たとえばこんな結末2



「っ、はッ……」


そこまで考えるといつも意識が混濁する。

まるで己の存在について考えることを否定されたように。

その力の根源がどこから来るのかは勿論わかっている。

己自身でもある闇の意識だ。


そして、疲れたように考える事を放棄して肉体に意識を戻せば、魂の奥底に眠る盗賊の意識が身体を支配する。

もちろんそれは他人ではなく、あくまでも己自身である『バクラ』の延長にしか過ぎない。


「桃香ッ……、」

「あっ、バクラぁ……っ、バ、クラぁ……っ、ん……!」

肉体的感覚に理性を失って引きずられていく感触を、悪くないと思う意識。

それを、滑稽で愚かしいと憎々しげに見下す意識。

女を支配する為と暇つぶしの一石二鳥だと愉悦に興じる意識。


リングに眠る様々な意識の断片が、宿主である獏良了の脳を借りて浮き上がっては沈んでいく。


限界だと悟った。


このままではきっと、ろくな結果にならないだろう。


リングの中に眠る人間らしい感情を抹殺しようと試みても、反発する意識がこの女によって増幅され、力を持ち始めている。


勿論このオレ様がそんな意識に負けるとは思えないが、念には念を入れる必要がある。


――そもそも、『オレ』とは誰だ?

あの疑問がまた頭を掠め、反射的に闇が思考を塗り潰していく。


――ああ、わかっている。
もう十分だ。



「桃香……っ」

女の名前を紡ぐ。

今度は明瞭とした『バクラ』の意識で。


「オマエが悪いんだぜ」

月並みな言葉しか出て来ないことに苛立ちを覚えつつも、最期だからと饒舌に語るつもりもなかった。


――闇が背後で急かす。

早くこの状況の根源を消してしまえと。

ああ、わかっている。

遅かれ早かれ、形は違えど、こうなっていたには違いないだろう。

闇に魅入られた女なんざ、人間基準で考えれば、死を賜ったとしてもさほど残酷でもあるまい。


女の身体を突き上げながら、そっとその首筋に手をかける。

色をたっぷり含んだ吐息を吐き出しながら、桃香が少しだけ微笑んだ。


「桃香……
冥界に行ったら、」

「……うん、っ……」

「いつか迎えに行ってやるよ」

「……っ、うん、…ッッ」

その言葉が、死に行く女への手向けのつもりだったのか、『バクラ』の一片の本心から出たものなのか、もはやわからなかった。


ギリ、と桃香の首に回した手に力を込める。

リングの奥底で盗賊の魂の一片が揺らいだような気がする。

だが、背後の闇に抑えつけられれば、もはや何も言うことはなかった。


「か、はっ……!」

桃香が全てを悟ったように一瞬微笑むと、苦しそうに眼を細め、わななく唇で言葉を紡いだ。


――どこまでもついて行くのに、今じゃなきゃ、ダメ……?

途切れ途切れにそう漏らす言葉に、「駄目だ」とにべもなく返す。


哀しそうに「そっか、」と漏らした桃香の身体を揺らしたまま、頸動脈を指で押し潰せば、もはや声にならない唇が、ありがとう、と形作って微笑んだ。


この魂と身体に残った熱を、最期に桃香にくれてやろうと唇を塞ぐ。

眼を閉じた桃香の目尻から涙がこぼれ落ち、舌でそれを掬いとってやれば、桃香の唇がさらに吊り上がって満足そうに綻んだ。


「じゃあな、桃香」


首を絞める手に力を込めたまま今や獏良了の肉体の感覚と完全に同化した身体で女を突き上げれば、絶頂が近付き、最後に与える熱が下半身に集中していく。


児戯にも等しい意味のない行為はやめろ、そう闇がざわめいたような気がするが、行為を中断することはしなかった。


もとはと言えば、闇の支配が不完全だからこんなことになったのだ。

人間らしい残滓なんざ、完全に塗り潰して消してしまえば良かったのだ。


――ああ、わかっている。

元が人間である以上、人間の気配を完全に消すことなんざ出来やしない。


オレ様は闇そのものだが、そもそも人間の中に闇はあるのだから。


ハッ、――

嗤いたくなる衝動を堪えて、意識を肉体に集中させ、そして――


湧きあがる熱を女の中に吐き出したところで、ぶつりと完全に肉体的感覚を切り離した。



「ククッ……、ハハハ……ッ、

ヒャハハハハハッ……!!!!!!」


もはや物言わぬ事切れた女を見下ろせば、魂の熱が急速に冷えていくのを感じた。



――ああ、わかっている。

やるべきことはただ一つだ。


3000年果たせなかった目的を、今この時代で果たしてやる。

その為にオレ様はここに存在する。


ちょいと寄り道が過ぎたことは認めてやる。

だが、3000年という悠久の時の中では、多少寄り道をしたところでたいした問題はないだろう。


黒いコートを羽織り、夜の帳の中へ身を滑らせていく。


「桃香」


この手で殺した女の名前を紡ぎ、宿主の首から下げられた千年リングに指を這わせ、瞳を閉じた。


「待ってろよ、遊戯ィ……!!」


闇の意識が待っていたように全てを塗り潰す。


やがてすっかり冷えて冴えた頭で、ファラオを葬る計画を練り始めた。


それでいい、と狂喜した闇が、満足そうに蠢いている。

下らねぇ。呑気なものだ。

だが悪くない。


ゾクゾクするような感覚に身を委ね、舌なめずりをすれば。


――頭から女の名前は消えていた。





END

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