恋は盲目2



バクラがソファに足を投げだして座る。

「どうした? 来いよ」

私はおずおずとバクラに近付き、隣に腰を下ろした。


「何怯えてんだ?
殺しゃしねえから安心しな」

「う、うん」

殺されはしなくても、恥ずかしいことをまたいろいろとさせられるんだろう。


「……よし。
それじゃあとりあえず脱ぎな。

――で、オレ様を勃たせてテキトーに跨がってきな」

バクラは目も合わせずに冷たい声で言い放った。


「……」


――わかってる。

どんな扱いをされたって、構われないよりマシだって事――

しかしこれではあまりにも……


「……どうした? 出来ねぇってのか?」

「ううん……大丈夫」

落ち込んだって仕方ない。

私には、バクラに従うか、バクラから遠ざかってバクラに忘れられるかの二択しかないのだから。


震える手に気付かれないよう、バクラに背を向けて服を全て脱ぎ捨てる。

それからソファに腰掛けるバクラの足元に跪いて、彼のモノを取り出そうと手をかけた。

手がまだ微かに震えている。

喉のあたりがチリチリしていて、目頭が熱い。


ええい、こんなことで泣いてどうする――

私はかぶりを振って、行為に集中しようとした。


ポン、と……
頭に乗せられたもの……

バクラの手?

えっ……?


思わず顔を上げてしまう。

バクラと視線が合う。

自分が潤んだ目になっていたのに後から気付き、慌てて下を向いたらバクラに顎を掴まれて持ち上げられた。

「っ……!」

涙が今にも目尻から溢れそうになっていて、視界がどんどん滲んでいく。

「こんな扱いされてまでオレ様の側にいたいのかよ……?
馬鹿だろてめえ」

バクラが呆れたように吐き捨てる。

「だって……、
だって……
好きなんだもん……」

目におさまりきらなくなった水滴が、はらりと零れ落ちた。


「好き、ねえ……
オレ様にはそんな感情理解出来ねえな……
こんなプライドを踏みにじられても黙って従うなんて感情はよ……」

「だって闇の人格だもんね」

「あぁん!?」

「ごめんなさい!!」

殴られるかと思って身体を固くした。

だが拳のかわりに飛んできたのはひんやりとした指先で、私の頬をなぞるように滑ったそれに、唇のラインをなぞられた。

「ば、くら……」

「何だよ」

ぐい、と肩を掴まれて引っぱられたので、私は膝立ちになってバクラの脚の間から彼に身体を近付けた。


私はずっと、バクラに言いたかった事がある。

自分の魂を削り出すように、必死にバクラにお願いしたかったことがある。

たとえそれが、身勝手な願望だとは分かっていても。

膨れ上がる感情をずっとずっとこらえてきた私は、もはや言わずにはいられなかった。


「いつかはバクラはいなくなるでしょ……?
千年アイテムが揃っても、揃わなくても――

私はバクラがいなくなるのが一番怖い……
だから」

バクラは私の話をじっと聞いてくれている。


「バクラに私の命をあげる――

私はデュエルもそんなに強くないし……
遊戯君たちと敵対するのも嫌だけど――

でも、バクラがいなくなるよりマシ。
だからパラサイトマインドでもいざという時の生贄でもなんでもいいから、私を使って……!

そのかわり、私に……
バクラが知らない『愛』を教えさせて……!!

そして……側に居させて……
お願い、します……!!」


口に出せば、それは頭で考えるよりずっと熱くて途方もない激情だった。

とめどなく涙が溢れてきて止まらない。

我ながら、なんて勝手なお願いをしているんだと呆れる。

重すぎるし、自分勝手にもほどがある。

でもいろんな感情がごっちゃになって、頭がぐちゃぐちゃで、うまく整理できないし話せない。

こんな……気持ちを押し付けるようなこと、したくないのに!


「うぅっ……、
ごめん……なさい……!

ごめんなさい……
ごめんなさい……!」

わけがわからなくなって、ぐしゃぐしゃになった顔を手で覆う。

これじゃバクラに嫌われる――

どうしたらいいんだろう……!?


「チッ……、めんどくせぇ」

ふわ、とバクラの匂いがすると思ったら、私はバクラの腕の中にいた。

バクラの胸の千年リングが私の素肌に押し付けられる。
ヒンヤリとした金属の感触に一瞬身震いする。

「……!」

バクラの指が私の頭に差し込まれ、髪ごとくしゃくしゃに撫でられた。

「うぅ……ダメだよ〜……!」

そんなふうにされたら。
余計涙が止まらなくなるから。


「何か勘違いしてんじゃねえのかオマエ……
オマエはとっくにオレ様のモンなんだからよ……

オレ様の邪魔をしねぇ限り、使える限りは手放したりなんかするかよ……!」

バクラが耳元で囁く。

頭の芯がクラクラした。


「わかってる……でも……
私の『使える』部分て身体だけでしょ?

だから――
いつか、飽きて捨てられちゃうんじゃないかって――」

ギリ。

皆まで言わせず、バクラが私を痛いくらいに抱きしめた。

先の尖った飾りのついた硬い千年リングが、何も纏っていない私の胸に食い込む。

この細い身体のどこにこんな力があるんだろう。


「っ……! いたっ……
バク……、くるしっ……!」

バクラのきつい腕から逃れようと、もがく。

ふと腕の力が緩んだので身体を引こうとしたら、顔をがしっと両手で掴まれて固定された。

バクラが私を真っ直ぐに見つめてくる。

また心臓がズキンと高鳴って、自己主張をしはじめる。


「わかってねェなァ桃香さんよォ……

オレ様のものになるってことは、身体も、魂も、命も、その恐怖や悲鳴の断片すら残さず全て――
とっくに全部オレ様のもんなんだぜ……?

――最後までな」


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