■初詣

改めて考えてみると俺には初詣という概念が無かった様に思う。

…というのも、俺の家は神社のお膝元、鳥居のすぐ横にあるわけで。
だから、お参りに行くという意識はほぼ無くて、毎日がお参りみたいなもんだったし、そこに俺がいて、真琴がいて、それが当たり前の日常なのである。

真琴がうちにやってきたのは、お昼を過ぎた頃だった。

「おばさん、あけましておめでとうございます!」

玄関先で母さんと話す真琴の元気いっぱいのよく通る声が、二階の自分の部屋の中にいる俺にまで聞こえてきた。
そろそろ来る頃かと思っていたら案の定本当に来たものだから、俺は驚きもしない。

「真琴くん。あけましておめでとう。今年も家族一同、よろしくね」

俺の母さんの声も聞こえてくる。

「遙、二階いるから」

「はい。お邪魔しまーす」

俺は片手にウィンドブレーカーを掴んで部屋から出た。
短い廊下の先に、ちょうど階段を上りきった真琴がいた。今年始めて見る真琴の姿だ。

「あ。ハル!あけましておめでと!」

「お…おめでとう」

「今年もよろしくね!」

「よ…よろしく…」

…オウム返しの返答をする。

「あれ?もしかしてハル、外行くつもりだった?」

俺が手に握っていたウィンドブレーカーに気付いた真琴が質問をする。

「…初詣」

「え?!初詣ってどこまで?」

真琴が怪訝そうな顔する。やはり真琴も自分と同じ感覚なのか、自分たちの家の真上にある神社をわざわざ詣でるという概念は薄い様だ。
だからこそ、あえて、この言葉を使ってみたかった。

「…すぐ家の上にあるお社に、お参りに行く」

真琴を見ると、理解したと言わんばかりに満面の笑顔だ。

「お前も、行くだろ?」

「うん!」

階段を降りて玄関で靴を履いていると、台所から母さんが出てきた。

「あら、出かけちゃうの?
今、お雑煮、温め直してたんだけど」

「すぐ戻るから。お雑煮二人分、出しておいて」

「おばさん、すぐ戻ります!」

そう言って足早に玄関を出た。

外は冷え切った空気が頬を突つく様だったけれど、日差しは眩しく照っていて気持ちいい。

石階段を二人で登る。鳥居の下をくぐる。
海の方から風がビュッと吹いて、二人の髪を揺らす。

お社の前まで来ると、まじまじと建物を見つめた。…当たり前だが、特にいつもと変わりない佇まいだ。
パンパンと二回手を合わせる様に叩いて、ゆっくり目を閉じると、サワサワと風に揺れる木の音が聞こえた。

年が明けて、こうやって神社にお参りすると、新しい何かが始まる様な気がしてくるから人間というものは不思議だ。

「ねぇ、ハルはどんなお願いごとしたの?」

「…今年一年、みんなが元気に暮らせますように…だな」

何をお願いしたかなどは真琴に教える必要はないので無視しても良かったが、別に隠す必要もないと思ってそう答えた。

「いたって普通だろ。お前は?」

俺は答えたんだから、次はお前だろと目で催促した。

「え、俺は…俺は…。
は…ハルと似た様な感じ…かなぁ…」

真琴が歯切れの悪い返事をする。

「なんだ、年始早々はっきりしないヤツだな…」

「酷いよハル〜!」

「じゃハッキリ言えよ」

真琴を上目遣いに睨む。

「う…ん…。
あの…ね、ハルとずっと一緒にいられます様に、ってお願いしちゃった」

あははと真琴は照れ笑いを浮かべて言った。
俺の中で、くすぐったい様な、あったかいような気持ちが込み上げる。

「…そんなこと…
神頼みしなくっても…大丈夫だ…」

俺は真琴の顔を見ずに目を逸らしたままボソボソ答えると、真琴の横をすり抜ける様に通り過ぎて小走りした。石階段を勢いよく駆け降りる。

「え?今何て言ったのハル?
俺、よく聞こえなかったよ??」

真琴の声が後ろから聞こえたけど、かまわずに走った。
走りながら言った。

「真琴!早くこいよ、お雑煮食べるぞ!」

昨日と今日で、変わるものと変わらないもの。
変わらずにいたいという思いと、変わらずにいてほしいという思い。

未来は誰にもわからないから。
だからこそ願わずにはいられないのだ。
新しい年の始まりに。

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