「ねぇ二人とも。
今夜は鍋にするから、うちに来ない……?
部屋にコタツ作ったから寒くないよ!」
とあるハンバーガーショップ。
三人で席を囲みながらそう言い切った時、二人はポカンとした顔で私を見た。
同じタイミングで、よく似た表情を浮かべた彼ら。
そんな彼らの反応に思わず笑ってしまった私は、直後に二つの舌打ちを聞く羽目になるのだった。
二人――ふたりのバクラ。
白い肌をした彼と、褐色の肌をした彼。
獏良了という現代の高校生を宿主とする、『バクラ』。
彼は千年リングという3000年前に作られた宝物に宿る『邪悪な意思』であり、この現代で、同じく器となる人間の体を借りて現界したとある王様の魂と、因縁の決着をつけようとしている。
そして、もう片方は。
その『バクラ』の人格の、元になった人間――3000年前の古代エジプトに実際に生きていた、少年で。
盗賊王バクラ。
頬に大きな傷跡を残し、復讐と大いなる力を欲す彼は、突如として3000年前からこの現代童実野町に飛ばされて来たのだ。
タイムスリップ――不可解なトリップ現象。
それにまつわる紆余曲折は、まぁ、ここでは割愛するとして……
とりあえず、二人のバクラは、私というしもべ……奴隷? 玩具? の前で、同じ声で喋る。
不敵な笑みを浮かべて。
胸元に各々千年リングを掲げ、クククだのヒャハハだのと得意げに嗤いながら、堂々と。
そして私は、そんなバクラが――
二人のバクラたちが大好きだった。
それこそ、死ぬほど。
「チッ……、くだらねえことばっか考えやがって……」
白い肌のバクラが呆れたように紡いだ一言は、褐色肌のバクラによって遮られる。
「なべ……ってのは確か、調理に使う道具のことだったな。
コタツってのは初耳だ。
……言語も文字も不自由しねえっつーのは有難いが、細部に不自由があるってのがムカつくぜ」
私が続きを語る前に、彼はケッ、と更に吐き捨て、それから。
「オレ様をこの世界に飛ばしやがった、神みてぇな奴……
あいつも随分と不親切だよなぁ?
どうせ勝手に飛ばすなら、この世界の知識ってやつを、丸ごと頭にブチ込んどいてくれたってよかったのによ」
客の姿がちらほら見える店内、一見ガサツに見えても慎重で聡い
自分のこめかみをトントンと指さしながら。
盗賊王バクラを、古代から現代に飛ばした超越的存在……
それに関しては私もバクラも言いたいことは山ほどあるが、どうやら今はそれは叶わないらしい。
歴史をねじ曲げてここに存在している盗賊王と千年リングに宿るバクラ、つまり二人の『バクラ』は、彼ら自身の目的が果たされるまで……
つまり、彼らが敵とする某王様(ていうか私の友達なんだけどね)と決着がつくまで、『存在』を『保留』されたのだ。
大いなる視座からの、『見守り』。
その結末がどうであろうと。
バクラたちは今はただ足掻くしかないし、言いかえれば、決戦のその日まで、どんなに退屈であっても日常を過ごして行かなければならないのだ……!
そんなわけで。
「いらっしゃい〜!
外寒かったでしょ? なんか雪の予報出てるらしいね」
真冬の上着を身にまとい、私の家へとやってきた二人のバクラ。
かつて、露出度の高い古代の服を着ていた盗賊王バクラは今や、巷で悪目立ちしないよう、適当に揃えた現代日本の洋服を着込んでいる。
真冬の空気は、彼らにとってもだいぶ堪えたのだろう。
獏良君の体を宿主とするバクラは、表情こそ平然としているものの、外界の冷気に当てられた白い肌――とくに頬や鼻の頭あたりが、ほんのり赤らんでいた。
一方の盗賊王バクラは。
砂漠の国育ちの彼などは、口には出さないものの、日本の冬――砂漠でも夜は寒いらしいが一過性のそれとは違う四六時中寒いのが続くという環境――が信じられないらしく、ずっと眉根を寄せて寒さを堪えるように仏頂面を浮かべているのだ。
寒い外界から暖かい室内に入った時、心なしかほっとした表情を見せた盗賊バクラを私はこの冬何度も見ているし、多分気のせいではない……と思う。
「二人ともこっちに座ってて。
……もうすぐ鍋煮えるから持ってくるね。
適当にテレビでも見てて」
親の居ない週末、私は2階にある自分の部屋を片付けコタツを整え、そこで鍋料理を振る舞うために二人を呼んだのだ。
「そこに座って……、それで、このお布団みたいなのを脚に掛けて……!
