたので……今朝は整備士の調査に立ち会っていました」

 ワットソンは変な鳴き声で応えた。私は気まずい思いを振り払った。

「アマゾンが会いたがっている。JBに掛け合って時期を決めようと思うが、異論はあるか?」

 シャーロックは言った。「ええ。わかりました――どうかしましたか?」

「もっとないのか、こう、その」

 私はワットソン犬の前肢を掴み、右に左にやってみせた。彼はにこりともせず、無反応だった。

「淡泊なやつだ」

 シャーロックは机にポットを置いた。「何か誤解なさっているようですが、アマゾンと私は……」

 私は待った。ワットソンも待った。彼は振り返った。

「いいえ。わからないならそれでいいのです」

 期待した返事ではなかったが、私は傷ついている自分を無視してうなずいた。






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