【事件簿】


『ホームズと探偵都市21』




「お待たせしました、CD。ぴったり正午だからといって、そんなに怒らないでください。時間の正確さも仕様のひとつですから――設定解除しますか?」

「いちいちやってられるか。希望するなら別だが」

 探偵は人間である私を自分を抑えることのできぬ子供だとみなしている。そして不本意なことに、それは事実なのだ。

 頭に血がのぼるとヒステリーと呼ばれる恐ろしい発作が心の奥を支配する。これは人類が休日に大金を払って、赤の他人に半時間、話を聞いてもらう程度では克服できなかった問題だ。

 怒りや不安の答えは本人の内側にあり、友人でも親でも妻でも犬でも壁でもいいからプライドを捨てて本心をさらけ出せば金は捨てずに済むのだが、その相手にポロネーズ探偵を選ぶと悲惨である。

 探偵は相手の秘密を探り出すことにかけてはプロのカウンセラーも顔負けの技術を有していたが、本来ロボットと名のつくものが人類の優しい友達だった事実に比べて、かなり辛辣な言語を有していた。

「そうですね――貴方は悪魔でした」

 解除文以外でのSP語録の選択は、個々の機械に委ねられている。私は机を叩いた。

「ずいぶん根に持っているな。情報を出し惜しみする自分を棚にあげて」

「外交上の秘密というやつですよ」

 訂正しよう。アマゾンはSP語録でさえ皮肉に使うのだ。

 肩から首にかけての血流が滞り、緊張による脈の速さがそれを更に後押しし、なんでもいいから口に出さないことには納まりようがないという気になった。しかしアマゾンは迅速だった。

「お繋ぎします」

「待て、アマゾン。シャーロックの許可はとった」私は言った。「主人にはこちらからうまく話す。約束だ」

 彼はふと私を見た。「本当ですか」

 私はうなずいた。「本当だ。まあ反対していたのは私だけだ。それほど気に……」

「本当に、ポロネーズ=シャーロックはイエスといったのですか」

 様子がおかしかった。彼は身を乗り出すようにして、私の傍らに探偵を探した。しかしポロネーズ探偵は空調整備の件で221Gを訪ねていた。

「顔が青いぞ。大丈夫か? アマゾン」

 彼は私のねぎらいにハッとして横を向いた。「大丈夫です。少々意外だったものですから」

 彼は私の探偵に、いったい何をしたのだ。赤くなったり青くなったり、まるでリ・トーマス紙のような反応だった。

 リ・トーマス紙とはトーマス伯爵という爵位がまだ使用されていたころに存在した科学者が、偶然発見した古代紙のことだ。まだアルカリ性だの酸性だので遊んでいた古代人たちの遺跡にも、その特殊紙による実験を記録した文献が残っているのだが――。

 私が沈黙している間に、アマゾンは立ち直った。

「ありがとうございます。シャーロックによろしく伝えてください、サー」

 彼は返事を待たなかった。口を開いた私の前に、古い友人であるJB――ジョセフ・ベルが現れた。「ああ……ええと」

「頼みごとかね」彼は率直だった。「連絡をくれたようだが、出られなくてすまなかった。アマゾンと話を?」

 私は早口で言った。「ええ、そうです。老いぼれは生きているのかと、かなりしつこく」

 しまった。機嫌を損ねては肝心のお願いが聞いてもらえなくなる。しかし、その心配は杞憂に終わった。彼は含み笑いで応えた。

「生きているよ。君とそう年も変わらんじゃないか……ところで用件のほうだが」

 私は手短に要求を話した。彼はあっさり快諾してくれた。「あそこの担当は一度決まると変えるのは骨だ。女性の名前がわからない以上、こちら側で君のデータベースを調べることになるがそれでもよいかね?」

「よろしくお願いします」

「なに。議員になって人の役に立てるのは人脈くらいのものだと悟ったよ」

「それから、できればもうひとつ」

「アマゾンとそちらのポロネーズ探偵のことだな。子供が屋根裏でこっそり行うお医者さんごっこのような真似はさせられない。しかし――」

 私はうなずいた。「気をつけて見張りますので」

「そうではない」彼は目を丸くした。「――何か行き違いがあるようだ。ポロネーズ探偵は、私が多忙だと何回断ったのだ?」

 私は取り次いでもらえなかった通信の数も合わせて数えた。家宅捜査より以前も合わせれば、かなりの数になる。私の様子に彼は眉を潜めた。

「アマゾンと話す必要があるのは、君のところのシャーロックではなく、君自身のようだ」

 JBは神妙な顔で続けた。

「私はこれまで一度しか、君からの電話を断っていないよ」






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