長く入ってても火傷しないように、じんわりとした温かさになってるよー」
何度か私とコタツに入ったことがある
彼は少々訝しんだ様子を見せながら、コタツの前に腰を下ろし、コタツ布団に手をかけたのだった。
「……鍋っつーのはハンバーガーや牛丼より美味いのか?」
私がキッチンへ向かおうと彼らに背を向ければ、背後で聞こえて来た声。
どうやら盗賊王はそれを千年リングに宿るバクラに問いかけたらしく、バクラは一瞬間を置いたあと、「……さあな。好みの問題だろ」と答えていた。
予期せぬ『素』で『素直』な返答に、思わず口元が緩んだ私が振り返れば、視線が合ったバクラが「っ、さっさと行け!」と私をどやしつけたのだった。
千年リングに宿るバクラと、盗賊王バクラ――
彼らが私という緩衝役……いや、苛立ちのぶつけ先、暇つぶしの共通玩具……が居ない時は、どんな会話をしているのか。
その光景に思いを馳せると、私の顔からは一生ニヤニヤめいた笑みが消えなくなる気がして、私はキッチンへと向かいながら自分の顔をパンパンと叩いたのだった――
グツグツと煮え立つ鍋の出来を確認し、鍋つかみ用のミトン手袋をはめて土鍋を持ち上げる。
本来ならダイニングテーブルで食事を取るべきなのだろうが――今運悪くLDKの床暖房は壊れていて、そちらにはコタツがないというおまけ付きなのだ。
エアコンの暖房をガンガンにつけるという手もあるが、電気代もかさむだろうし……
何より私的には、自分の部屋でコタツとこじんまりとした電気ストーブに当たりながらぬくぬくするという過ごし方の方が合っているので、今回はバクラたちにも私の好みに合わせてもらうことにした。
鍋を運びながらバクラのことを考える。
人智を超えた『力』により、古代から現代に飛ばされた盗賊王バクラ。
彼は今、獏良君や私の家、そしてネカフェなどを転々と泊まり歩いている。
これは、獏良君にも私の家族にも盗賊バクラの存在を知られてはならず、かつ戸籍もない彼を現代で寝泊まりさせる為の苦肉の策だった。
状況だけを考えれば、宿主である獏良君の意識をずっと押しのけた上で、表に出ているバクラが盗賊王を自宅に泊め続けるのが一番楽だったのだろう。
なんたって、獏良君の家は一人暮らしなのだから。
……が、それは人道的にも人間関係のトラブルを避けるためにも、出来るだけ取ってはならない方法だった。
何故なら、『バクラ』の精神が表に出ている間、肉体の本来の持ち主である獏良君の記憶は無くなってしまうのだから。
もしバクラが盗賊王を居候させている間、獏良君の意識を封じて延々と表に出続けていようものなら、本来の獏良君には長期間に渡って記憶の空白が出来てしまうことになる。
朝、家を出て学校へ行っている時だけ記憶が鮮明で、帰宅してからは翌日の登校までずっと記憶が無いなんて、いくら何でも不自然だし可哀想にも程があるだろう。
ならばと、獏良君には極力普通の獏良君で過ごしてもらい、盗賊王には両親が家を空けることが多い私の家に居てもらったり、それも無理な時はネカフェなどに行ってもらったりなど、いろいろと手を尽くすことになったのだ。
もっとも、一応未成年に区分され身分証も持っていない盗賊バクラが、外の施設でどうトラブルをやり過ごしているのかは、私的にはあまり深く考えたくないところだったり……
そんな事情もあって、今さっき盗賊王が口にした「ハンバーガー」や「牛丼」という単語を考えると、一人で居る時の彼の食料事情が伺えてちょっと可哀想……
というか、せめて私の家に居る時だけは、もっと違うものを食べさせてあげたいという気持ちになるのだった。
「出来たよー!
熱いから気をつけてね〜」
土鍋を自室に運べば、自室のテレビがつけられており、二人は退屈そうに適当な番組を流し見していた。
鍋をコタツの上に載せ、先に運んでおいた取り皿や箸を広げる。
それから鍋の蓋を開ければ、グツグツと煮え立つ音と熱い蒸気が辺りに広がった。
「バクラさん豚肉が好きだって言ってたから、お肉沢山入れたよ〜!
