夏と悲哀と思い出と3



「おーい!」

背後から声が聞こえ、二人で振り返る。

「獏良君」

「なんか僕、やっぱり他のが飲みたくなっちゃって……もうみんなの飲み物買っちゃった?」

「いや、まだ桃香ちゃんと君のがまだだけど」

「良かった! じゃあ僕は自分で買って行くから……御伽くんはみんなの分、先に持って行ってくれない?
城之内くんが喉渇いたって騒いでて……
僕達も買ったら行くから」

「ああ、いいけど……」

「犬成さんは何にするの? 先に買っていいよ。

あ、そういえばこの前貸したゲームなんだけど――」

獏良君が私に話しかけてきたのを見て、御伽君がみんなの飲み物を持って離れていく。

「うーん……何にしようかな」

喉は渇いていたが、特にこれといった希望はなく、迷う。


「あっ……他の人来ちゃった……後でいいや。
獏良君、先に買っていいよー」

そう、横に居た獏良君に話し掛けたら――

ガシッと手首を掴まれ、強い力で引っ張られた。

「ッ!? 獏良君?」

バランスを崩した私の手首を握ったまま、獏良君は自販機から離れていく。

「ちょっ――」

嫌な予感がした。

そう、だって、この強引さは――




「よォ」

人気のない物陰に連れて行かれ、振り返った獏良君は――バクラだった。


「ッッ!!??」

「なんで、とでも言いたそうな顔だな?」

「っ……あ……」

「ヒャハハハハ!
生憎だったなぁ!!
オレ様がその気になりゃ、いくらでもやりようはあんだよ!!」

高笑いをするバクラは、どっからどう見てもいつもの、傲慢で、不遜で、邪悪で――

私が大好きな、バクラだった――



「――で。
なにてめえは御伽とイチャついてんだよ」

「ッ! ちがっ……!!」

「その格好……
そんな際どいのを着て、人に見られるのが趣味だったとはなあ……ククク」

「違う……!」

「違わねぇだろ。
ケッ……、そんな格好してりゃ、どこぞの変態野郎に痴漢されても文句は言えねえよな?」

「!!!!」

バクラは何でも知っていた。

どうやってかはわからないが……私を最初から見ていたんだ。

見ていた上で、泳がせて、こうやって、後になってから――


「御伽サマは優しいよなぁ?
そんなオマエを気遣かってくれて……

ククッ、そうやって純情ぶってる奴が裏ではオレ様に弄ばれて悦んでるんだから……
御伽も救われねェよな、本当! ヒャハハハ」


ぐしゃり。


私の中で、何かが潰れた。


「……がう……、違う……」

「違わねぇだろ」

「違う……違う……!
違う! 違う違う違う!!!!!」

自分でもびっくりするような声がお腹の底から吐き出された。


「ッ――ばか!!

バクラのばかっ!!!!!」

気付いた時には叫んでしまっていた。

バクラの顔を見ようとしたら、いつのまにか自分の視界が滲んで歪んでいた事に気付き、堪らなくなって――

私は踵を返し、走り出す。

背後でバクラの舌打ちが聞こえたような気がしたが、構わず自販機で炭酸を買って、みんなのところへ戻った――




そのあとは散々だった。

私がみんなのところへ戻ってすぐ、いつもの獏良君が飲み物を買って戻って来たが――

もはや何をしても全く楽しい気分にはなれず、みんなに沈んだ顔を見せないように取り繕うのが精一杯で――

痴漢に遭ったことなんてすっぽり頭から抜け落ちてしまい、私をいたわる御伽君の言葉もみんなの楽しい会話も耳を素通りし、心がただ痛くて、押し潰されそうで、ずっと、上の空だった。



「今日は本当楽しかったぜ!! またな〜!」

「うん、またね!」

遊戯君、杏子、城之内、本田、御伽君、獏良君、そして私は、プールを後にしそれぞれの帰路についた。


時間が経つにつれ、私はだんだんと冷静さを取り戻してきていた。

あの、ついカッとなって叫んでしまった部分。

本来、バクラは何も悪くない。

彼はずっと『ああ』だった。今までも、多分これからも。

バクラは何も変わってないし、彼があんな風に、私が一番聞きたくないことを一番聞きたくないタイミングで言うのも、きっと本来の彼からしたら不思議じゃないのだろう。


でも、あの時は耐えられなかった。

一番縋り付きたい人に手を振りほどかれたばかりか、誤解されてからかわれた。
わかってはいたけど、そのダメージが大きすぎて受け止めきれなかった。

決闘に例えたら、リバースカード一つで壁モンスターを全部破壊されて、あげくダイレクトアタックを何回も受けた感じだった。

だが、それでも。

それはあくまでも、自分の決闘の腕が悪かっただけのこと。相手には関係ない。

逆ギレして決闘を途中で終わらせて逃げたのは自分なのだ。

勝てなくてもいいから、ちゃんと反撃を――対話を続けるべきだったのだ。


謝らなければならない。本来ならば……でも。

何と言ったら良いのだろう?
逆らってごめんなさい、と――?

……そんなことを延々と考えながら、私は重い足取りで家路をとぼとぼと歩いていた。


唐突にケータイが震える。メールだ。

『今すぐ家に来い』

送信者は獏良君だった。

しかしこの文面は、どう見てもバクラだった。


正直、今バクラに会うのはこの上なく気まずい……
しかし逃げたら、私は殺されるだろう。

それも悪くないな、と思いつつ、やっぱり謝りたいという気持ちが大きくなり……
私はそのまま、バクラの家に向かったのだった。


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