見透かされた想い2



「ちょっと待ちな」


ドキリ。

心臓が跳ね上がる。


いつもの獏良了とは、声自体は同じでも声色は全く違う。

そう、この声は――


「うん? なに??」

何事もないかのように振り向く。


顔が……直視できない……

視線を合わせずに、ごく自然に振る舞おうと試みる。

視線が泳ぐのが自分でもわかり、唇を噛み締めて不穏に高鳴る胸を抑えた。


「バレバレなんだよお前」

「ッ……!?」

「オレ様の事、いつも艶っぽい目で見やがって……
……気付かれないと思ったのか?」


呼吸が止まる。


バクラ……


そこに立っているのは紛れもなく彼で――

そして、私がいつも彼を見ていることがバレており――

あろうことかこんな形で指摘されてしまうなんて――


「…………」

バクラは獏良君に戻ることなく、こちらを伺っていた。


「何とか言えよ」

……何も言えない。


呼吸が苦しい。
というか呼吸の仕方を思い出せなかった。

心臓はさっきより締め付けられ、ドクドクと激しい鼓動を刻みながら全身に血を送り、額に滲み出た汗が髪を張り付かせていた。

唇はじわじわと震えを生み、きつく噛み締めていないと痙攣を起こしそうだった。


――痺れを切らしたらしいバクラがこちらへにじり寄って来る。

足がすくんで動かない。

いや、逃げようと思えば逃げられたのかもしれないが、何となく逃げたくはなかった。

ここで逃げたら、何もかもが一切合切終わる気がした。

やっと繋がった、バクラと自分を繋ぐ僅かな糸が完全に切れてしまったら――

私はもう、生きていけないような気がした。


言ってしまおう――
そう思ったと同時に。

「だって…………好きなんだもん」

咄嗟に本心が口をついて飛び出してしまった。


言ってしまった……
こんな、白状するような形で……

後悔をする暇もなく、押し殺していた感情が奔流となって口から溢れだす。


「はじめはほら、闇の魂だし、怖い思いもしたし、全くそんな気持ちはなかったけどさ」

――たしかにはじめに会った時は闇のゲームに巻き込まれたわけだし、身の危険を感じた。


「でも――
二度目にバクラが出現したときにさ、またか……って思ったのと同時に、なんか……

目が離せなくなっちゃって……、というか……」

私はモゴモゴしながらまくしたてる。

視線は相変わらず床を中心に部屋を彷徨っていて、いっこうに定まる気配がなかった。


「ほう……」

バクラがさらににじり寄って来る。


気付けば背後には閉まったドア、これ以上下がれない。

私はバクラとドアに挟まれて身動きがとれなくなっていた。


――バクラが私を見下ろす。

「貴様に惚れられるような覚えなんざ無ェけどな。
お友達ごっこに興じていた宿主の方ならともかく、オレ様の方はな」

そう言ってニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


「…………、」

バクラが近い。

それだけで私はもう、動悸と呼吸困難がおさまらなくなってしまう。

乾いて張り付いた喉に空気を送ろうと試みながら、きつく握った拳で胸を押さえつけた。


それに――

言えないのだ。

獏良了という元の人間の端正な顔立ちと、バクラという邪悪な人格が合わさったときに出現する、目の前にいる「バクラ」という存在が、自分でもわけがわからなくなるほど好きで、好みで、異性を意識していまい、その……
目つきとか口調とか……
指とか唇とか……その細い身体に抱き着きたいとか、そういう、せ、性的な目で見てしまうほどだなんて……

言えるわけがない。

同じ顔身体だって、こんなこと、普段の獏良了君の方にはちっとも思わないし感じてないのに。


「なにヤラシイ顔してんだ……? クククッ……」

「ち、ちがっ……!!」

「ハッ……! 顔真っ赤だぞオマエ」

「!!!!!!」

激しくうろたえている自分がそこにいた。

身体をもぞもぞさせて、どうにかしてバクラからちょっとでも離れようと、彼の胸を押そうとして腕を上げる――

その瞬間、両手首をとられ勢いよくドアに押し付けられた。

「ちょっ……!!」

咄嗟に顔を上げれば、バクラと視線が絡む。


や、やばい……

バクラの顔を直視してしまった!!

恥ずかしい!!!!!

いま私、絶対ひどい顔してる!!!

……思わず顔を背ける。


「ククッ……
オレ様はなぁ、人の心理なんざ手にとるようにわかるんだよ……
特に、恨み憎しみ悲しみといった負の感情や……

欲望、なんていう感情はな」

――息が止まる。


「素直になりな……
自分の欲望と向き合えよ……!

オレ様が欲しくてたまらないんだろ?
イヤらしい思いでいっぱいなんだよなぁ?
桃香さんよ……」

ゆっくりと耳元で囁かれる。

それは今まで聞いたことのないような、バクラのコエ、で――

名前を呼ばれたことで、私の頭は完全に沸騰して爆ぜた。


やっぱり見透かされてた……

欲望にまみれた自分が、なんだかひどく汚らしい存在に思えてくる。

涙が出そう……

頭が混乱して、思考がうまくまとまらない。

――私。

私………、

言葉を紡がなきゃ。


「わた……ッ

んむぅ!!」

何とか弁解しようとして、顔を上げた瞬間に視界が陰り、唇に何かが覆い被さった。


「はっ……、やッ……!!??」

それがバクラの唇だとわかるのに、多少の間を要した。


キ……ス……!?

妄想ではこんなこと、想い描いたことはあるが……実際にされるのは初めてだった。


触れた唇の感触を冷静に感じる余裕もなく、息はただ止めたまま。

「んんッッ!!」

ぬるり、とした生暖かい感触が口内に侵入してくる。

舌……バクラ、の――

触れられる前から呼吸が苦しかったのもあって、私は本当に、苦しくて――息が満足に出来なくなっていた。


「ぷはっ……、くるしっ……!」

隙をついて大きく息をつく。


何? 私、バクラにキスされた!?

なんで――!?
私が好きって言ったから……!?


そんな事を考える暇もなく、生暖かいものに再び舌を絡めとられる。

「ふぅっ……んん、」

身体中を電流が駆け抜けていく……!


な……にこれ……

気持ち、いい……

思考、が、侵されて、いく……


「ぷはぁっ……

はぁ……、はぁ……はぁ……」

バクラが唇を解放する。


息が苦しくて、頭がボーッとして、身体が熱い。

気付くと目尻から涙がこぼれていた。


「安心しな……
ちゃんと犯してやるからよ」

心臓を握り潰されるような衝撃。

もうダメ、何も考えられない――


私の――今までの日常は、この時、無惨にも崩壊したのだった。


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