あとは白菜にネギにしいたけと……至って普通の具だよ」
ようやく来たか、と言った感じで二人が目線をこちらへ寄越し、私は鍋の中身をざっくりと伝えてから、それぞれの取り皿に少しずつ具を分けてあげた。
「味はちゃんとついてるけど、物足りなかったらここにある調味料適当に使ってね。
具が減ったらシメに何か入れるから。
あと、飲み物は……」
「飲み物なら持ってきてやったぜ。
一本飲みかけだがオマエなら飲むかと思ってよ」
飲み物に言及したところで、すいと差し出されるビニール袋。
盗賊王が差し出した袋の中には大きなペットボトルがいくつか入っていて、確かに一本お茶のペットボトルが、半分くらい残っている飲みかけだった。
「じゃあこのお茶は私が貰うね。
残りは二人で好きなの飲んで〜」
三つの取り皿にとりあえずの具を分け、三つのコップをそれぞれの前に置いたところで、私だけ「いただきまーす」と声を出せば、バクラたちも無言で箸を手に取ったのだった。
「…………、」
まるで動物が未知の獲物を見つけた時のように、小皿に盛られた鍋の具をじっと観察し、それから箸をつけた盗賊王。
肉を挟んだその箸が、ゆっくりと彼の口へ運ばれる――
というところで、紫がかった双眼がぎろりとこちらへ向けられた。
「何見てんだよ」
まるで裏路地にたむろする不良のような台詞と、彼が無自覚に発する引力のようなオーラ。
「ッ……!!」
それらに真正面から相対してしまった私は、飲み込みかけた口の中のものを飲み損ね、いきなり噎せてしまう有様で。
「っ…………、ケホッ、ゲホッ、……んっ、
ちょっとごめん…………、ケホッ、ケホッ……!!」
まだ一口しか食べていないのに、素早く席から離れ、部屋の隅で咳を繰り返す羽目になったのだった。
「はー、はー…………心臓に悪い……
ていうか食べてる時はやめよう……死んじゃう……」
呼吸を整えて席に戻れば、獏良君を宿主とするバクラが、心なしか呆れたような視線をちらりと私に向けた。
うん……言いたいことはわかるよ……
とりあえず、バクラたちも食べづらいだろうし、彼らの食事風景をじっと観察するのはやめよう……
そう考えて、私は火照る頬を誤魔化すようにテレビ画面へと視線を向けたのだった。
「鍋……美味しい?」
どちらにともなく訊けば、「ン……」という一声と、「悪くはねえぜ」という声が同時に返ってくる。
煮えた鍋はとても熱く、とくに汁気を多く吸っている具は、小皿に取り分けた後もしばらくその内側に熱を蓄えている。
本来、鍋料理を食べる時は、そのあたりにも注意しないといけないのだが――
「ッッ!!!!」
箸でつまんだ椎茸を、ぱくりと丸ごと口に放り込んだ盗賊王。
その体が一瞬だけバグったようにビクリと震え、直後、彼は弾かれたように冷たい飲み物の入ったコップを呷った。
「あっ……」
大丈夫、と言おうとして、いやでも彼のことだからいちいち気遣われるのは煩わしいかもと思い、私は口をつぐむ。
「……熱いからちょっとずつ食べた方がいいよね、」
そんな風に遠回しに鍋の温度の危険性について触れれば、私の向かい側に座る現代のバクラがヒャハハと短く嗤った。
「ケッ、ざまあねえな」
嘲笑うような一言には、盗賊王ともあろう者が鍋物で口の中を火傷! 笑えるぜ! というような文言が省略されており、私はハラハラしながら二人を交互に見遣るのだった。
冷たいものを口に含み、無言で軽く口元を抑えた盗賊王が、殺気のこもった視線で現代のバクラを睨みつけていたことは言うまでもない。
そうこうしているうち、熱々だった鍋の温度も徐々に下がり、各々具を口に運ぶペースも上がって来た。
私がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
白い肌のバクラが、鍋の中を泳いでいる肉に箸を伸ばした瞬間、それは起こった。
カチ、という固い音。
