『歌姫・昼食と予定』
屋上への扉をガチャっと開ける。やはり、屋上から見る景色は絶景だった。
前の高校でも、屋上でお昼ご飯を食べることが多く、昼休みの度に屋上に訪れていたがそこの景色がとても美しく、今でも頭の中にその景色が浮かぶ。
ヒロは目を閉じて深呼吸の態勢をとり、空気を吸い込み、吐き出した。
その時だ。美しく、透き通るような歌声が聞こえたのは。
歌声がどこからくるのか耳を澄まし、屋上で誰かが歌っているのが分かった。だが、その人物はどこにも見当たらない。気のせいではないはず。だって、確かに聞こえるのだから。
まさか幽霊? いいや、それは無いだろ。と一人突っ込みしながら、ヒロは屋上を歩き回り、そこから梯子を見つけて更に登ってみると、人が居た。
銀髪の、薄い赤色のケープを纏った少女がとても楽しそうに笑って歌っていた。
この子は一体誰だ?
ヒロは、思い浮かんだ疑問を少女にぶつけるために少女のところまでやってくる。
ふと少女は、歌を歌うのをやめてこちらを見る。だが、その表情は先ほどのものとは全く違っており、無表情そのものだ。
「あ、あの…お前は?」
誰だとまでは言わず、お前は? までで止める。
少女は通用しなかったらしく、可愛く小首を傾げた。
ヒロは、ため息を吐いた後目を閉じて、少女に聞くことを頭の中で整理して目を開けると、確かにさっきまで居た少女は消えていた。もう教室に戻ったのだろう。
何だったんだ、と思い空を見上げると、そこには虹がかかっていた。昨日雨なんて降ってたっけとか思って空を見続けていると、
「あちゃー!見逃しちゃった! あの子の歌久々に聞きたかったのにな〜!」
という声が聞こえてきた。
屋上の扉を見ると、朝魔法ですっ飛ばしてくれた少女が居た。梯子から降りて、少女のところまで来る。
「あ、ヒロ君だっけ? ねえねえ、ここに銀髪の女の子居なかった?」
「あぁ、どっか行った。えーっと、お前名前は?」
「シェアス・ロッティだよ!」
「そうか。で、あの子何者だ? やたら歌上手かったけど」
「あの子は、うちの学園じゃ屋上の歌姫って呼ばれてるんだよ! 最も誰が歌っているのかは分からない人がほとんどだから、教室内であの子が人気って訳じゃないんだけどね」
という口振りだと、シェアスは歌姫とやらが誰のことなのか知っているようだ。あの子と言う辺り顔見知りだろう。問い質そうと口を開くと、
「ま、いっか。それじゃあね! ヒロ君!」
と、走り去ってしまった。
「台風の様だったな……」
適当な場所に胡坐をかいて、急に現れたかと思うとすぐに去ってしまった相手に、つい独り言つ。
「それにしても、さっきの子は何だったんだろう……」
「まさか、幽霊なんじゃ」
今まさに考えていた言葉の続きを、何者かが声に出す。ヒロは驚いて勢いよく振り返ると、そこにはショートホームルームの後に話しかけてきた眼鏡の少年――仮令がいた。
「櫻木七不思議の一つ、屋上の歌姫! ……っていうのは冗談。朝は全然話せんかったけん、隣よか?」
「ん、おお」
そう言うと仮令はヒロの隣に、同じように胡坐をかいた。購買の袋からパンを取り出して、パッケージを剥きながらヒロに話しかける。
「あ、自己紹介がまだだったな。俺は仮水仮令。隣の、三組の」
「知ってる。朝聞いた」
そ、そうか……、と少し残念そうな仮令に、ヒロは質問を投げかける。どうでもいいと思っていた些末な事なのだが、何かしら話してやらないと落ち込みそうな奴だと思った。
「お前の名前って、どう書くんだ。漢字で」
「えっと、仮に決める方の仮定の仮に水で、仮水。仮定の仮に伝令の令で、仮令。変な名前だよな。別に遠慮せんでもよかよ」
「俺もそう思う。仮すぎるだろ」
――何だか軽薄そうだと思っていたが、割方良い奴なのかもしれない。こういう奴に限って、意外と情に篤かったりもするし。
そこまで考えた時に、ヒロは目の前にパンフレットが差し出されている事に気付いた。表紙には『中高等部合同研修』と書かれている。ヒロはそれを受け取り、ぱらぱらとページをめくる。
「結城って来たばっかりでまだ知らんだろ? 櫻木の情報屋、仮水仮令はいち早くお届けするぜ」
合同研修のしおりによると、高等部と中等部の生徒がバランスを見て分けられたグループで、《ヒトならざる者》の討伐をするらしい。
「同じ班だったらよかね。しっかし、異能が使えるようになってばっかで、もう研修か。大変ね……。まあ周りもそう弱くはないし、大丈夫たい?」
その他にも、この学校についてや、《ヒトならざる者》――通称化け物について等、色々な話を聞いた。訊ねた事をすらすらと答える相手は、情報屋と呼んでも差し支えないのだろう。
ヒロは食事を終えた後、相手に軽く礼を言って、屋上から出ていった。