■夏の教室

「はぁ〜暑い…」

「そうだね」

「…暑い」

「…だね」

「毎日暑い…」

「そりゃね…」

「あ…づ…い…ぃ」

視線を落としていた手元のノートから頭を持ち上げると、彼のサラサラとした真っ直ぐな髪が揺れた。

不毛な会話が続いて、尚は目の前にいる夏也に向かって、呆れた様子で言った。

「…もぅ夏也!いい加減にしろよ?!」

当の夏也は、数学の参考書の上に被さるようにうつ伏せになって、腕と腕の間に頭を沈め、だらしなくうな垂れていた。

暑いのは当然だ。季節は夏真っ盛り。窓の外は陽炎が発生するほど灼熱で、連日40度を超えたとかなんとかでニュースに取り上げられている。今日は一体何度位まで上がったのだろう。

中学校は夏休みに突入していたが、今日は夏也と尚の二人共が学校に登校していた。学期末定期考査の成績が思わしくなかった夏也の補習のためだ。少人数での補習を終えて、そのままなんとなく自習をする事になった。

「…夏也の補習に付き合わされて、俺まで呼出しくらうなんてね…」

「…仕方ねーだろ…受験生なんだから…」

夏也がボソボソと言った。

「まぁ…夏也が高校落ちたら、俺も困るのは間違いないんだけど…」

うつ伏せになったままの夏也を、やれやれといった表情で見つめながら、尚は言葉を続けた。

「…俺は夏也の保護者扱いだな…」

「…まぁ…副部長ってのは、その、つまりは水泳部のお母さんだからな」

夏也があまりに大真面目な口調で言ったから、尚は思わずぶっと吹き出してしまった。
口元が緩んで言葉が震える。

「…夏也って時々すごいこと言うよね」

尚の笑声につられたのか、夏也が気だるそうながらに顔を持ち上げた。

「何かおかしい事言ったか、俺?」

くすくす笑う尚の姿を、キョトンとした表情で夏也が見つめた。夏也には、自分が面白い事を言ったという自覚は微塵もないらしい。

「俺は、尚のこと褒めてるんだからな?!」

「…そうか…うん。そうか。そうなんだな」

「母なる大地って言うし。うちもなんだかんだ母さんが一番家で強いしな」

夏也の謎の自信に満ちた力強い言葉を噛み締めつつ、尚は夏也のお母さんを思い返していた。

家に遊びに行った時や学校行事なんかで、夏也のお母さんにはちょくちょくは会っているけど、決して強気な肝っ玉母さん系ではなく、どちらかと言えば繊細そうな綺麗な印象の人だったような。

ーまぁ、でもうちもなんだかんだ母さんが一番強いかもかなぁ…ー

そんな事を考えていたら、勉強モードもすっかり解けてしまった。

「なんか喉乾いたな」

夏也はそう言って、カバンからタンブラー式の水筒を取り出して、ゴクゴクと喉を鳴らし勢いよくお茶を飲んだ。

「はい」

夏也が水筒を尚に差し出した。

「ありがと」

尚はそう言って、水筒を受け取ってゴクゴクと飲んだ。

教室の空調は入っているはずなのに、さっきから確かに暑い。
窓から差し込む西日が、部屋の温度を上げている様に思う。

締め切った窓の向こうには青々とした葉っぱを繁らせた桜の木が見える。

「なーおー…
なんかちょっと涼しくなる様なことできねぇ?」

「んーーそんな無茶な事言われてもね…。
俺は魔法使いでもなんでもないし…」

尚が夏也に視線を送ると、こちらを上目で見ていた夏也と目が合った。
いつもはふわふわしている事の方が多い夏也の明るい色をした長めの前髪が、汗ばんで束になって、鬱陶しく額に張り付いていた。
その姿を見て、尚は何かを思いついた様だ。