あろうことか、別方向から伸びてきた盗賊バクラの箸が、白いバクラの箸を遮り、周囲にあった肉をごっそりとかすめ取ったのだ。
これには白いバクラも黙ってはいられない。
彼は「おい!!」と反射的に叫ぶと、「てめっ……、ふざけんじゃねえ!!」と声を荒げた。
だが、返って来たのは、「何だァ? ボサっとしてるヤツが悪ィんだろ、」という挑発めいた台詞で。
「…………、」
「…………」
「え…………なにこれ……
こんなの可愛すぎて無理だよ……どうすればいいの、」
頭がおかしくなった私が呟けば。
四つの眼球が同時にこちらを向き、まさにジト目と言った目付きで、私を睨めつけたのだった――
無理……、無理…………
二人のバクラはいつだってこうやって、私を狂わせる。
似て非なる、けれど確かに近似値にある彼らは、私がそれをどう受け止めるかなど気にも止めず、思うがままに行動する。
何故なら――そう、それが『バクラ』だからだ。
そして、そんなバクラたちに当てられた私は、いつだって体を火照らせ、こみあがってくる笑みをこらえ、まるで蜂蜜の海にダイブしたように甘さに溺れるのだ。
どこまでも。
もはや、鍋の味なんてろくにわからない。
それでも私は、一度険悪になったもののとりあえずは普通に鍋を食べ進めている二人に従って、自分も箸を進めていった。
激しく動揺しないよう注意を払いながら、向かいに座る現代バクラと、テーブルの角を隔てて隣に座る古代のバクラを、さりげなくあらためて見つめてみる。
――獏良君の肉体を持つバクラは、無言無表情のまま黙々と鍋の中身を口へと運び、時折自分で土鍋の中身を掬って取り皿へと移していた。
さすが現代の生活に慣れたバクラだけあって、その所作はどこからどう見ても人間らしく、自然だ。
こちらを見ないバクラの伏し目がちの双眸は私の心臓を止めるのに充分な破壊力が込められている気がして、私はそれ以上彼を見るのをやめ、隣に視線を滑らせた。
もう一人のバクラはと言えば。
かつて盗賊王と呼ばれた彼は、鍋の出汁が染み込んだ豚肉をもぐもぐと頬張っていた。
先の現代バクラと同じように、無言で。
時折飲み物の入ったコップを手にし喉へ流し込みながら、彼もまた土鍋の中身を自分で掬攫って取り皿へ移している。
その時に、彼の小皿の中身が大部分肉で占められていることに気付いた私は、きゅっと収縮した心臓に反応してまた噎せそうになり、もはやBGMと化しているTVへ無理矢理意識を向けたのだった。
綻びそうになる顔をこらえ、鍋の具もいい感じに減ってきたところで、そろそろシメに移ることにする。
「鍋のシメ……ご飯と鍋用ラーメンとうどんがあるけど……ご飯でいいかな?」
「ラーメン」
「うどん」
告げた言葉は、同時に別々の単語で返ってくる。
「あっ、じゃあご飯はやめようか」
「うどんだと……? あの白っぽい麺だろ?
ラーメンの方が旨いだろうが」
「何だと……? ラーメンも悪くねえが、この出汁にはうどんだろ」
再び同時に発せられる意見。
「待って、えっと、バクラさんはラーメンが良くてバクラはうどんがいいの……?」
「ケッ、現代初心者に味の違いを期待するだけ無駄ってコトか」
「なんだと……!? オレ様は何度かうどんつーヤツを食ったことがあんだよ。
別に不味いとは言わねえが、ラーメンに比べりゃ味気ねえだろ……!」
「ラーメンつーのはスープと組み合わさって初めて美味さを発揮すんだよ……!
何でもかんでもあの麺をぶち込めばいいってもんじゃねえんだ」
真正面から対立する、二人の主張。
困った私が、「どっちでも同じじゃ……」と漏らせば。
「は?」
「は?」
ここぞとばかりにピッタリと息の合った二つの声が、私を威圧したのだった――
「…………で。
これが貴様の出した答えか?
……ケッ。てめえがそういう奴だってことを忘れてたぜ」
「ヒャハハッ! 選べないならどっちも欲しいってか!
この盗賊王さえ呆れさせる強欲っぷりだぜ……!
