■溺れる

歩き慣れた石段を上がりきる前に、玄関に黄色い明かりが灯っているのが見えた。

「…?」

引き戸は鍵が空いていた。そっと扉を開けると、そこには玄関先に座り込み壁にもたれかかって眠る真琴がいた。

手には小さな光が灯った携帯。遙はその手からそっと携帯を取り、画面を見る。
留守番電話メッセージありの表示を見て、メッセージを再生した。

渚、怜、江の心配そうな声と共に、思いがけない言葉が聞こえた。

…メドレー…

遙は衝動的に眠る真琴に声をかけた。

「真琴…真琴…!」

真琴は眠い眼をこすりながら、顔をあげた。

「…泳ぐんだろ…リレー…」

目が合った。
真琴は遙がそう言い切るのをしっかりと聞きとった様子で、ニッコリと笑った。

「ハル…!」

真琴はそう言うと、遙の腕を引っ張り肩を引き寄せ、そのままギュッと抱きしめた。

遙もそれに応じて、その大きな背中に手を回した。

「またハルと…一緒に泳げる…」

「……うん…」

「…ハル…」

真琴は遙の髪に隠れる耳に鼻先を寄せながら、甘ったるい声で愛おしそうに遙の名前を呼んだ。

遙の胸がドクンと高鳴る。

真琴の腕に抱かれながら、今日一日を思い出すと
凛のことが頭をかすめた…

ー俺は何のために泳ぐんだ…?ー

目を閉じると
真琴の温もりが伝わってくる。

遙は急に涙が込み上げてくるのがわかった。

ー胸が痛い…ー

真琴の胸の中は暖かくて、やさしくて、遙を弱くする。

「…っ……っうぅ……」

真琴は遙の肩が小さく震えるのを感じた。

「ハル…」

真琴はハルの頭をやさしく撫でて言う。

「ハル…我慢しなくていいよ…
誰も聞いてないから…ね?」

土が水を吸い込む様に、真琴の言葉が遙の胸に染み込んで、張り詰めていた糸がプツリと切れる。

遙は声をあげて泣いた。


ー悔しい?ー

…いや違う。

ー悲しい?ー

…いや違う。


凛のことが気になって仕方ない、
そんな自分が怖いのだ。

ーどうすればいい…?ー

真琴を好きな自分…
真琴を好きになりすぎた自分…

この涙は、迷いのかけら。

ー何もかも投げ出したとき
真琴、お前はどうなる…?ー



「…ハル…甘えていいんだからね…。
何があっても俺はハルの味方だから…」

真琴が言葉を重ねる。

たぶんやさしさは毒の水。
心を溺れさせ狂わせる…

その水に、今は溺れる…


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8話より。
世間が秋めいてきて、
遙のダークサイドが書きたくて。

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