満たされた世界2



「んっ……、バクラ……」


ベッドの上に寝転び、抱えたシャツ越しに呼吸を繰り返せば、バクラがそこに居るような錯覚に陥る。

火照った身体は、触れなくてもハッキリとわかるほど閉じた脚の奥でいっそう熱を発し、痛いくらいに引き攣っていた。

切なくなり、その部分に思わず手を伸ばそうとしたところで、罪悪感が制止をかける。

頭の中でまた、軽蔑するようなバクラの眼がこちらを見下していた。

「ん……」

この、堪え難い熱情を生み出している原因が、いま後生大事に抱きしめているバクラのシャツであることはハッキリしている。

なら、今すぐそれを手放してしまえば、その残り香から離れてしまえば、幾分楽になることはわかりきっているのだが……

それでも、薄弱な意志と堪えきれない欲望が、彼の残した匂いが完全に消えるまでこの行為をやめないことを予告しているのだった。


ブルブルブルッ、

「っ!?」

間近で発せられた振動音に、瞬時に現実に引き戻された私は飛び起きた。

次いで、その鈍い振動音がテーブルの上に置かれたケータイから発せられたものだと気付くと、反射的にベッドから飛び下り、ケータイに手を伸ばした。

そこに表示された、獏良 了の文字。

メールではない、リアルタイムの音声通話着信。

一瞬考えて、息が止まる。

画面の上を滑った指が、思わず通話ボタンに触れた。

止まった振動に、「出ない」という選択肢を自分で手放してしまった事を知った私は――急いでケータイを耳に当てた。

「もしもし、っ……」

上擦った声で何とか応答する。


「……」


沈黙。


「……もしもし?」

電話の向こうにいるのが本当の意味で獏良了なら、安堵と落胆、私はどちらをより大きなものとして感じるのだろうか?

「……桃香」

低く発せられた自分の名前。
その意味するところに、また心臓がドクリと鳴って、息が止まった。

「鍵も掛けずに何をやってんだ」

「ッ!!!!」

次いで聞こえてきた言葉に、思わず耳を疑った。

私はケータイを耳に当てたまま、弾かれたように部屋を飛び出したのだった。


誰も居ないはずの家の中をパタパタと走りながら玄関へ向かう。

――誰もいない。

そして、確かに玄関のドアの鍵は掛かっていなかった。

先程帰宅した際、掛けるのを忘れたのだろうか?
よく覚えていない。


ドアに手をかけ、恐る恐る開く――

が、開け放ってみても、外には誰も居なかった。

え、じゃあ……

「バクラ……?」

ドアを閉めながら、彼の名前を呟く。繋がったままの電話からは何の応答もなかった。

今度はきちんとドアの鍵を掛け、家の中に戻る。


バクラはどこから電話をかけて来たのだろうか?
もしかしたら、鍵云々はただの出まかせ……それとも、私が何か、勘違いをして……??

訝りながら自室へと足を向ける。

「もしもし……? バクラ……??」

通話は切れてはいないが、やはり応答はない。
しかし、先程の電話の声は確かにバクラだった。

ならば、これは、どういう――


部屋に戻り、ベッドに座り直した時にようやく気付く。

「もしも、し……」

冷えていく心臓。

嘘だ、という思いが頭を駆け巡る。

つい先程まで――それこそさっき、この部屋を出るまでここで、ベッドの上で大切に抱きしめていた――


バクラの濡れたシャツが、無くなっていた。










「……こんな事じゃねえかと思って来てみれば……
……案の定かよ」

「っ!!」

ようやく電話口から発せられたバクラの声は、ダブって聞こえていた。

「あっ……」

その、もう一方の声の先に目をやれば、音もなくゆっくりと開く自室のドア――


「……ば、」

「フン……やっぱりお前はお前だな」

ブチ、とケータイから聞こえた通話が切れる音と、目の前からダイレクトに聞こえた彼の声。


開かれたドアにもたれるように立っていたバクラの手には、ケータイと――

そして、例のボーダーのシャツが握られていたのだった――――


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