窓を開けると、都会とは全く違った景色が澄んだ空気とともに部屋の中に流れこんでくる。
「…………」
これ…………夢じゃないよね、と、来る途中何度も確かめたように、頬をつねってこれが現実であることを確かめる。
「……いたい……」
つねった頬はたしかに痛みを主張していて……でも、もしかしたら魂だけ人形か何かに封じられたのだとしたら、闇の力のことだ、きっとちゃんと痛みも感じるような仕様になっていて――――
「………さっきから何やってやがる……
とうとう完全に狂っちまったのか?」
「なっ、ひどい」
「まぁ……オレ様をこんなところに連れてくる時点で、相当イカレちまってる怖いもの知らずの馬鹿だがなァ……
ククク……」
「だからひどいって……」
目の前の光景のあまりの違和感、そしてやっぱりこれは夢かもしれないという思いがまだ拭えずに、私はこめかみを押さえてここに至るまでのいきさつを思い起こしてみた――
――――あれから。
机の上のペアチケットをバクラに見られ、別にたいした問題じゃないというように取り繕ったのが逆に怪しい態度を醸し出す結果となり、そこで私は何をとち狂ったか、
「まぁ……バクラと行けるなら買ったカード全部あげた上で今すぐ死んでも悔いはないけどね」と――
いや、一応言い訳をしておくと、確かに私はそれを、心の中で言葉にしたはずだった、確かに。
が。
「てめえ……」
剣呑としたオーラを発しながらこちらを振り返ったバクラを見て、ようやく私は、その言葉が実際に口をついて出てしまっていたことに気付き――――
あっ、と慌てて口を押さえるものの、時すでに遅く――
ユラリ、とこちらへにじり寄ってくるバクラを目の前にして、これまたあろうことか、
「いやでも今すぐ死んだら意味ないじゃん! て感じだよね私なに言ってんだろ……」
と、そうじゃないだろ!! と即時に心のツッコミが入ってしまうような言葉を吐きつつ、凶悪な炎を揺らめかせているバクラの瞳に肉薄され――
それより先の記憶はないのであった。
――否、厳密には思い出したくないと同義とも言えた。
そんなわけで、コトが終わってから唐突にバクラから発せられた、
「下らねぇ……が、上等だ……!
オレ様を連れ回すとはいい度胸してんじゃねえか……
いいだろう……かわりにその重みを身をもって教えてやる……!
たっぷりとな」
というぶっきらぼうな言葉に、また私の頭はしばらくその意味を計りかねていたのだが、やがて、その意味に気付いた時に――
羞恥とは違う衝撃から心臓が握り潰され、恐らくだらし無く口を半開きにしたまま――言葉もなく派手にベッドから転げ落ちて、それがまたバクラの冷ややかな視線を浴びる原因となったのであった。
そしてそれからずっと、今日の今日、こうして二人で列車に乗り、こうやって旅館の部屋で二人きりになってみても、これが現実ではなく夢なのではないかという思いが拭えず、しきりに頬をつねって現実を確かめるという挙動を行う羽目になったのだった――――
そして、この温泉旅行と引き換えに私が失ったのはあの時買った全てのカードで、否応なく得たのは、いささかの身体の傷で。
危険なゲームとプレイにちょっとばかり(バクラ談)つき合わされ、たまにまだちょっとばかり手首と首が痛む気がするが、まあそれもこの溶けそうな甘い現実に比べたら些細なことでしかないのであった。
「………」
部屋の中で、窓から外の景色を眺める私の背後では、壁にもたれて畳の上に座りながら仏頂面をして虚空を見つめ、思慮に耽っているバクラが居た。
これが宿主である獏良君だったら、別段違和感も感じないのであろうが――
あのバクラが、こうして静かな部屋でくつろいでいるという光景がまた私の目には珍奇に映り、振り返りながら思わず顔を綻ばせた。
「……チッ」
瞬間、彼の鋭い眼光がこちらをキッと睥睨し威嚇する。
その邪悪な眼差しすら心の中に熱を生む要素でしかなく、高鳴る心臓を抑えてバクラに声をかけた。
「……ね、まだ夕食までは間があるし温泉入ってもいいかな……?
この部屋、露天風呂ついてるんだよ!!
他の人いないとゆっくりできるからいいよね……!
あ、バクラは好きにしてていいからね!」
庭に設置された露天風呂にはなみなみとお湯が張られていて、旅行のワクワク感と長旅の疲れから、私は特に深く考えることもなくそう告げると早速荷物を解くことにした。
「…………」
視界の端でバクラが何か言いたそうな顔をしていたが、何か要求しても更に不機嫌になるだけだろうし、そもそも一緒の部屋に居られて、同じ時間を過ごせるというだけでも十分に幸せなのだから、これ以上何か望んでは罰が当たるような気がしたのだった。
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bkm