夏と悲哀と思い出と2



真夏の日差しを浴びながら、流れるプールやウォータースライダーなどいろんな場所で水と戯れる。

水着は相変わらず恥ずかしいが、水の気持ち良さと楽しさもあって、今ではそれほど気にならなくなっていた。


そんな感じで呑気にも、流れるプールに心地良く身を任せていた私だったが。

不意にお尻に感じた違和感。


(えっ……?)

それが人の手だとわかったのは、違和感がお尻から脚にかけて移動してきたからだった。

痴漢……!?

そう気付いたら、身体が一気に強張って、心臓がキュッときつく収縮した。

背中を、気味の悪い感触が這い回っていく。

気管が狭まって声が出ない。


バクバクする心臓のまま、とりあえず気持ち悪い手から逃れようと、プールの底に足をつけプールサイドへ歩き出した。

手が、スウッ……と離れていく。

構わずプールサイドに辿りつくと、脇目も振らず急いで水から上がる。

後ろを振り返る勇気も出ず――私は急ぎ足で流れるプールを離れた。


「桃香ちゃん、どうしたの?」

俯いていた私の視界の端に見知った姿が映る。

「大丈夫? 顔色悪いよ……?」

「……う、……ん……」

声の主――御伽君が心配そうな表情で私の顔を覗き込む。

彼も私達と一緒に、このプールに来ていたのだった。


「きゃ〜〜〜!! 痴漢!!!!」

背後で女性の悲鳴があがる。
私が出た流れるプールからだった。

「痴漢だって……!?」

「……」

御伽君という味方が現れた為、私は何とかプールへ視線を戻す勇気が沸いてきた。

プールの混雑に紛れ、「あいつ!!」と指を指す女性達と、その視線の先で、男性達と揉めている一人の男。

(――そうか、さっきのはもしかしてあの人が……)


「桃香ちゃん、大丈夫……?
もしかして……、君もあいつに何かされたのかい?」

暴れ、逃げながらも男性数人に取り押さえられた痴漢を眺めていたら、御伽君が声をかけてきた。

「うん……
なんか……そうみたい……」

「なっ……本当か!? 許せない!!」

御伽君が語気を強める。
私はうまく言葉が紡げなかった。

何故だかものすごく恥ずかしくなってきて、この場から逃げだしてしまいたい衝動にかられる。

涙がじんわりと滲んでくる――
まずい。


「あ……あいつ、捕まったみたいだよ。
大丈夫かい?
もう心配しなくて大丈夫だよ」

優しい言葉とともに、御伽君がそっと私の肩に手を置く。

「うん……」

泣き出したい気持ちをぐっと堪え、視線をもう一度プールに戻す私。
ちょうど痴漢と思われる男が周りの男達に取り押さえられ、係員に連行されて行くところだった。

後ろから、凄い形相になった女性達が罵声を浴びせ掛けながら着いて行く。

「君も行くかい?」

被害者だと名乗り出るか、と御伽君は訊いているのだと思う。

私は無言で首を振った。

怒りももちろんあったが、今はただ、恥ずかしさと不安でいっぱいで、とてもじゃないがあの女性達のように犯人と対峙する勇気は出なかった。

そんな私の気持ちを御伽君は察したようで、それ以上訊いてこなかった。
今は何よりそれが有り難かった。


「おーい!! 二人とも!!」

私達に気付いた城之内達がこちらへ駆け寄って来る。

「なんか痴漢が出たらしいわよ! 本当、最低!!
桃香は大丈夫だった?」

杏子が怒り心頭といった様子で私に話し掛ける。

「あっ、その痴漢なら今、連行されていったよ!!
勝手に女性に触るなんて……本当、最低な奴だ!!」

「マジか御伽! ったく、許せねーぜ!!」

御伽君がさりげなく助け舟を出してくれたため、私は何も答えずに済んだ。

御伽君の優しさが、今はただ嬉しい――


「私、なんか喉渇いちゃった。飲み物買ってくるね!」

「あっ桃香ちゃん、ボクも行くよ」

「おー御伽ぃ、オレ、コーラな!」

「何だと? 自分で行けよ城之内!」

「にしし! 頼むわ〜!
泳ぎまくって疲れちまったんだよ〜!」

「まったく……」


みんなと合流したあと。

そんなやり取りがあり、私はみんなの希望を聞いて、御伽君と二人で飲み物を買いに行くことにした。



「さっきは……気遣かってくれてありがとう」

自販機で飲み物を調達しながら、御伽君にお礼を伝える。

「いや、ボクは別に……
桃香ちゃんの方こそあんな不快な思いをして……
せっかく楽しく遊んでたのに台なしになっちゃっただろ。ごめんね」

「御伽君が謝ることじゃないから大丈夫だよ……!
悪いのはあの変態だし!」

時間が経ち、御伽君と話して気が紛れた事もあり、逃げ出したいような激しい動揺はもう薄らいできていた。

「そうか。
悲しむ君の姿を見てるとボクも辛いからね。
今度何かあったらボクにすぐ言いなよ。
君のためなら力になるから!」

「あはは……ありがとう」

御伽君てば、恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなくサラリと口にするから何だか照れる。

でもその優しい言葉に救われている自分もいた。


しかし本当は――

バクラに助けて欲しかったな、なんていう自分勝手な考えが一瞬脳裏にちらついて自己嫌悪に陥ってしまう自分もいて、ぶんぶんと頭を振ったのだった――


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