何様かって?俺様だ!
昨日がハードワークだった休日の朝。特に用事も無いこんな日は自然に任せて眠り続けよう、という計画は、ピンポーンという呼び鈴の音で早々に崩された。 居留守を使う事も考えた。だが、続けざまに3度呼び鈴が鳴り、女子らしからぬ舌打ちをしながらようやくマホはモゾリと布団から顏を出した。 枕元の時計はまだ朝の7時で、普段の期初時間と大して変わらない。 そして気分は最悪である。 再び、ピンポーンと間の抜けた呼び鈴が部屋に響き、寝起きで青白い顔に血管を浮き上がらせた長柄マホは忌々しげに玄関を睨み付けた。 こんな朝早くにやってくる来客が、一体どんな用件を引っ提げてきてるのか見当もつかないが、これでくだらないセールスや、怪しい勧誘とかだったら見境なしに怒鳴ってしまいそうな程、マホの怒りのボルテージは上がっていた。 何にせよ、しつこく呼び鈴を鳴らしてくる相手なら、居留守も通用しないのだろう。 意識せずとも不機嫌丸出しの顏を携えて、寝起きで乱れた髪も直さず、余りの苛立ちに、インターホンで応答という日常的な行動すらすっかり抜け落ちてしまって、マホは勢いよく玄関の扉を開いた。
「やっと出やがったか。てめぇ」
血圧の低い寝起きの頭には心地良いぐらいの低い声が、耳に届く。いやだがしかし、その声を放つ人物が目の前にいるという状況が、マホのぼんやりとした頭を急激に覚醒させていった。
「り、リヴァイ部長!?な、な、な、何してるんですか!?ってか何で家っ!!??」
思わず大きな声で騒いだために、頭がクラリとしてよろめきかけた体は、スルリと背中に伸びてきた手にいとも簡単に抱き留められた。 薄い寝間着越しに伝わる男らしい手の感触にマホがドキッとしている間に、彼女の上司、リヴァイは自然な動きで玄関へと足を踏み入れてきた。 バタン、と玄関の扉が閉まる音に、ようやくと我に返って、そしてやはりおかしなこの状況にあわあわとマホは慌てだす。 リヴァイが部屋にやって来ただけでも混乱ものだが、彼の足元には股下ぐらいまでのサイズのキャリーバッグがまるで従者の様に行儀良くスマートに佇んでいる。
「あの、あの、リヴァイ部長!?何で私のマンション知ってるんですかっ!?」 「そんなもん調べりゃすぐ分かる」 「いやあのそれ、個人情報云々の問題になりますから!そ、それと、手!!離して下さい!!」
依然として背中に回っている手に、泣きそうになりながらチラチラと横目で自分の背を見遣るマホを面白そうにして、リヴァイはサワサワと彼女の背中を撫でさする。
「お前、寝る時は下着は付けてねぇのか」
ボン!と顏を真っ赤にさせたマホに、込み上げてくる笑いを喉元で押し殺して、リヴァイはやはり意地悪く、真っ赤に熟れた彼女の頬を指で撫でた。
それ、嫌だ……。
リヴァイの指の感触にドクドクと騒ぐ胸が苦しくて、キュッとマホはパジャマの胸元を握り締めた。 先週、酔い潰れた所為でリヴァイと一夜を共にし、翌日も休みという事にかこつけて、素面の状態で彼の腕に抱かれた。 それが甘い時間だったのかといえばそういうわけでも無かったが、リヴァイの腕の中はやけに居心地が良くて、上司に半ば無理矢理抱かれているという状況なのに、不覚にも胸はときめいていた。 結局その日は、おやつの時間に差し掛かる頃に「昼飯でも食いに行くか」と切り出したリヴァイから逃げる様に、洗濯してもらった服を着て彼の部屋を飛び出した。
酔い潰れたのは自分だ。リヴァイは上司だ。
そう言い聞かせながらの休み明け、新入社員一日目の時よりも緊張して出勤したものの、拍子抜けというか何というか、リヴァイはその日から出張で社内に居なかった。 聞けば一週間に渡る出張だという事で、マホはこの一週間、リヴァイの事は思い出さない様にして普段の数倍は仕事に没頭していた。先日のミスの挽回もあっての事だが、とにもかくにも、連日のサービス残業で家に帰ればすぐに夢の中という状況だった為、本当にリヴァイとの事など思い出す暇は無かったのだ。
マホの頬を撫でていた指を離して、若干不機嫌を漂わせた顏でリヴァイは言う。
「おい、帰ってきたその足で来てやったのに、もっと嬉しそうにしろ」
それでこのキャリーバッグか、と納得しつつも、そうじゃないだろ、ともう1人の自分に突っ込まれ、マホはグシャグシャの髪を更に掻き乱しながら言う。
「あの!!こ、困ります!というか迷惑です!!いきなり来ないで下さい」 「ああ。連絡しようと思ったんだが、その間も惜しかった」 「いや、そういう事じゃなくて……」
話の論点がズレている事に、早々に草臥れた溜息を吐くマホに対して、リヴァイは至極真面目な顔で彼女を見つめている。
「出張の間、お前の事をずっと考えてた」 「仕事して下さい」 「出張先のホテルで、お前の事を思い出して何度自分を慰めたか分からない」 「……リヴァイ部長、疲れで頭がおかしくなったんですか……」
相手がぶっ飛んだ事を言いだせば、聞き手というのはやけに冷静にもなるものだ。 仕事も出来て、部下からも上司からも信頼の厚いリヴァイの口から飛び出すあられもない言葉に、ピシャリとマホは突っ込みを返していた。 それでも懲りない様子で、リヴァイはマホのぐしゃぐしゃの頭を優しく撫でてきた。
「ちょっ……と、何で触るんですか!!」 「お前に触れたかった」 「意味が……」 「分かるだろうが。お前を抱いたあの時から、俺はお前の事しか考えられない」 「抱っ……い、たって……」
その言葉を合図の様に、鮮明に脳裏に甦る“あの日”の事が、必死で冷静を保っていたマホに動揺を誘ってくる。
「俺の女になれ。安心しろ。大切にしてやる」 「……直球すぎですよ!それに全然全く安心出来ないです!」 「問題ない。それに、お前にとっても不足な相手じゃないだろ。俺は」 「すっごい自信ですが……何様ですか」
決して優秀とは言えない平社員の自分にとって、いわゆる“デキる男”のリヴァイというのは、確かに彼の言う通り、不足な相手ではない。 そもそも尊敬していた上司だ。隣に並ぶ事すらおこがましいと思えるほどに雲の上の人物でもあるのだが、今この状況での彼の口調には、苦言を申せずにはいられなかった。 だが、そんなマホの言葉を待っていたとでもいう様に、リヴァイは意地悪く口角を吊り上げてニヤリと笑うのだった。
「何様かって?俺様だ。文句があるか」 「ありまくりなんですが……」 「まぁ、難しい事は後で考えりゃいい。とにかく今は黙って俺の女になれ」 「黙ってなれる程簡単な事ではっ……」 「もうSEXした仲だろうが。身体が繋がりゃ心は後から付いてくる」
仕事が出来る男は決断も早い。 その法則を垣間見て、“決定は覆らない”とマホは悟るのだった。
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