「んっ……、バクラぁ……っ」
肺を満たす、バクラの匂い。
熱に浮かされ麻痺した頭は、正常な理性を失っていた。
そして、身体の中心に集まるのは――――……
「バク、ラ……」
――話は遡る。
ほんの数時間前。
バクラに呼ばれて彼の(というか獏良君の)家に行った時。
よく冷えたジュースにちびちびと口をつけている時に私は、意地悪い笑みを浮かべたバクラに不意にからかわれたのだった。
そしていつものように心臓を高鳴らせ、みっともなく慌ててしまった私は……
あろうことかコップを持っていた手を滑らせてしまい、何とかコップは割らずにすんだものの、迫ってきたバクラのお腹あたりに思いっきり飲み物を零してしまったのだった。
バクラが「おい!!!」と荒げた声と舌打ちに、反射的にごめんなさいを連呼する羽目になり……
何とかその場は許してもらったものの、
「いつになったら落ち着くんだよてめえは……
危なっかしくて見てらんねーぜ……!!」
という呆れたようなバクラの声が吐き出された時に、更なる自己嫌悪に陥り。
ちょっと近付かれただけで慌ててしまうという、自分のバクラへの想いの大きさにまた、戦慄してしまったのだった……。
そして。
不機嫌そうに、その場で濡れたシャツを着替えたバクラの……
水分を含んだ、ボーダーのシャツ――
無造作に脱ぎ捨てられたそのシャツが。
そのシャツが――――
ここにある。
今、私の家の、私の部屋に。
何の事はない、バクラの家を後にする時に、
「ごめんね本当に……!
このシャツ、洗ってから持って来るから……!」
と、自然な流れで彼の家からシャツを持ち出す事に成功した為だった。
思えば、そう告げた時のバクラは何だか複雑な顔をしていたような気がするが、それはこの際気にしないでおく。
断言しておくと、決して、全く……
その時点では、やましい想いなど私には微塵もなかったと言える。
いや……、ほんの少しはあったかもしれないが、少なくともその時は、こんな風にハッキリとわかる形では意識してはいなかった。
こんな……、バクラの温もりと匂いを吸ったシャツが、バクラの分身的な意味を持つとは、決して…………
ジュースが染み込んだ部分は、もはや乾きはじめている。
色のついてないジュースだったから、跡が染みになることもないだろう。
匂いはさすがにその部分は糖分の甘い香りがしたが……、何の事はない、あとでちゃんと洗濯して、アイロンをかければ問題はない。
だから。
だから、その前に、こうやって、ちょっとだけ…………
バクラが着ていたシャツをぎゅっと抱きしめ、濡れていない部分に顔を埋める。
ばくばくと次第に早くなっていく心臓が、自分のしている事への後ろめたさを表しているような気がした。
おずおずと……少しだけ、鼻で息を吸う。
――――バクラの匂いがした。
「ッッ……!!!」
途端にギュンと跳ねる心臓。
呼応して、キュッと切なく収縮した下半身。
「っ……!!??」
慌ててバッ、と顔を上げる。
遅れてやって来る頬の火照り――そして羞恥心。
「やだ〜!
あはは、何やってるんだろう……!!」
誰もいないはずなのに、思わず大きな声を上げてあたりをキョロキョロ見回してしまう。
何の変哲もない自分の部屋の光景が眼に入り、何故か安堵した私は、また視線を手元のボーダー模様のシャツに落とした。
「…………」
す、すきなひとの匂いを嗅いで、しあわせな気持ちになるのは、別にふつうのことだよね……
――誰にも聞こえない秘やかな声で、そっと囁く。
自分の行動と反応に言い訳をするように。
胸の奥から噴き上がる熱が、理性をゆっくりと溶かしていく。
「バクラ……」
彼の名を紡いで、またシャツにそっと顔を埋める――
肌を撫でる、柔らかな布の感触。
目を閉じて、ゆっくり息を吸い込んだ。
「んっ……」
やっぱり、錯覚なんかじゃない。
この身体は……、このどうしようもない、淫らで節操のない身体は。
バクラの残り香にさえ反応して、敏感に熱を発しているのだった。
閉じた脚の奥が、トクンと小さく痙攣する。
そして、そんな身体を抱える心は――
チリチリと灼けつくような炎を発して、胸の内を舐めるように燃やしていく。
火照る頬と、狭まって苦しくなる喉。
感情が昂って、泣きたい気持ちになる。
バクラを好きで堪らない気持ち。
そして、なんて淫らで愚かでたやすいんだろうという、自らを省みる気持ち。
閉じた瞼の裏に、バクラの姿を思い描けば、彼はただ、呆れた表情を浮かべていて――
やがてそれが、不快感と嫌悪感を表す不機嫌な表情に変わり果て……、そこまで思い描くと私は、唇を噛み締めて涙を滲ませたのだった――――
次へ
←バクラメインシリーズへ
←キャラ選択へ
bkm