「バクラ、バクラ……っ」
上擦った女の声が頭に反響する。
組み敷いて突き上げた女の顔を覗けば、顔を火照らせながら淫欲と恋情に塗れた吐息を吐き出し、真っ直ぐにこちらを見つめ切なげに喘いでいた。
眼を細め、思考に意識を集中させる。
この肉体はあくまでも獏良了という人間のものだ。
身体的な欲求に意識を引きずられるのは、愚の骨頂としか言いようがない。
肉体の支配を獏良了から奪ったまま、意識だけを肉体的感覚から切り離す事は造作もない。
そもそも、はじめからこんな行為は不毛だったのだ。
宿主の獏良了に向けられているとばかり思っていたこの女の視線が、よくよく観察すれば宿主ではなくその奥底にいるバクラという精神、つまり自分自身に向けられたものだと気付いたのはいつだったか。
これは面白いこともあるものだと、遊び半分で半ば強引に、人間の男が女にする行為をなぞったのはいつの事だったか。
やがて女の感情が、思ったより深く、その身を自ら火にくべても後悔のないほど灼熱の色彩を持っていたことに気付いたのは――
否、そこに至るまでの激情を自分の行為が育ててしまったのだと気付いたのは、いつだったのだろう――
勿論それは、決して予想外のことではなかった。
来たる決戦、武藤遊戯が所持する千年パズルに潜むファラオの魂との3000年を超えた戦い――
千年アイテムを揃えて大邪神を復活させるという自らの目的を果たす為、その為に、少しでも利用出来るものは手元に置いておこうと考えて。
上辺ではあの遊戯達一行のお友達ごっこの一員であるこの女も最終的に何かに役立つのではないかと、その為にお友達への忠誠心を上回る依存を自分に仕向ける必要があると考えて。
面白いように自分に依存していく女を、内心ほくそ笑みながら弄んでいたのは悪い気分ではなかったし、良い暇つぶしにもなったはずだった。
だが。
「すき……っ、バクラぁ……、すきっ……!」
手を伸ばした女に頭を差し出せば、女は待っていたかのように首筋に縋り付き、堪えきれない熱を口の端からぽろぽろと零す。
その様を、下らないと、ただ見下しているはずだった。
はずだった、たしかに――
「っ、は……ッ」
肉体はたしかに精神から切り離したはずだった。
今この低俗な行為に興じてるのは、あくまでも獏良了の身体の本能的な部分に任せたところによるものだったはずだ。
だが、どういうわけか……、肉体から切り離したはずの精神の一部がまた肉体に戻り、次の瞬間には女の唇を塞いでいたのだ。
「んっ……、ん……! ぁ……っ」
――チッ、またこれか……!!
わかっている。
こんな事は一度や二度じゃない。
はじめは完璧にコントロールできていた肉体と千年リングに宿る自分の精神のバランスが、いつしか崩れはじめたのは、この女を弄ぶようになってどれくらい経ってからだったろう。
勿論、闇の力と邪悪な力を持つリングの魂が、こんな人間の小娘ごときに揺らぐことはありえない。
なら何故。
「は……、ん……っ、バ、クラぁ……っ」
切り離しきれなかった肉体的欲求のまま舌を絡ませれば、生まれた電流が頭の芯を焼き心臓を通って下半身に流れこんでいった。
――ああ、わかっている。
このままならない現象は。
気が狂ってるのではないかというほど『バクラ』に入れ込む女の姿に呼応して、切り離したはずの肉体の感覚を予期せず引き戻されてしまうのは。
3000年前、リングに取りこんだ魂の一部に原因がある事に、とっくに気付いている。
元々人間だったあの男、盗賊のあの男の魂のせいに他ならないと――
「桃香ッ……」
女の名前を紡いだのは闇そのものの『バクラ』の意識ではない。
滑稽な話だ。
全てを奪われ、災厄の原因であるファラオに復讐すると誓ったはずの男の魂が、3000年を越えてこんな女一人にたぶらかされるとは。
ああ、わかっている。
勿論、盗賊の魂全てではない。
あの盗賊の魂、その中でも更に一部、記憶の断片に残ったわずかな一部の、人に寄り添いたいと思う人間らしい欲求のわずかな一片が、ここに来て不可解な影響力を持つに至っただけにすぎない。
闇の力に飲み込まれ、己の意識も記憶もバラバラになったはずなのに、こうして生身の人間に触れることで顕在化する、人間らしい意識。
以前遊戯とのデュエルの時に、宿主である獏良了をマリクの提案した戦法から守ったのも、その戦法が効果的ではあるが同時に無様で卑俗であることに、その『人間らしい意識』が我慢ならなかったからだった。
人間はあの感情をきっとプライド、自尊心や矜持と呼ぶのだろう。
そもそも、自分とは何だ……?
宿主には、自らを盗賊だと言った。
だが自分では、盗賊の魂が己を構成するものの一部でしかないことはとっくに気付いている。
ならば、己自身とは――
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bkm