「夏也。ちょっとこっち向いて」

「ん?」

まだ机にうつ伏せの体勢をしていた夏也は、身体を起こすことなく、尚の方にチラッと目線だけを向けた。

「そうじゃなくて…。ほら、頭上げて」

尚が全くやる気のない夏也を急かす様に言った。

「こうか?」

やっとの事で夏也は身体を起こしたが、それでもまだ気だるいのか、シャッキリとせず左手で行儀悪く頬杖を付いた。

そんな夏也の姿を見て、尚は半ば溜息まじりにふっとわらった。

と、突然尚の手が伸びて、夏也の前髪をクシャっと掴んだ。

「ちょ…なんだよ?!」

「いいから、いいから」

突然の尚の行動に驚いた夏也が、とっさに身体を引こうとしたのを、尚が言葉で引き留めた。

「じっとしてろよ」

汗でしっとりとした夏也の前髪だったけれど、
尚は気にせず、前髪を触り続ける。
髪に覆われていた額が部屋の空気に晒され、夏也は篭っていた熱が、むわっと額から一気に解放される様に感じた。

「はい、出来上が」

「う…ん?」

「おでこ出した方が、少しでも暑さがやわらぐでしょ。夏也、髪伸びすぎなんだって」

夏也が自分の額に手を当てて、それから頭のてっぺんを手で触った。前髪の束はどうやらヘアピンで留められた様、綺麗におでこが全開になっている。
いつの間にヘアピンで留めれていたのか、尚の手際が良すぎて、夏也は全く気付けていない様だった。

「尚、手際いいな」

「まぁ。俺は自分の髪、まとめる時が多いからねぇ」

尚が少し首を横に傾けると、髪がサラサラと揺れて、前髪の奥に見える若葉色をした瞳が夏也の方をじっと見つめた。
視線に気付いた夏也が怪訝そうな顔で尚を見る。

「なんだよ尚…。これ変か?」

「違うよ。…夏也、ちょっとこっち」

何か手直しでもしたい所があるのか、そう思いながら夏也は尚の方に頭を差し出した。

と、尚が突然、夏也のこめかみ辺りを、左右両方から手のひらで挟んだ。それから尚はぐっと夏也の顔を自分の方へと手繰り寄せる様にして、夏也の露わになったおでこにキスをした。恐らくは、ここまでたぶん5秒もかかっていない出来事。

おでこに尚の唇のやわらかな感触と熱を感じて、夏也は思わず変な声を上げた。

「んぇ??!!
な…お…??何……?!」

「…なんか、夏也のおでこが可愛くって、つい…」

額から唇を離した尚がにっこりと笑って言った。

「…な…何言ってんだよ尚…!
ビックリしただろ…!」

夏也の声が明らかに上ずっている。

「せっかく汗引いたかとか思ってたんのに、
余計暑くなるって……」

夏也はそう言うと、尚の肩を優しく掴んで引き寄せ、尚の唇に唇を重ねた。

「…っん…」

最初は触れるだけだったキスも、二人とも離れ難くて、次第に強く激しくなっていった。
重ねた舌と舌が、くちゅぴちゅと音を立てる。

「…はぁ…
ちょっとは涼しくなれたと思ってたのに、また暑くなっちまったじゃん…」

夏也が尚のシャツの裾から手を差し入れ、尚の背骨に触れた。

「…このままだともっと暑くなっちゃうけど、いいの?」

「…もぅ手遅れ…」

夏也はそう言って、尚の首筋に顔を埋めると、色白な肌に綺麗に浮かび上がる首筋にキスをした。あまり汗をかかない尚から汗の匂いがして、夏也をクラクラさせる。額から汗が流れ伝っていく。

暑くて熱くて、夏の西日は二人を甘く溶かすだけだった。

- E n d -

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(夏×男子中学生って最高滾ります…。
たぶんもう最後まで済ませてる夏尚くんは、
スイッチ入っちゃったら止まんないはず。
だって二人とも若いからね…!)





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