シアワセネイロ2



「あのさ桃香……言いにくいんだけど……

この招待券、有効期限が今月までみたいよ……」

「え……」

「そして、本当に申し訳ないんだけど……
私今月は無理かな……

一緒に温泉行けると思って楽しみにしてたけど……本当にごめんね、桃香……!!」


杏子から告げられた事実。

杏子から返された手元の温泉宿泊券を改めて見ると、たしかに小さく、今月までの日付が有効期限として印されていた。


――あれから。

ペアチケットをもらったものの、両親は仕事で長期出張だったり多忙だったりで不要と言われ、ならばと杏子と二人で行くことにしたまでは良かったのだが――

二人で温泉旅行について盛り上がってアレコレと楽しい会話を繰り広げ、杏子に宿泊券の一枚を渡した次の日に……こんな形で結末を迎えることとなってしまったのだった。


「私の方こそ、ちゃんと有効期限見なくてゴメンね……!!
なんかぬか喜びさせちゃって……」

申し訳ない気持ちがこみあがってきて、杏子に謝罪する。


「ううん、いいのよ! 気にしないで!
いつか、ちゃんと計画を立てて二人で旅行しましょ!!

……それにしても、期限が今月までのを渡してくるなんて……
タダでもらったものに文句つけるのもアレだけど、ちょっとガッカリよね!」

「うん……まあね……
いろいろと大人の事情がありそうだよね……」

杏子が、教室内で少し離れたところに座る遊戯君に聞こえないように、声を潜めて苦笑しながらぼやき――
私もつられて苦笑いしながら、あの遊戯君のおじいさんの、こじんまりとした佇まいのお店の事情に思いを馳せたのだった。







「ふう〜」

学校が終わり帰宅し、まだ誰も帰って来ていない我が家のがらんとした光景を気に止めることもなく、自分の部屋へ直行する。

鞄からケータイと、課題を取り出し――ため息をついたところで、ファイルに挟まった、一度は杏子に渡しつつも返される羽目になった温泉宿泊券を取りだした。
もとから机にあった一枚と重ねて置くと、使い道のない二枚の券がなんだか寂しさを感じさせ……私はまた、小さくため息をついたのだった。


「…………」


二人で温泉旅行……

そこまで脳裏に浮かべたところで、さすがに「ナイナイ!!」と自分に突っ込み、想像を無理矢理断ち切った。


また『あの』ギラついた双眸が一瞬頭をよぎったが、それこそ自分が辛くなるだけで。

ダメダメ、と口に出して自分を律し、何かを振り払うように私はやらなければいけない学校の課題と向き合うことにしたのだった。










「よォ……邪魔するぜ」

「…………」


いつもの事なのだが、本当この瞬間だけは息が止まる。

――視界に、バクラが割り込んでくるその瞬間だけは。


高鳴る鼓動を抑え、いつもの事ながら音もなく部屋に侵入してくる彼の神経の図太さにちょっとだけ呆れ――

軽く引き攣った笑いを浮かべると、小さな声でその名前を呼んでみる。


「バクラ……」

いつもと変わらない、自信に満ちた邪悪なオーラを発しているバクラは、不敵な笑みを浮かべながら腕を組んで部屋のドアにもたれていた。

課題の途中で気分転換にと、ベッドの上で先日買っばかりのカードを広げていた私は、バクラが部屋に入ってくるまで全く気付かなかったのだった。


「おい貴様……防犯意識低すぎじゃねえか?
オレ様が凶悪犯だったら貴様は今頃、身も心もズタズタに引き裂かれてるところだぜ」

「……なんかそんな忠告、前にも聞いたような……
って、鍵閉めてるのに音もなく家に侵入してくるバクラがわる……いや、スゴイんだって!!
普通の悪人には真似できないよ……」

「フフン……まあそうだろうよ」

珍しく機嫌の良さそうなバクラは、薄笑いを浮かべながら得意げに鼻を鳴らした。

そんないつも通りのバクラの姿に胸が熱くなるのだから本当、私ももうある意味悪人の仲間入りを果たしているのかもしれない――
そんなことを頭の片隅でぼんやりと考える。


「うん……なんか言いにくいんだけど……
こう唐突だと、獏良君身体乗っ取られて可哀相……っていう気持ちが普通にあるよね」

バクラの機嫌の良さに甘え、軽口を叩いてみる。


「ククッ……そう冷たくすんなよ……
オレ様に会いたくて仕方がなかったんだろうが……

知ってんだぜ?
貴様が――事あるごとに宿主サマをチラチラ見てんのはよ……
オレ様が出てるんじゃねェかってちょっと期待してるんだろうが……

ハッ……! 本当オマエはどうしようもねえな」

「ッ!!!!!!」

「ヒャハハハ!!
何だよその顔は!!!
バレてねえと思ってたのか?
……バカが!!!
バレバレなんだよ桃香……!
いい加減取り繕うのをやめな……クククッ」

予想していなかった方向からのバクラの指摘に、思わず心臓が跳ね喉元がキュッと収縮した。


「バクラのいじわる……」

小さな声でこぼして視線をベッドの上に広げたカードに戻すと、また鼻で嘲笑ったバクラが近づいてくる気配がした。

「そいつは……新しいパックだな」

「うん……箱買いしたんだ」

広げられたカード群に目を止めたバクラはそう言いながら私が居るベッドに腰を下ろす。

「フン……貴様がカードをまとめ買いするとは珍しいじゃねえか」

「まあね……
なんかこの新しいパック買うと、レアカードが当たるキャンペーンのくじを引けるっていうからつい……

……まあ、結局レアカードは当たらなかったんだけどね!! 残念……」

「……なかなかいいカードがあんじゃねえか……!
オレ様に寄越しな」

「……言うと思った……」

悪い意味で期待を裏切らないバクラの発言に、頭痛を覚えて苦笑いしながらため息をついた。

仕方ないバクラに渡そうと、広げられたカードをかき集めることにする――


「…………」

ベッドから下り、部屋の中を見回すバクラの視線が机の上に張り付いて止まっていた。

「あ、ああそれ……
ほら、今言ったレアカードが当たるキャンペーンさ!!
当たったのは結局、レアカードじゃなくてその温泉宿泊券だったんだ……

しかも杏子と行こうとしたら期限ギリギリで予定が合わなくてさ〜……残念だよ」

何気なくそこまでまくし立ててから、しまった言いすぎたと口をつぐむ。


これじゃまるで、一緒に行く人を探しているみたいに聞こえるじゃないか――


「あは、ははは」

咄嗟にごまかそうと笑ってみるが、その乾いた声が余計不自然さを醸し出してしまい……

机の上を凝視したまま沈黙するバクラにチラリと目をやり、それから手元のカードに視線を戻しながら――
(やってしまった……)と後悔の気持ちが溢れ出して、我ながら盛大にため息をつく羽目になったのだった。


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