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※現パロ

私、そんなにいい女じゃないよ。だからやめた方がいいよ。
気遣って言ったつもりだったが、彼は余計傷ついた顔をした。
入社して3年目の、勢いはあったが経験のない彼のサポートをし続けて、トラブルもあれば思わぬ成功や成長もありそれなりに楽しいペアだったが、まさかこうなるとは。
オフィスカジュアルをだいぶ砕けて解釈した私の服装をいちいち褒めて、爪も可愛いとかアクセサリーがオシャレだとか、女が喜びそうなことをどこで学んだのか知らないが、そういったことを丁寧に披露する彼を心からかわいいと思っていた。だから私みたいな女に引っかからないで、新入社員で同じグループの飯沼さんや篠田さんにしたらいいのに、妙な冒険心が働いたのだろうか、彼は私にぎらぎらと熱い眼差しを向けた。


「でもみょうじさん、彼氏いませんよね」
「うん。いない」
「じゃあ…理由とか、教えてもらえますか」
「だって仕事忙しいじゃん。マルチタスクできないの、私」
「でも、そんな…」


かわいい子だった。私を好きになんてならなくていいのに。彼があんまりかわいそうで、何かしてあげたい気持ちになる。もちろん付き合うということ以外で、誠実に向き合ってあげたくなった。


「あのね、好きな人がいるの」
「……会社の人ですか」
「ううん。ただそのひと…奥さんがいるの」
「え?」
「だからごめんね」
「ふ、不倫してるんですか?」
「好きになるのは自由でしょ」


我ながら嘘が上手い。私の顔には一切の動揺も揺らぎもないだろう。彼の目に映るのは既婚者に恋するかわいそうな女だ。このあと、その相手とホテルの15階で待ち合わせをしているなんて夢にも思っていない。私が彼に何をされたか、彼が私に何をしたか、知ればきっとこの子は私を真っ直ぐに見られなくなる。だから言わない。だから、上辺だけの会話をした。
彼は力なく呟いた。


「報われませんよ。そんなの」
「分かってる」
「みょうじさん、間違ってる」
「いいの。このままでいいの。だからごめんね。明日からも仕事がんばろうね」


彼を背中で振り切り、約束のホテルへ向かう。後ろ指刺されたって、馬鹿な女だと叫ばれたって、構わない。
京楽さん以上に私を満たしてくれる人がいるなら教えてほしいぐらいだった。

+++

「報われないって言われたの」
「率直だねェ」
「報われないの?私」
「こんなことしといて訊く?」
「はぐらかさないで」
「ややこしい子だなあ」


くすくす笑いながら、彼は太い唇で私の口を塞いだ。彼氏が初めてくれたキスを、こんなに気持ちのいいものだと教えてくれたのが京楽さんだった。喋ると味わう以外の舌の使い方を教えてくれたのもそうだ。
夜景の綺麗なホテルを予約して私をお姫様扱いしてくれる男は、私を好きだと言った後輩よりもずっと歳上で、リッチで、いやらしい経験値を積んだいい男だ。一度だけにしておきたかった火遊びは1年ほど続いている。大学時代は年上の男に振り回される友達を冷ややかな目で見ていたくせに、こんな適齢期になってそういう男に遊ばれているのだから、本当に嫌になる。嫌になるのに、気持ちがいい。京楽さんは信じられないほどセックスが上手く、かつ丁寧だった。
私の口の中を散々舐め回したあと、京楽さんは湿った声で「じゃあやめるかい」と囁いた。身震いする。なんて声をしているんだろう。私は強がりしか言えなくなる。


「…やめようかな」
「できるかなあ、なまえに」
「できるよ。だから最後にもう1回エッチして」
「最後にできる?」
「分かんない」


妻とは別れるから、と安っぽいせりふを言わないところを気に入っていた。あと、彼は脱いだらすごかった。男の裸はたいていが外れで残念なのに、京楽さんは違った。鍛えすぎず緩みすぎず、素晴らしい身体をしていた。
私は慣れたように彼に跨り、あの肉質的な唇にしゃぶりつく。京楽さんが教えてくれたやり方だ。他の人にしたら、たぶん、驚かれるだろう。


「ねえ京楽さん」
「うん?」
「…何してもいいけど、他の子とは遊ばないでね」
「こう見えてボク、結構忙しいんだよ」


京楽さんはキスを返しながら、「それから、なまえのことは遊びじゃないよ」とも言った。最悪、吐き気がする。喜ぶんじゃねえよ、私。

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