ま……、嫌いじゃねえけどよ」
「褒め言葉として受け取っておくね……」
キッチンで温め直された土鍋。
再びコタツの上に戻されたその中には、白い麺と黄色い麺が仲良く一緒に泳いでいた。
「ラーメンとうどんを一緒に入れるとか……頭おかしくなっちまったのか?
いや、元からか」
白い肌のバクラが、千年リングを揺らしながら肩を竦めて私を揶揄する。
「不味かったら承知しねえぜ」
褐色肌のバクラが、これまた千年リングを揺らしながら不敵に嗤う。
「一応、両方の麺の茹で時間調整したから……
菜箸持ってきたし、これでラーメンとうどんをちゃんと取り分けてあげるから」
言い訳がましく私がそう申し出れば、「もういい」と手短に告げた
無言でそれに続いた
何だか、鍋の中でゆるく混ざり合う二種類の麺が、今ここに存在する似て非なる二人を象徴しているような……
そんな気持ちになったのだった――
………………
…………
……
「…………お腹いっぱい〜〜
ごちそうさまぁ〜〜…………えへへ」
それは。
――例えるなら、緩やかな坂道なのだと思う。
もし、歩いている道の途中で、大きな段差があったとしたら。
誰だってすぐに段差に気付くだろうし、万一見逃したとしても、派手につまずいてハッとすることだろう。
けれども。
その道にあるのが、段差ではなく。
道自体が、緩やかに緩やかに下っている坂道だとしたら――
果たして、てくてくとそこを歩く人間は、坂道が坂道であることに、すぐ気が付くだろうか……?
長い距離を歩いてから、来た道を振り返った時に初めて傾斜に気付くような、そんな自然な坂道。
つまり。
私は、宴もたけなわになった今になって、遅ればせながらようやく気付いたのだ。
自身が緩やかな坂道を下っていた事に。
体が熱くなり、気分がハイになり、かわりに思考は鈍って理性が働かなくなるという、恐ろしい下り坂を――
「あはは……! 変なの…………
なんかすごく楽しい気分……
体あったかいし。今なら外でデュエル出来そう〜」
「………………」
「もう外、真っ暗なのにね! あはは!
闇夜のデュエル! 真冬の気温の中ぁ〜、闇のゲームの始まりだぜぇ〜!
なーんてね…………えへへ、バクラがデュエルしてるとこまた見たい……
だって滅茶苦茶カッコイイんだもん……好き……」
「…………おい」
「バクラ……あっ、バクラさんも居る〜……
バクラが二人……バクラが二倍……
ねー、バクラさんその洋服似合ってるねー、……好き……
バクラさんもデュエル覚えたんでしょ……?
今度私とデュエルしてー、お願い致します……」
「……おい、待て、つーか…………」
白い肌のバクラが、何故か眉根を寄せて私をじっと睨めつけている。
え……そんなに見つめたらやだ……何も考えられなくなるから……
コタツの中で脚を伸ばせば、誰かの脚が触れ。
私はツツツと足の爪先でそれを辿ると、その脚がどちらのものであるかを確かめた。
「あー、バクラさんの脚かぁ〜……ふふふ」
胸いっぱいに広がる甘い気持ちは、幸福感そのもので。
心なしか重くなる瞼を強引に開いて隣の盗賊王バクラを見つめれば、フフンと嗤った彼が私に手を伸ばして来た。
まるで犬が飼い主に撫でられるのを待つように、頭を差し出せば、ぐりぐりという感触が私の頭を撫で回す。
「あは……」
「マジかよ……くそったれ」
思わず漏れた自分の変な声と被って聞こえて来た声は、獏良君の体を持つバクラの声だろうか……?
「桃香。今何を考えてる……?」
柄にもなく私の頭を撫でる盗賊バクラが、やけに優しい声で問い掛けてくる。
何、って……
この状況でバクラ以外のことを考える余裕なんて無いよ……
私がそう答えれば、盗賊バクラは私の側へ近付き、唇を耳元に寄せて来て――
「おい。いい加減にしろ」
割って入った白いバクラの制止も意に介さず、至近距離で囁かれたのは……
「オマエはどっちの『バクラ』がイイんだよ?」
という一言だった。
「どっちも…………どっちも好き…………」
直近にある体温が、私を狂わせる。
脳の、心の、頬の、下半身の――
あらゆる熱が、私を溶かしていくのだ。
それから、大きなため息が聞こえ、次いで
不可解な、その言葉は。
「おい貴様……コイツに酒飲ませやがったな」
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