満たされた世界3



「えっ……すごい!!
全然気付かなかった!!!
バ、バクラ……!! どうやったの??
あ、鍵ってやっぱり掛け忘れたのかな私……?」

二人きりの部屋に、私のわざとらしい上擦った声だけが虚しく響いた。

ふわり、と長い髪を揺らしながら、ゆっくりとこちらへ近付いてくるバクラ。

その眼を直視する事は、今の私には出来なかった。


「すごいね……バクラだったら、欲しいもの何でも盗めちゃうね……!!
どこに隠れてたの? 全然気付かなかったよ……!」

近付いてくるバクラに、ただ言葉を紡ぐことしか出来ない自分。

「バ、クラ……」

すぐ目の前に立ちはだかったバクラの顔を、怖ず怖ずと見上げる。


「とんだ変態女だな」

こちらを見下すその眼は、先程頭の中で浮かべたものと同じなのだった――








「そんなにこの身体が好きか……?
この、宿主……獏良了の身体がよォ……」

「違っ……!! 違う、バクラだから、あ――」

ベッドに押し倒され、抵抗する間もなく服の上から胸を乱暴に揉みしだかれる。


「何が違うんってんだ……?
オレ様はただ、この身体に宿っただけの存在――
この身体が好きだってんなら、宿主の匂いを飽きるまで嗅いでりゃ良いだろうが……!」

「っ、や……!! 違う、もん……!!
バクラと、違うもん……!
バクラの、匂いだから、私は、私は――」

「ハッ、何だよ……?」

「ッ、ん……!」

「……身体を持て余すほど、興奮しちまうってか……?」

「ッ!!! ……っあ……!!!」

シャツの裾から忍び込んだバクラの手が素肌を撫でる。

思わず背筋に走った小さな電流に身を捩ると、無造作に掴まれた下着ごと胸をずり上げられ、二つの膨らみが空気に晒された。

「や……っ」

好きな人の匂いを嗅いで幸せな気持ちになるのは……と、先程の言い訳を口にしようとしたがうまく言葉が浮かんで来なかった。

「ごめんな、さ……、ごめんなさい……!!」

どっとこみ上がってくる涙に、声を震わせながらバクラを見上げて謝り続ける。

「何を謝るってんだ……?
言ってみな、桃香」

「っ、あ……」

「……言えねえならオレ様が言ってやるよ……!
人の服の匂いを卑しく嗅いで、淫らな気持ちになってしまってごめんなさい、変態でごめんなさいって事だよな……?」

「ッ……!!! っ、う……」

無情にもバクラの口からハッキリと発せられた残酷な事実に、違うと否定する声すら上げる事も出来ず、ただ唇を噛み締める。

滲んだ視界の中で軽蔑するように眼を細めるバクラが揺らいで見え、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。


――当たり前だ。

洗うから、と申し出て持ち帰ったシャツを、こんな風にいかがわしいことに使い……
否、厳密にはまだ何もしていないのだが、それでも淫らな気持ちになった事は事実で、きっとバクラにとってはただ気持ちが悪くて不快な気分になるに違いなかった。

聡いバクラは多分、私のベッドの上にシャツが置かれていた事で、何が行われようとしていたのか悟ったに違いない。


ああ、本当に――、死んでしまい、たい…………


そう考えるともはや謝罪の言葉も紡げず、ただ溢れ出る涙をこらえながら。

きっと愚かな私への「お仕置き」のつもりであろうバクラの一挙一動を、私はじっと黙って受け入れるしかないのだった。

そんな中でも、触れられた部分は熱を発し、敏感に快感を拾うのだから本当にどうしようもない。

そう、どうしようもない――


この、身体の奥からとめどなく溢れ出して絡みつくような昏い欲と――

心の奥からとめどなく湧き上がり、胸を焦がしていく慕情はきっと、もう、どうしようもない――――


なら、もう――

いっそ、ここで今すぐ、バクラに、殺――――





「おい……、何を呆けてやがる」

「…………」

沈んだ気持ちに身を委ねながら、諦めが支配した全身をベッドに横たえていると、上からバクラの詰問するような声が降って来た。

心の中に重いものを抱えたまま、自分に覆い被さるバクラの眼をチラリと見遣る。


「何を勘違いしてんのか知らねえが……
ハッ、てめえの本性なんざとっくにわかりきってんだよ……!!」

「っ……」

「今さら何を捨て鉢になってやがる……
ククッ、どうしようもなく淫乱で、お友達に隠れてオレ様なんかにイカレちまってる変態女じゃねえか……!
それがてめえだ、ああ……それがお前だろうが、桃香……!!!

わかったらそのやる気のねぇツラをやめて、いつもみたいに淫らに欲情してオレ様に縋って来るんだな……!!
ヒャハハハハハ!!!!」

思いもよらない言葉。

つまり、これは、どういう――――


「……引かないの?」

いつもと変わらない不敵さを浮かべるバクラの双眼をそっと覗き込みながら、怖ず怖ずと尋ねる。

「ハッ……!! 何にだよ……!!!
ハナからお前の本性なんざわかりきってるっつったろうが……!!!

家族にもお友達にも曝せない、浅ましい激情と猥らな淫欲に身をやつす……
それがオマエじゃねえか……!!
オレ様が近付いただけで呼吸困難に陥る女……、
オレ様が居なきゃ一瞬たりとも生きられない、オレ様に狂った女……!

フン……
こっちはそんなモン、全部わかった上で遊んでやってんだよ……!!
オレ様を見くびるんじゃねえ……!!
自分の手に余るような奴を玩具にする馬鹿が何処に居るってんだ……!!
はじめっから全部わかってんだよ、全部な!!!!」

「バクラ……」

キュ……と長く締め付けられた心臓に、バクラの眼を見つめたまましばらく呼吸を失う私。

今バクラが一気に吐き出した言葉の意味を、回らない頭で反芻する。

つまり、つまり、これは――――


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