「ちょっと待ちな」
ドキリ。
心臓が跳ね上がる。
いつもの獏良了とは、声自体は同じでも声色は全く違う。
そう、この声は――
「うん? なに??」
何事もないかのように振り向く。
顔が……直視できない……
視線を合わせずに、ごく自然に振る舞おうと試みる。
視線が泳ぐのが自分でもわかり、唇を噛み締めて不穏に高鳴る胸を抑えた。
「バレバレなんだよお前」
「ッ……!?」
「オレ様の事、いつも艶っぽい目で見やがって……
……気付かれないと思ったのか?」
呼吸が止まる。
バクラ……
そこに立っているのは紛れもなく彼で――
そして、私がいつも彼を見ていることがバレており――
あろうことかこんな形で指摘されてしまうなんて――
「…………」
バクラは獏良君に戻ることなく、こちらを伺っていた。
「何とか言えよ」
……何も言えない。
呼吸が苦しい。
というか呼吸の仕方を思い出せなかった。
心臓はさっきより締め付けられ、ドクドクと激しい鼓動を刻みながら全身に血を送り、額に滲み出た汗が髪を張り付かせていた。
唇はじわじわと震えを生み、きつく噛み締めていないと痙攣を起こしそうだった。
――痺れを切らしたらしいバクラがこちらへにじり寄って来る。
足がすくんで動かない。
いや、逃げようと思えば逃げられたのかもしれないが、何となく逃げたくはなかった。
ここで逃げたら、何もかもが一切合切終わる気がした。
やっと繋がった、バクラと自分を繋ぐ僅かな糸が完全に切れてしまったら――
私はもう、生きていけないような気がした。
言ってしまおう――
そう思ったと同時に。
「だって…………好きなんだもん」
咄嗟に本心が口をついて飛び出してしまった。
言ってしまった……
こんな、白状するような形で……
後悔をする暇もなく、押し殺していた感情が奔流となって口から溢れだす。
「はじめはほら、闇の魂だし、怖い思いもしたし、全くそんな気持ちはなかったけどさ」
――たしかにはじめに会った時は闇のゲームに巻き込まれたわけだし、身の危険を感じた。
「でも――
二度目にバクラが出現したときにさ、またか……って思ったのと同時に、なんか……
目が離せなくなっちゃって……、というか……」
私はモゴモゴしながらまくしたてる。
視線は相変わらず床を中心に部屋を彷徨っていて、いっこうに定まる気配がなかった。
「ほう……」
バクラがさらににじり寄って来る。
気付けば背後には閉まったドア、これ以上下がれない。
私はバクラとドアに挟まれて身動きがとれなくなっていた。
――バクラが私を見下ろす。
「貴様に惚れられるような覚えなんざ無ェけどな。
お友達ごっこに興じていた宿主の方ならともかく、オレ様の方はな」
そう言ってニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「…………、」
バクラが近い。
それだけで私はもう、動悸と呼吸困難がおさまらなくなってしまう。
乾いて張り付いた喉に空気を送ろうと試みながら、きつく握った拳で胸を押さえつけた。
それに――
言えないのだ。
獏良了という元の人間の端正な顔立ちと、バクラという邪悪な人格が合わさったときに出現する、目の前にいる「バクラ」という存在が、自分でもわけがわからなくなるほど好きで、好みで、異性を意識していまい、その……
目つきとか口調とか……
指とか唇とか……その細い身体に抱き着きたいとか、そういう、せ、性的な目で見てしまうほどだなんて……
言えるわけがない。
同じ顔身体だって、こんなこと、普段の獏良了君の方にはちっとも思わないし感じてないのに。
「なにヤラシイ顔してんだ……? クククッ……」
「ち、ちがっ……!!」
「ハッ……! 顔真っ赤だぞオマエ」
「!!!!!!」
激しくうろたえている自分がそこにいた。
身体をもぞもぞさせて、どうにかしてバクラからちょっとでも離れようと、彼の胸を押そうとして腕を上げる――
その瞬間、両手首をとられ勢いよくドアに押し付けられた。
「ちょっ……!!」
咄嗟に顔を上げれば、バクラと視線が絡む。
や、やばい……
バクラの顔を直視してしまった!!
恥ずかしい!!!!!
いま私、絶対ひどい顔してる!!!
……思わず顔を背ける。
「ククッ……
オレ様はなぁ、人の心理なんざ手にとるようにわかるんだよ……
特に、恨み憎しみ悲しみといった負の感情や……
欲望、なんていう感情はな」
――息が止まる。
「素直になりな……
自分の欲望と向き合えよ……!
オレ様が欲しくてたまらないんだろ?
イヤらしい思いでいっぱいなんだよなぁ?
桃香さんよ……」
ゆっくりと耳元で囁かれる。
それは今まで聞いたことのないような、バクラのコエ、で――
名前を呼ばれたことで、私の頭は完全に沸騰して爆ぜた。
やっぱり見透かされてた……
欲望にまみれた自分が、なんだかひどく汚らしい存在に思えてくる。
涙が出そう……
頭が混乱して、思考がうまくまとまらない。
――私。
私………、
言葉を紡がなきゃ。
「わた……ッ
んむぅ!!」
何とか弁解しようとして、顔を上げた瞬間に視界が陰り、唇に何かが覆い被さった。
「はっ……、やッ……!!??」
それがバクラの唇だとわかるのに、多少の間を要した。
キ……ス……!?
妄想ではこんなこと、想い描いたことはあるが……実際にされるのは初めてだった。
触れた唇の感触を冷静に感じる余裕もなく、息はただ止めたまま。
「んんッッ!!」
ぬるり、とした生暖かい感触が口内に侵入してくる。
舌……バクラ、の――
触れられる前から呼吸が苦しかったのもあって、私は本当に、苦しくて――息が満足に出来なくなっていた。
「ぷはっ……、くるしっ……!」
隙をついて大きく息をつく。
何? 私、バクラにキスされた!?
なんで――!?
私が好きって言ったから……!?
そんな事を考える暇もなく、生暖かいものに再び舌を絡めとられる。
「ふぅっ……んん、」
身体中を電流が駆け抜けていく……!
な……にこれ……
気持ち、いい……
思考、が、侵されて、いく……
「ぷはぁっ……
はぁ……、はぁ……はぁ……」
バクラが唇を解放する。
息が苦しくて、頭がボーッとして、身体が熱い。
気付くと目尻から涙がこぼれていた。
「安心しな……
ちゃんと犯してやるからよ」
心臓を握り潰されるような衝撃。
もうダメ、何も考えられない――
私の――今までの日常は、この時、無惨にも崩壊したのだった。
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bkm